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5.庭園へ向かう

 ジェラルドは口を閉じたまま立ち上がり、メアリーアンに腕を差し出した。歩きましょうと誘っている、と言うよりも、ついて来ないのなら教えないぞ、との意味だろう。


 こんなことの意味を、簡単に推測できるようになってしまった自分がいまいましい。腹いせにメアリーアンは、順番を逆にして行ってみた。

 腕につかまってから、立ち上がる。全体重をもってしても、少しも揺らがないところがさらに腹立たしい。


「もう少し時間が早ければ、踊っていただけましたのにね。残念ですこと」

「足を痛めているのだと、きっと嘘をつきました、私」


「それではあなたの欲しいものが手に入らないでしょう」

「後で誰にでも尋ねればいいもの」


「今すぐに満たしたいのが好奇心でしょ。あなたはそれが特質なくせに」


 決めつけには腹が立っても、差し出された言葉に向かっていけない。真実を突かれているのに、どんな反論ができるというのか。負け惜しみのように聞こえる反論は、望むところではなかった。


 なんと言われようと、アイリスのことなのだ。そう思い、我慢をすることとする。見下ろす得意そうな顔に、また悔しい気持ちになるけれど。


 ダンスのためではなくバックグランドに切り替わった音楽から離れ、ジェラルドは庭園へと足を向けた。

 春の夜に滴り満ちる緑の香りの中、そぞろ歩くパートナーたちがそこここに見える。互いにぶつかりはしないように心がけるという点では、フロアでのダンスと同じルールだ。


「先々代の男爵の三番目の奥方の連れ子だと聞いています。弟ですけれど血筋は別ですから、アイリスさんのお父上がお亡くなりになった時に、相続権がなかったのか、しなかったのか。ロバートは、選択していた軍隊への道へと戻りました。リチャード・カーリントンとは面識がありましたかね?」


「お名前だけは」


「でしたか。彼と一緒に大佐を訪ねたんですよ。大佐はリチャードの、インドにおける上官でして、彼は大変お気に入りの部下でしてね。あの変なところがいいんでしょう」


「あなたの長らくのご友人ですものね」

「はい。気心の知れた友人です」


 推して知るべし。


「インドにいらっしゃるのね」

「戻ってきたということは、移動になったのかもしれませんね」


「だといいけれど。旦那様が危険な土地にいらっしゃると、アイリスも不安でしょうね……」


 何もコメントが返らないことを不審に思い、顔を上げる。なんとはなしに作られたような、澄ました顔が前を向いていた。


「アイリスも、一緒にいたのね?」


 はっきりと、わかった。ジェラルドの表情は変わらなかったが、メアリーアンは二人の会話に答えを見つけた。


『一緒にお戻りですか』『えぇ』……。


「そんなお話だったわ。インドで会うところだったと、あなたはそう言ったのよね。危険ではないの?」


「お嬢様は陛下の力をお信じになられていない? 太陽の届く土地は、神のご加護により女王陛下のものですよ」


「嘘みたいね」

「これが、信じるべきことでしょう」


「そうなのかしら」

「まさか私と議論をしてみたい? そんな真面目な演題で」


「いいえ。まったく結構です」


 耳にしているインドの状況。それはとても華々しく、しかし決して希望通りではないと判断は下されていたはず。家に戻り次第、もっと議論に相応しい相手に、詳細な解説を願い出ることにしよう。


「少し冷えてきましたね。コーヒーでもいただきましょうか?」

「えぇ」


 歩かずにいられるのなら、ぜひ。


 膝が限界を叫び出しそうだった。痛いと言うよりもだるく重たく、爪先に至ってはすでに誰のもの? 状態だ。


 夜会で足を潰したなんて話は聞いたことがないのだから、そんな現象は起こらないのだろうけれど、最悪一歩手前の事態はもしかしたなら遠くないのかもしれない。


 家に戻り靴を脱ぐ瞬間を待ち遠しいと思いつつ、無理をさせてしまい腫れているであろう指を見ることを思うとに怯えが走る。


「この道は、もう少し進みますと、語らいにピッタリな四阿に出会えるんですけれどね」


 さらに歩けと?


「ワタクシの提案をメアリーちゃんが快諾しちゃうなんて喜ばしい出来事を記念して、そちらは諦めることにいたしましょう、残念ですけれど」


 言ったジェラルドの満面の笑みを受け、メアリーアンは、気持ちをそのまま顔に出してしまったことにのた打ち回る思いだった。見抜かれてしまっている。そして、容赦されてしまっている。


 全っ然大丈夫だと駆けて見せようか、と思いついた側から、できないことだと否定していた。負けたくないとそんな気持ちはあるけれど、現実問題、この足にはむりなのだ。


 趣向に名高い邸の庭は、その気になれば非常に楽しめるはずの仕上がりである。二日前まで続いていた雨が塗りかえ、薫りだたせているすべてのグリーン。


 花たちは頃合に相応しく、蕾、そして花開き、散ることなど知らぬかのように、姿を誇り、互いに競い合うようだった。

 そしてそんな争いを問題にせず、主役に輝く花がある。そこここに立ち、圧倒的な芳香にて空間そのものを包み込む白い花々。


 その名を冠した館であるのだ。その花を中央に手抜かりなく整えた敷地内は、例年よりも殊更にすべての調和に成功しているようだった。


 と いうのに、今のメアリーアンに鑑賞の余力は残っていなかった。気持ちはすっかり逸れてしまっているし、体はまったくついて来ない。


 例え足に問題がなくとも、四阿で語らうはずではないのだから。


 メアリーアンは誰でもない自分にしっかりと頷き、重なった不運は払いのけて忘れてしまうことを決めた。まだ続けて襲いかかり中の不運に、立ち向かうだけで忙しい。

 まだいくらかだとしても、この足でジェラルドと歩かなくてはならないのだ。



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