3.再開――アイリス・ラッセンディル
助けの声は、淑女のものだった。場所柄めずらしく、跳ねるような勢いを持つそれを発した人間を、急いで探す。
そこまでして呼んでくれたからには、大事な相手に違いないからだ。扇の音どころではなくマナーに反している、大きな声。ラベンダーのドレスの女性が、駆け出て来た。
信じられない――アイリス・ラッセンディル。
メアリーアンは、ソファから跳ぶように立ち上がった。
「アイリス! アイリスね?!」
「こんな場所で会えるなんて、思っても見なかったわ。いったいどこでどうしていたの?」
「あなたこそ今までどこに隠れていたの? 誰に会っても教えてくれなかった、誰もよ。元気そう。そうよね?」
「私を病気にしたいの? メアリー」
自分の目の下でさざめく花たちを、ジェラルドは口元に笑みを浮かべながら見ていた。新たにとび込んできた一輪は、なかなか鑑賞に値する姿なのである。
瞳はグレイ、髪はしとやかな艶を持つ金の色。妻にするなら金の髪の娘、とこれは誰かの詩であったのか、戯言か?
大きく作られたパールの髪飾りが低い位置に輝き、首の細さを強調している。ネックレスとブレスレッドには、相応の淑女であることを伺わせる石の数々。
そんなお方で自分が存じ上げないということで、なるほど疑問は重なるわけだ。『どこに隠れていたの?』。
メアリーアンと手を握り合ったまま、『アイリス』は自分に向けられている視線に気付き、ジェラルドを見ると、居住まいを正した。
「ごめんなさい。私、興奮してしまって。お連れの方ね」
「いいえ、少しも邪魔ではないの。気にしないで、アイリス」
助かったのよ。
そこまでは言わずに、口を慎む。
前に進み出て身をかがめたジェラルドと、挨拶に応えようと口を開きかけたアイリスが、二人して自分の言葉を待っている。
浮かんだ数々の選択肢を葬り、メアリーアンは仕方なく右手を使うことに決めた。非常に、仕方なく。
「アイリス・ラッセンディル。アイリス、こちらはジェラルド・カーストン。クリストファーの友人なの」
「まぁ」
「これはこれは」
それぞれの反応は、予想外のものだった。さらなる語りは必要とされず、二人は互いに向かい合う。
「やっとお目にかかれました、ミセス・ラッセンディル。あなたとはいつもすれ違ってばかりいました。私を避けていらっしゃるのではと、嘆きましたよ」
「お会いしたいと思っていましたわ。夏にはカーストンのジェラルド様にいよいよ会えると思い、私は屋敷でお待ちしていましたのに、ジェラルド様が狩りだけでお帰りになってしまったのよ。避けられているのかしらと、私も嘆いておりました」
知り合い、であったらしい。しかし、対面は初めてのことらしい。
間でメアリーアンは言葉の端を捕まえて、推測を試みた。しかし、ひっかかる言葉が、かなり前の方に……。
「ミセス……?」
「知らないのね? メアリーアン。結婚したのよ、私」
「えっ」
「そんなに驚くことではないわ。あなたはいったいどんな生活を送っているの? カードもお届けしたつもりですけど、その他の重要ではない手紙として分類されてしまったのではなくて? ひどいわ。何年も一緒に暮らした私たちなのに」
カード……はもちろん、自宅に届けられたことだろう。
見落としたのだ。
心当たりはあった。久々に訪れた自室で、たまった郵便物を、持ち帰るものと保存するもの、そして廃棄するものに分ける作業の途中に、邪魔が入らないことなどなかったのだ。
たいてい、母のお茶にしましょうの言葉が襲来し、作業は半端で投げ出されてしまうこととなる。
原因となったあの方に、文句の一言も言ってやりたいところ。こんなに大切なことを、今まで知らずにいたなんて。
「ごめんなさい。私、今家を出ているの。私はあなたの結婚式を欠席してしまったのかしら」
「違うわ。カードはお知らせするだけの内容だったの。お式はこちらの国では挙げなかったから、友情の破綻は心配しなくていいわ」
「そうなの。良かった」
「それであなたは、家を出て?」
首を傾げるアイリスの目が、改めて自分の姿を観ていることに気付き、メアリーアンは急いで言った。結婚したと思われるのは、当然の思考の流れ。
装いに矛盾を見い出される前に、決まりを損ねているわけではないことを、言葉で説明したかった。
「今は、母方の祖父と暮らしているの」
「お父様とまたケンカしたのね?」
「そう、でもないのだけれど。長い話なのよ、話そうと思うと」
また。共に過ごしたあの頃から、ずっとそれを繰り返しているのだと知らされて、隠れてしまいたいような気持ちになる。
メアリーアンは、同時に父親にすまないと思いながら、話を相手にと返すことで逃げ出した。
「アイリス、ご主人様はご一緒ではないの? お会いしたいわ」
「見てみたいでしょう、私のだんな様を。でも困ったことに、こんなところは大嫌いなの。連れ出す作戦は失敗したわ」
出かける前の一騒動、それを想像させる言い方をして、アイリスは誇らしげに笑い、
「ロバート・ラッセンディル。メアリー、あなたは一度会っているわよ。憶えていないかも知れないけれど、卒業式の日に」