第2話 精密魔術、評価と誤解
学院初日の午後、演習場での魔力制御実技が始まった。
「これより、制御演習を行う。課題は、精密な魔力操作による標的調整」
広場に並んだ木製の人形。目標は、その胸元に貼られた紙を燃やすこと──ただし、人形自体を傷つけてはならない。
火球や風刃を主とする初歩術式で、威力よりも“範囲制御”が問われる課題だった。
「ファイアーボール!」
術式を高らかに唱えたのは、派手な制服に身を包んだ少年だった。名はロイ=ヴァンシュタイン。古くから続く名門貴族の長男で、本人もその誇りを隠さない。
その火球は紙を燃やすには充分すぎる力で、木人形の上半身ごと焼き尽くした。
「ウインドカッター!」と続けた別の貴族生徒も、同様に人形を切り刻む。
「お前らは人殺しか!」
教官の怒声が演習場に響き渡る。
どの学生も似たような魔法で、標的を大きく破壊していた。
「では、次。仮登録生、レオ=アーデル」
名を呼ばれ、レオは前へ出た。周囲の視線が一斉に集まる。
「さっきの初期試験、やばかったよな」「仮登録ってマジで?」
レオは静かに呼吸を整え、手を掲げる。
魔力の流れが視える。人形の前に立つと、その内部に走る木の繊維、空気の動きすらも感じ取れた。
彼は火球ではなく、指先から細い繊維の光を伸ばす。
術式名すら告げず、ただ熱を光の繊維に乗せ、紙の中央へと導く。
紙だけが静かに焼け落ち、人形は無傷のまま立っていた。
「命中、対象以外無傷……この精度は……」
教官の声がかすれる。
だが、次の瞬間──
「ずるいぞ!」
ロイ=ヴァンシュタインが叫んだ。
「そんなの、普通じゃできない! 術式も使わずに、あれは“干渉”だ! 魔力の直接制御なんて、基礎理論では“魔術の枠組みを崩す危険行為”って教えられてるだろ!」
「確かに、規定術ではない。だが違反とは限らん。……本来、魔術は“術式”によって安定させるものだ。魔力を直接操る行為は不安定で危険とされ、上級者でも制限されている。それだけだ」
教官の説明に、一部の生徒は納得したようにうなずくが、大半の視線は冷ややかだった。
「……なんなんだよ、あいつ」「気味悪い」
レオは目を伏せた。
(まただ……違うことをすると、受け入れられない)
学院でも、村でも──
講義が終わり、生徒たちは三々五々に散っていった。
教官の声も遠ざかる中、レオは荷物をまとめて演習場の端に向かおうとした。
そのとき──
「あなたの術、観察させてもらったわ」
凛とした声が響く。
振り向くと、そこにいたのは銀髪のエルフの少女だった。
「私はリリィ=エレミス。魔流研究をしてるの。あなた、ただものじゃないでしょ?」
彼女は、興味だけでなく“理解”を示す目で、レオを見つめていた。
「……ただ、できることをやっただけです」
「謙遜するのね。でも、私にはわかる。あなた、本当に“流れ”を見てる」
そう言って彼女は、木板に刻まれた文字列を差し出した。
「今日の夕方、研究塔の裏庭。来てくれるかしら?」
レオは、少しだけ戸惑ったあと、小さくうなずいた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
「歯科」と「異世界」、一見ミスマッチなようでいて、
実はかなり深く魔法とつながっている――そんな世界を描いていけたらと思っています。
本作では、ただの回復魔法では治せない“痛み”と、
それを癒す力を持った少年レオの成長を描いていきます。
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次回もどうぞよろしくお願いします!