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6.秘密に緑を埋め尽くす

 ガラス戸が取り外され、しっとりと夜気を纏うサンルームから、隣室のガラスの空間、茂れる温室まで。

 ここでも人々は程よく散らばり、語らいを楽しんでいた(誰もかれもが)。敷地内にどれほどの人数が集まっているのだろう。


 そう言えば、とメアリーアンは、棕櫚の葉をくぐりながら思いついた。


 初めの挨拶以来、公爵夫妻を見ていない。いったいなんのために、これだけたくさんの人を自分の屋敷で遊ばせてみるのだろうか。


 椰子の根をよけながら、思う。しきたりだ、こんなことも。目的も意味も、見失われて久しいものなのかもしれない。


 そしてサボテンの刺を避けながら――……


「……いったいどこまで歩くのかしら」


「もうちょっと、もうちょっとですよ、メアリーちゃん♪ もしもですけど、もーしも足が痛むなら、私の腕に身を委ねてみるなんて選択肢もアリますよ」


 ないでしょう。メアリーアンはぷいと顔をそらし、君子蘭の葉にぶつかる。大変にオモシロくない。

 

 再び思いは公爵夫妻へと戻り、いったいなんのために、並外れて大きなガラスの部屋を作ってみたのだろうと考えた。家族で楽しむためならば、もっとコンパクトで良いではないか。


 外の人間に見せるために用意した場所、こういった集まりの呼びものになるための場所だわ。


 もったいない――と、そう思う。もし自分が硝子の部屋を持てるものなら、小さく秘密に緑を埋め尽くすのに。

 この国にはないはずの、不思議な形に成長する植物たちには、もっと密やかな空気がふさわしいのに。


 やがてジェラルドは重なり合う椰子の葉をまとめて押し退け、大きな声をあげた。


「うわぁ。クリス様がこちらでしたか」


 うつむき進んでいたメアリーアンは、その名にぱっと顔を上げた。名も知らぬ大きな葉に覆い隠されたようなカウチと、そこにゆったりと足を投げ出して座った従兄の姿が目に映る。


「クリス」


 まどろんででもいたのか、メアリーアンの声に応え頷いてみせた彼の瞳は、とろけたように半分ほど閉ざされていた。

 足を下ろし、頭の後ろで両腕を組んで伸びをする。そして小さな欠伸を手の中でした(やはり眠っていたらしい)。


「ジェラルド」


「えぇ、まさしくジェラルドにございます。久方ぶりですなぁ、伯爵。お嬢様をお連れいたしましたよ。あれ、なんですか、そのお顔は」


「発言がまったく噛み合っていないんだよ。何を企んでいたんだかあきれるほどにわかりやすいけれど、女神は味方を断ったらしいぞ。それでメアリーアン? 君ともあろうものがどうしてこんな奴と一緒にいる羽目になったんだ?」


 どうして、の事情はあるにはあったが、説明しようと並べてみれば、ポイントポイントでいくらでも止まれたことに気付いてしまう。

 結局、つまらない意地のために、またジェラルドに巻かれてしまっていのだということだ。


 メアリーアンはしみじみと、一言だけつぶやいた。


「……本当ね……」

「今度からは事前に出席者のチェックをして参加しよう。こういう輩が紛れ込んでいないように」


「まぁ、ひどい」

「どっちが。君がくっついてたら、悪い評判が立つばかりなんだよ。遠慮したまえよ」


「うわぁ、やな感じ。私がくっついていなければ、メアリーちゃんは今頃は成り上がりたい者の餌食ですよ。お楽しみのあなたに代わって見張って差し上げていたというのに、なんです、その口のききようは」


「確かに君ならどこにも上がり様がないから、真意を計るのは簡単だけどね。こうなってしまっては台無しなわけだし、帰るとするか。疲れただろう、メアリーアン」


「最後の最後にとても」

「あぁ、そうだろう、悪かった。これが野放されていることを忘れていた僕が全面的に悪い」


「これはなかったことにすれば、それほど悪くはない気持ちでいるわ。大丈夫よ。もちろん、すぐに帰りたいと思ってはいるけれど」


 不審そうに目を細めるクリストファーに、メアリーアンは笑って見せた。

 クリストファーと二人してジェラルドに背を向けてしまい、できるものならウィンクをとばしたいほど、上々の気分である。


「いいことがあったの。今晩は例外。連れてきてくれてありがとう、クリス」

「さては運命の相手に出会えたな」


「会ったのは昔からの友達よ。希望に添えなかったのはごめんなさいだけれど、それはいったい誰の希望なの?」


「君の幸せを願う者たちの、だよ。そういうことには納得したら?」

「軽くは頷けないものがあると思うの」


「つきましては同じ気持ちでいますとも、従妹殿」


 降参の手のひらに事情が書いてあるかのように、その言葉には頷いた。結局は同類のいとこ同士は睦まじげに並んで歩き出す。


 勧められる結婚の話を撥ね退け続けているという点では、明らかに立場は同じなのだった。学び足りないメアリーアンと、遊び足りないクリストファー。理由には、大きな差があるとしても。


「あの場所で一人だったの?」


 好奇心のまま尋ねると、クリストファーはまだ続く欠伸をかみ殺しながら、


「連日の夜会に寝足りていなくてね。この家じゃあそこが一番邪魔が入らない。そうだろ、ジェラルド」

「教えてくださったのはクリス様じゃなかったでした?」


「関係ないところで使用して欲しいよ、願わくば」

「フロアを探しても見つからないはずだわ。温室で眠っているなんて」


「考えごともしていたよ。あの硝子の部屋をセンス良く作り直すには、どこから手をつけ何を目指すか」

「どうするの?」


「シークレットグリーンガーデンだな。こじんまりと閉ざされた箱を作る」


 同じことを考えている。メアリーアンは数時間ぶりにほぐれた微笑みを浮かべた。クリストファーが巧みに支えてくれているので、足の痛みも和らいでいる。

 初めの質問の回答をはぐらかされたことは、感謝の意に忘れて差し上げることにした。


 邸内に戻っても連なる三つ目の足音に、伯爵は振り向かずに言い放った。


「どうしてついて来るんだ?」

「冷たい言葉ですねぇ。私の帰るところがクリス様とご一緒だからでしょうに」


「我が家の馬車は定員いっぱいだ。君のための幅はない」

「マイ馬車で後を追いますからお気遣いなく」


「遣うつもりはないんだよ。後をつけるの間違いだろう」


 馬車が寄せられるのを待っている間に、初めて、漂うジャスミンの香りに気がついた。邸の名の由来にも、気付かずに過ごしていたのだ、この夜を。


 メアリーアンは惜しむ気持ちで振り仰いだ。今になれば、良いことのあった場所である。


 甘い香りは夢を誘う。気持ちの良さに心地好く感じられさえする疲労に身を委ね、静かに深く息を吸い込んでみる。


 芳香を、胸にしまい込むように。


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