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4.行方知れずの彼女

 卒業式の日?


 記憶に中にまず見つかるのは、ぼんやりと校舎の輪郭と、眩しい光が木々の間からこぼれていた夏日であったこと。

 アイリスと自分は、この光景のどこに居るのだろう。それがなかなか見つからない。


 ジェラルドは考えている様子もわかりやすいメアリーアンを見ると、この間を逃さずに飛び込んだ。

 娘たちの盛り上がりに口を挟むのは、なかなかに熟練の技を必要とするものだ。スマートに行こうと思うなら。


「大佐殿もご一緒にお戻りになられているのですね」

「えぇ、もちろん。あまり長くはないのですけれど、休暇はロンドンで過ごすことにいたしましたの」


「ではクラブでお目にかかれそうですね」


「まず向かいましたわ。今頃もきっと、どこよりくつろいでいるでしょう。私ども女は想像するしかないのですけれど、クラブというのは、それほど居心地の良い場所なのかしら」


 意見を求められれば、嬉々として。


「私はさらなる華を求めたいと常々思っておりますね。もの足りない場所ですよ」

「満ち足りる方も多いのでしょうけど」


 インナーワールドから脱していたらしい、メアリーアンから意見が出された。ジェラルドが粋な反論を試みる前に、


「ミセス・ラッセンディル。馬車の用意が整いました」


 迎えが現れたのは、双方のために幸いであったかもしれない。


 アイリスは外へと続く扉の前からこちらを見ている二人のご婦人に手を振って応え、こちらを向き直ると、残念そうに息を吐き、


「ごめんなさいね、あわただしくて。ゆっくり話したかったわ」

「ロンドンにはいつまで居られるの? 会えるかしら」


「もちろんよ。明日の午後はどう? 訪ねてくれる? ブラウンズよ」

「えぇ」


「長い話も聞かせて欲しいもの。楽しみにしているわ、メアリー」


 身を翻す勢い、そんなものがアイリスらしさを思い出させた。グレイのスカートを翻し、いつでも自分よりも数歩前を歩いていた姿。


 夏も冬も一緒だったのだ。影ばかりの廊下の、床から生まれ上る冷気。古い石造りの校舎はレンガの塀に固められ、ミニアチュールのように守られながら、箱庭で過ごした日々の徒然が、一度に押し寄せるようだった。


 今でもあの場所に在ることはわかっていても、今この場所に立つメアリーアンにとっては、経験すら夢であったのかと思えるほどの遠い場所。


 大きな扉を抜けて出て行く、長いドレス姿のアイリスを見送り、まるでしばらくの時間、チェンジングに会っていた様な気持ちだった。


「出世しましたね、ワタクシ」


 ジェラルドの声は、いとも簡単に夢想を崩す。これが現在の現実。メアリーアンは顔を上げ、目でもそれを確認した。


 あの学校にいた頃は、こんなヘンな人と会うはずはなかった。守られていたのだ、やはり。


「出世?」

「お友達っておっしゃったじゃないですか」


「クリストファーの」

「あぁ。でしたっけ」


 アイリスに出会うまで座っていたソファに、メアリーアンはまた腰をおろした。嬉しい邂逅だったけれども、忙しく頭を働かせ続けたことに、少し疲労を覚えている。

 それで思い出してしまったのだが、そもそも締め付けるドレスと頼りないかかとの靴によって、すでに相当痛めつけられている身なのであった。


 顔を見たのは、卒業以来初めてのこと。他の友人と会った時に話題にのぼりはしたけれど、いつでも彼女は行方知れずのままだった。


 祖父の仕事を手伝っているメアリーアンは、時にこうして夜会に連れ出されることはあるとしても、昼間の茶話会やショッピングへのお付き合いは辞退申し上げている。

 女同士の遠慮のないおしゃべりの機会そのものが少なかったために、届かなかった情報だったのかもしれない。


 結婚しただなんて、最優先のニュースなのに。


 誰もが口にのぼらせた、旬の時期を逃していたのかもしれなかった。アイリスにああは言ったけれど、会うたび会う人に、消息を尋ねてばかりいたわけではないのだ。

 便りがないことをいぶかしみ(実際には届いていたわけだが)、時に思い馳せてはいたのだが。


 アイリスはどんな人と結婚をしたのかしら。だんな様のお名前は、ロバート――……ラッセンディル? 


 あら?

 名字が変わっていない? ご身内、かしら。


「ミセス・ラッセンディルとは大親友? メアリーちゃん」


 存在を無視されつつも隣に座っていたジェラルドは、邪魔そうな視線にも怯むことなく、華やかな笑みを浮かべ、陽気な口調で続けた。


「私の知っていることをお話しましょうか。それなら一緒に居てもよろしいでしょう」


 申し出すべてに罠がかけられていると、そう思ってしまうまでに、ジェラルド・カーストンは落ちていた。メアリーアンはしばし躊躇し、けれど答えは、


「お願いするわ」


 どうせ何を言ったところで、この男は隣に座り続けることは予想できる。


 ならば役に立っていただきましょう、との選択が、申し出に応える形になったことは残念だけれど、アイリスとの間に交わされた会話から、親しい間柄がうかがわれていた。ならば得るものも、他よりは大きいかもしれない。


「アイリスさんのお父様が亡くなり、爵位は一つ戻っておじい様の末の弟君の元に移行いたしましたのですよ。それはご存知だという顔ですね。ご両親がしっかりしたものを残していたので、アイリスさんは金銭的には困ることはなかったはずです。それがどうしたという顔をなさってますね」


 やはり選択を誤ったのかもしれない。メアリーアンは棘を含む声で返す。


「いちいち私の顔についてコメントをいただかなくても結構です。ジェラルド様、私に何かを教えてくださるおつもりなら」


「『ラッセンディル大佐』とは何者なのか? でしょう」


――「えぇ」


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