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歯術師〜はじゅつし〜  作者: 白井刃人(しろい・はと)
第1章:歯の痛みと魔の兆し
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第5話 旅立ちの決意と、教会の門前

 その夜、レオは眠れなかった。

 ミアの寝顔を確認したあと、灯を落とした診療所の一室で、天井を見つめ続けていた。

 魔法学院へ行け──セラの言葉が、脳裏を離れない。

 これまでの静かな日々が、あの言葉ひとつで揺さぶられた。

 ただの村の治癒使いだった自分に、巡察官が「力がある」と言い、導こうとする。

 それが光栄なのか、あるいは恐れるべきことなのか、答えは出ない。

「……ミア、俺はどうすればいい」

 誰に聞かせるでもないその声に、返事はなかった──が。

「兄さんは、ちゃんと考えてるんだね」

 背後から、静かな声。ミアが小さな毛布を羽織り、眠たげな目で立っていた。

「ミア、起きてたのか……ごめん、起こした?」

「ううん。兄さんの“考えてる声”、聞こえちゃった」

 彼女はレオの隣にちょこんと座ると、ぽつりと言った。

「……診療所、閉めなきゃいけないかもって言われた」

「……そうか。そんな気はしてたけど……」

 ミアは膝を抱えて、小さく頷いた。

「でも、私、平気だよ。兄さんがいなくても、ちゃんとやれる」

「何言ってんだ。お前はまだ──」

「違うの。そうじゃなくて……」

 ミアはレオの手をそっと握った。

「兄さんの魔法、すごかった。すっごく痛かったのに、すっと消えた。体もぽかぽかして、魔力も巡ってるって感じがしたの」

「……偶然、だと思うけどな」

「違うよ。兄さんじゃなきゃ、できなかった」

 その言葉に、レオは何も返せなかった。

 すると──

「えへへ……感動のとこ、割り込んじゃって悪いっすけど!」

 元気な声とともに、ふさふさの耳と尻尾がぴょこんと揺れる。

 ルゥカが顔を覗かせ、その後ろからシロウもひょっこり現れる。

「ルゥカ……起きてたのか」

「そりゃ、兄貴が旅に出るって夜に、ぐっすり寝てられるわけないっすよ!」

 シロウはくぅんと鼻を鳴らし、レオの足元に頭を乗せる。

 まるで「行かないで」と言っているようだった。

「兄貴、あたしも……応援してるっす。あんたの“歯術”は、本当にすごいって思うっす」

「ルゥカ……ありがとう」

「それに! あたしとシロウで、ちゃんとミアを守るっすよ!」

「ルゥカ……ありがとう。お前たちがいてくれて、心強いよ」

 その夜、レオの中で一つの決意が固まった。

* * *

 出発から三日目。

 山道を抜けたレオとセラは、ようやく街道へと合流した。

 森の静けさの中、二人の会話は少なかったが、それはぎこちなさではなかった。

 セラは寡黙ながら、必要なときには丁寧に説明し、レオの問いには真摯に答えてくれた。

「……本当に、俺なんかが学院でやっていけるんでしょうか」

 ふと、馬の背でぽつりと漏らしたレオの言葉に、セラは手綱を緩めて返す。

「やっていけるかどうかは、君が“どう在りたいか”次第だよ。学院には二通りの人間がいる。自分を証明したい者と、自分を隠したい者だ」

「……俺は、何になるんでしょうね」

「さあ。でも、“今のまま”では、通れない道なのは確かだ」

 風が吹く。

 ふと、レオの脳裏にルゥカとシロウの姿がよぎった。

 ──あの時。

 ミアの後ろに立って、尻尾をばたばたさせながら「絶対に無事で帰ってこいっすよ!」と拳を突き上げたルゥカ。

 その横で、シロウが低く「ワン」と鳴いた。

 彼らの無邪気な信頼と、微かな寂しさ──

 その記憶が、胸の奥で温かく、同時に痛かった。

 やがて、小高い丘を越えた先に、白銀の建物群が広がった。

「……あれは?」

「魔法教会本部の外郭都市、《グレア・ロゼ》だ」

 セラの声は、少しだけ硬くなっていた。

 整然とした石造りの街並みに、魔符を帯びた騎士たちが巡回する。

「ここでは、口を慎むこと。君の術についても、口外は避けるように。“未登録”の魔術は、それだけで異端とされる」

「未登録……」

「名を持たぬ術は、“現象”にすぎない。だが、それが“魂に触れる”ような力なら──教会は、見逃さない」

 その言葉には、どこか苦さが滲んでいた。

 セラ自身、それを何度も見てきたのだろう。

 門前での手続きは淡々と進んだ。

 セラの身分証が提示され、レオは《学院特例推薦見込み対象者》として仮登録される。

「推薦……俺、試験とか何も──」

「仮だよ。学院で実技と適性が認められなければ、取り消される」

「じゃあ……ちょっとだけ、気が楽になりました」

 レオの言葉に、セラはくすっと笑った。

「そのくらいが、ちょうどいいわ」

 陽が傾きはじめた頃、二人は再び街道を進み、学院のある丘の麓にたどり着いた。

 明日には、いよいよエリュシア魔法学院へ。

 レオの“学生”としての歩みが、幕を開けようとしていた。

 夜。野営の焚き火のそばで、セラはふと空を見上げてつぶやいた。

「──“癒し”を恐れる世界で、あなたは何を選ぶのかしら」

 その声は、焔の揺らぎにかき消されるように、静かに夜に溶けていった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

「歯科」と「異世界」、一見ミスマッチなようでいて、

実はかなり深く魔法とつながっている――そんな世界を描いていけたらと思っています。


本作では、ただの回復魔法では治せない“痛み”と、

それを癒す力を持った少年レオの成長を描いていきます。


もし気に入っていただけたら、ぜひブックマーク・評価・感想など頂けると励みになります!

次回もどうぞよろしくお願いします!

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