第1話 学院の門をくぐるとき
王都の西に広がる緩やかな丘を越えた先、白い尖塔が天を突くように建っていた。
魔術学院——王立アウストラ魔導学府。
その門の前に、レオ=アーデルは立っていた。
革の鞄を背に、制服ではない地味な旅装。村人の寄付で用意された粗末な外套は、周囲の煌びやかな学生たちと比べて明らかに浮いている。
「……でかいな」
口から漏れた言葉に、自分でも苦笑した。
だがその目は真剣だった。あの夜、ミアの歯を治したときの感覚——魔力が“歯の奥の痛み”を感じ取り、流れを繊細に調整するあの術。それは単なる癒しではなく、“治療”そのものだった。
次の日、巡察官のセラが来た。
彼女はレオの力を警戒しながらも、“可能性”を感じたと言ってくれた。そしてこの学院への入学を命じた。いや——機会を与えてくれた。
「ミア……元気にしてるかな」
呟いて、門をくぐる。
その瞬間、空気が変わった。
周囲の魔力が濃密になり、肌にまとわりつくような感覚。
——これが、“魔術学院”か。
中庭には新入生が集められていた。制服に身を包んだ生徒たちの中で、レオの姿は目立っていた。
「おい、あれ仮登録の……」「庶民枠だろ、推薦もないのに」
声が聞こえる。噂はすでに回っているようだ。
その中で、ひとりだけ違う視線があった。
銀髪の少女。エルフの制服。目が合った瞬間、彼女は小さく頷いた。
「……なんだ、あれ」
混乱のまま、入学式が始まった。
教務長の長い訓話。王族の祝辞。どれも耳に入らない。
レオはただ、自分の立ち位置を測っていた。
「自分の力が……どこまで通用するのか」
──初期適性検査は、三つの試験で構成されていた。
一つ目は、魔力素質の測定。手のひらを検知球にかざすことで、魔力量とその性質を数値化する。
「ふむ、これは……やや低いが、性質は極めて安定している。制御向きか?」
ざわめく教官たちの中、レオは次の試験場へ向かう。
二つ目は、基本術式の模倣。提示された“初歩魔法”を再現できるかを見るものだ。
周囲の生徒たちが火球や風刃を模して詠唱する中、レオは提示された術を使うのではなく、術の“流れ”そのものを観察していた。
「……いける。ここが乱れてる」
彼は構築過程を修正し、提示術よりも魔力の流れが滑らかで、効率の良い術を展開してみせた。
「術式……変えてないか?」「いや、これ……こっちのほうが洗練されてるぞ?」
三つ目は、制御試験。
空中に浮かぶ数本の細糸に、魔力を通して“糸を断ち切らずに動かす”という繊細な課題。
「多くの生徒がここで魔力暴発を起こす。君は、どうかな?」
「……やってみます」
レオは魔力を指先に集中し、流れを視る。
糸に触れた瞬間、その魔力が微細に震える。
“魔流視”が発動していた。
彼はわずかに魔力を練り直し、糸にそっと添わせる。
ゆっくりと、糸が揺れる。断たれることなく、まるで生き物のように舞い、戻る。
「……これは」
「精密すぎる。意図的な……干渉か?」
教官たちは息を呑んだ。
名前が記録される。
異例の仮登録生——レオ=アーデル。
静かに、だが確かに。
学院に“異端”が刻まれた瞬間だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
「歯科」と「異世界」、一見ミスマッチなようでいて、
実はかなり深く魔法とつながっている――そんな世界を描いていけたらと思っています。
本作では、ただの回復魔法では治せない“痛み”と、
それを癒す力を持った少年レオの成長を描いていきます。
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