表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歯術師〜はじゅつし〜  作者: 白井刃人(しろい・はと)
第1章:歯の痛みと魔の兆し
6/18

幕間:夢の診療室 ― 前世の痛み

 白い壁。白い天井。

 LEDライトの光が静かに診療ユニットを照らしていた。

 レオは、白衣を着た自分の手元を見ていた。

 手袋越しの感触、無影灯の熱、わずかな器具の反射。

 ──すべてが、懐かしい。

 だが、それと同時に、胸の奥が締め付けられるような痛みも走っていた。

 *

「……麻酔が効いてきたね。今から始めるよ。

 もし違和感があったら手を挙げてね」

「……うん、大丈夫……」

 かすれた声で返事をしたのは、十歳にも満たない少女だった。

 痩せた身体。青白い肌。

 顎のラインがどこかしら浮き上がって見えるのは、体重が足りないせいだ。

 診療室の外では、看護師たちが忙しなく動いていた。

 そのカルテに記されている病名は、この少女の命が長くないことを示していた。

 ──助からない。

 ──でも、いま“痛み”だけでも取ってあげられたら。

 それが、レオのすべてだった。

 *

 歯科用タービンの高周波が、空気を細かく震わせる。

 少女の身体がわずかにこわばったが、レオの声に導かれて徐々に落ち着いていく。

 術野に集中し、最小限の切削で虫歯を除去する。

 露髄の直前で止め、神経を傷つけないよう細心の注意を払った。

 *

「よし、終わったよ。

 今日は強めの麻酔を使ってるから、しばらくは痛みは出ないと思うよ。

 でも、麻酔が切れたあとで違和感があったら、すぐ教えてね」

 レオが椅子をゆっくり起こしながら声をかけると、少女はこくりと頷いた。

 口を閉じ、軽く左右の歯でそっと噛んでみる。

 もちろん、治療した側の歯には負担をかけていない。

 *

「……へんな感じはするけど、もう“ずきずき”はないかも」

 その言葉に、レオは少しだけ微笑み、胸を撫で下ろした。

 *

「よかった。たぶんこのまま落ち着いてくれると思う。

 お薬も出すから、おうちでちゃんと飲んでね」

「……うん」

 *

 彼女の表情は、ほんのわずかだがやわらいでいた。

 それだけで、今日この時間に意味があったと信じたかった。

 *

「せんせい……また、いってもいい?」

「もちろん。また、いつでも来てね」

 *

 だが、その“また”は訪れなかった。

 数日後、彼女は容態を急変させ、入院先の病棟で息を引き取った。

 最期は、母親の腕の中だったと聞いた。

 *

 ……彼女は、笑ってくれた。

 痛みを取ったあと、一瞬だけでも、安らぎの表情を見せてくれた。

 それは、救いになったのだろうか?

 自分は──あの子の命に、何かできたのだろうか?

 *

 世界が滲む。

 歯の治療とは何か。

 痛みを癒すとは、どういうことなのか。

 命の灯が消えゆく中で、それでも意味があるのか。

 *

「──もう、誰の痛みも……見逃したくない」

 それは夢の中での、祈るような呟き。

 そして、レオ=アーデルは目を覚ました。

 *

 外の空は薄明。

 村の朝が、ゆっくりと始まっていく。

 夢の内容は、すでに霧のように薄れていた。

 だが、胸の奥の痛みだけは──確かに、残っていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

「歯科」と「異世界」、一見ミスマッチなようでいて、

実はかなり深く魔法とつながっている――そんな世界を描いていけたらと思っています。


本作では、ただの回復魔法では治せない“痛み”と、

それを癒す力を持った少年レオの成長を描いていきます。


もし気に入っていただけたら、ぜひブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ