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2.メアリーアンという娘

「楽しくはないのですか?」


 ただのつぶやきに答えが返り、メアリーアンはもてあそんでいた扇をつい、高い音を立てて閉じてしまった。一瞬、人という人がみんなこちらに目を向けたような気がしたが、気持ちの問題だったのかもしれない。いずれにしても一瞬のことだった。気にするには及ばない。


 声は後ろから聞こえていた。人の入り込む場所ではないソファと壁との間の隙間に、大きな男は、さらに無理をしてしゃがみ込んでいた。彫刻家の希望のような整った顔が、ソファの木枠の上に乗せられている。美しいことは認めるとしても、小首を傾げていてもかわいくはない。メアリーアンは相手に伝わるようにあきれた顔をして言った。


「いつからそこにいらしたの? 気がつかなかったわ」

「あなた以外の女性はみなさん気付いて下さっていたと言うのに。ひどい扱いですね、いつものことながら」


なるほど。

女性だけではない、男性も気付いていたのだろう。


 だから、誰もこちらに近寄っては来なかったのだと、メアリーアンは理解した。こんなモノがくっついていたら、誰も恐れて近付きはしない。けれど、感謝する気持ちにはならない。コレを相手に、誰が感謝など。


「ワタクシ、忍耐が身についてきたように思います。抜け出すならお供しますよ」


 この男をお供に?

 そんなことを()()()()結果を想像して、メアリーアンは顔を歪めた。


 ジェラルド・カーストンは常に注目を集める、社交界の輝く宝石である。囁かれる名も、『ブラックサファイア』。

 存在も不確かな美形であると、誰が言い出したのかは不明とされているから、事実は本人であるのかもしれないなどと、捻くれたことも考えたくなる。


 クリストファーが巻き込まれる騒動の、たいていの火種がジェラルドであることを知って以来、メアリーアンは彼を押し退けることに決めていた。

  

 悪名の高さを理由に付き合いを慎むように進言も差し上げたけれど、とんでもない目に合わされて文句を言うわりには、彼らは未だに大変に仲良くしている。


 切り離す、何か良い手。それをずっと探し続けているのだ、誠意を備えた従妹としては。


「返事くらいしてくれたってよろしいでしょうに。何を考え込んでいるんです」

「きっと、聞かなければ良かったと思うことです」


「だいたい想像できましたよ。謝っておきましょう」


 現れて欲しかったのはクリストファーなのに、いったいどこに消えてしまったのか。置いて帰られることはないと思いながらも、心に疑っている部分がある。


 どこにではなく誰と消えたのか。――めくるめいて忘れてしまったのかもしれない。今夜ここに連れ出した私のことなど。


 連れ出す前に忘れて欲しかったわ。こんなことを続けても、二人共に意味はないのだから。


「さっきの質問ですが」

「質問?」


「楽しくはないのですか。このような場所は」


『このような場所』を作り出した当人であるかのように、ジェラルドは悲しそうな顔で言った。


 当人であってもおかしくはない、いずれ同種の人間であったのだろうと、メアリーアンは思った。彼の揺れ幅の大きい表情に絆されないように、努めて堅い口調で意見を述べる。


「興味深いと言えたらいいけれど、長い時間を費やす意味があるとは思えない。どんな時も楽しみを見出すことをお父様から教わったけれど、こういう場所では私には難しいわ」


「鑑賞に値しないと?」

「……向いていないのね、私の方が」


「そうなんでしょうね。メアリーちゃんは、あれですね。おうちでご主人様のお帰りをお待ちなさいよ。そしてお友達だけを招待するパーティを、ご自分で主催なさるんです。そういうタイプですよ」


「それは楽しそう」


 気持ちの重なる友人だけを招き、皆で楽しく過ごす夜。ジェラルドにしては、気の利いたことを言う。


「交際相手を厳選している男の方がいいわ」

「男にもてなくなったら、男はおしまいですよ。友達は多い方がいいでしょう」


「数ばかり多くてもどうかしら」

「なんとかして私のあら捜しをしてやろうと思っていますね」


 そうかもしれない。


 言いかけて止めたのは、あまりにもジェラルド・カーストンに気を許しすぎているように思えたからだった。扇に目を落とし、考える。


 だんだんにこの人のペースに巻き込まれやすくなっているような気がする。だんだんと、側に置いていることを変だと思わなくなっているかも。


 慣れてきてしまったのだ。

 なんということ。


 クリストファーに付き合いを止めていただくどころか、自らが巻き込まれていくなんて。


「メアリーアン!」


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