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歯術師〜はじゅつし〜  作者: 白井刃人(しろい・はと)
第2章 学院の異端と風
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第3話 研究塔の裏庭、魔流の対話と監視の影

学院の演習が終わり、夕暮れの鐘が鳴り始めたころ。

レオは、リリィから渡された木板を手に、研究塔の裏庭へと足を運んでいた。

学院本棟の裏手にあるその場所は、生徒の往来も少なく、魔力干渉を避けるための静寂な空間が広がっていた。

低木の垣根に囲まれ、簡素な石造りの水路が流れ、空中には淡く輝く魔力検知球が巡回している。

「来たのね」

リリィは庭の中央に立ち、魔力球を浮かせながらレオを迎えた。

「ありがとう。……こうして呼び出されるの、初めてで」

「それはこっちの台詞よ。演習でのあの魔力制御、見過ごせなかったから」

「……正直、ちょっと浮いてたよな。あれ」

レオが苦笑すれば、リリィも軽く笑って魔力球を消した。

「私ね、魔流の研究をしてるの。術式が成立する以前、意志が魔力を通る“瞬間”を観測できないかって」

「……すごいな。それって。でも俺なんて、ただ“流れてる”って感覚で」

「でも、それを“感じる”のがすごいのよ。あなたの魔法、魔力が針で縫うみたいに整ってた。あんなの見たことない」

「縫うっていうか……止まった水をそっと触って、揺らさないように形を作る、みたいな」

リリィの瞳が輝きを増す。

「その感覚、貴重すぎるわ。あなた、魔流視の資質がある。伝承でしか知らなかったのに……まさか現実に」

「……なんか急にハードル上がった気がする」

「ふふ、そうかも。でも心配しないで。私は理論で支える。あなたの感覚と私の理論が合わされば、魔術の形が変わる」

「変えるって……俺、そんな大それたこと考えてなかったけど……」

「だったら考えてみて。誰かの“普通”じゃなく、自分の“正しさ”で魔術をやること。そういう人が、私は好き」

リリィは手を差し出す。

「一緒にやってみない? 私と、研究」

レオは少し黙り込んでから、ふっと息を吐いた。

「……じゃあ、試してみるよ。俺でよければ」

「もちろん。あなたじゃなきゃ意味がないもの」

握られた手が、夕暮れの空気の中で温かかった。

これはただの“協力”じゃない。

孤独だった自分が、初めて“誰かと歩く”という選択をした瞬間だった。

* * *

「私の魔力も見えているの?」

「……見ようと思えば、見えるよ」

「私の魔力の流れ、変えられる?」

「やったことはないけど、触れるくらいはできると思う」

「やってみて」

リリィの言葉に、レオは魔流視を起動した。

「……今、左手に魔力を集めてる?」

「すごい、よくわかったわね。少しだけ集めてみたの。術にならない程度に」

「じゃあ、左手の魔力に触れてみるよ」

レオの指先から、極細の光の糸が伸びる。

「綺麗な糸ね」

「一本一本は、目に見えないくらい細くなるよ」

糸がリリィの左手に触れた瞬間、彼女はわずかに肩を揺らした。

「確かに……魔力に触れられた感じがする……っ」

その声に、レオは息を呑む。彼女の反応は、予想以上に繊細で──どこか艶めいていた。

「あなたの魔力が……入ってくる……」

なにかいけないことをしている気がして、レオは慌てて術を解いた。

* * *

翌朝。学院の廊下を歩いていたレオの背後で、足音が止まった。

「レオ=アーデル、ですね?」

振り返ると、白銀の制服を着た少女がいた。袖には教会の紋章。

「はい……あなたは?」

「ソリス=フェミナ。教会協調派、選任巡察補佐。仮登録生の動向を記録しています」

その声は機械のように滑らかで、どこか冷たい。

「少し、お時間いただけますか」

半ば命令のような言葉に、レオは苦笑した。

「……職員室に呼ばれた気分ですね」

「警告ではありません。ただ、確認です」

ソリスは歩き出し、レオを中庭の石畳のベンチへ導いた。

「昨日の演習での魔力制御、あれは通常の術式では説明できません。あなた、何者ですか?」

「何者って……ただの田舎者ですよ。魔法は独学で、特別な出自もないです」

「“見えた”のですか? 魔力の流れが」

レオはわずかに息を呑むが──否定はしなかった。

「はい。見えてる……ような、感覚です」

「……やはり」

ソリスは一瞬目を閉じ、そして口を開く。

「教会には、“癒し”に関する術理を監視する規定があります。治癒・修復・再生──過剰な干渉は禁忌です」

「俺は、癒したいわけじゃない。ただ、“痛くないように”したいだけです」

その言葉に、ソリスの瞳が揺れた。

「……あなたは、歯術師なのですか?」

「歯術……?」

レオがとぼけるように返すと、ソリスはそれ以上追及しなかった。

「失礼しました。あくまで個人的な関心です。記録には残しません」

「じゃあ、なぜ聞いたんです?」

ソリスは立ち上がり、背を向けながら言った。

「あなたは、この学院で孤立するでしょう。でも、だからこそ──観察する価値があります」

そう言い残し、彼女は去っていった。

その背を見送りながら、レオは新たな“視線”の存在を、確かに感じていた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

「歯科」と「異世界」、一見ミスマッチなようでいて、

実はかなり深く魔法とつながっている――そんな世界を描いていけたらと思っています。


本作では、ただの回復魔法では治せない“痛み”と、

それを癒す力を持った少年レオの成長を描いていきます。


もし気に入っていただけたら、ぜひブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いします!

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