後日談
私はまた1枚絵を描き上げた。出来栄えはまあまあだ。私はそれを近くに置いてまた新しいキャンバスにラフを描き始める。もうこれで何枚目か分からない。本物さえすぐ傍にいればこんな物はいらないのだが、心に空いた風穴から風がビュウビュウと吹き込む限りはこうしてまた絵を描いて埋めるのだ。
絵を描いた枚数より多いため息をついて鉛筆を置くと近くに置いていたお茶を飲んだ。そろそろ茶葉がなくなる。新しい物を買いにキャラバンのいる所まで赴こうか…。そう考えていると戸を叩く音がした。私は扉を開ける。
「おはようございます、シンダーさん。おお、また増えましたねー」
現れたのはコゥトだった。殆ど毎日私の元を訪ねては元気にしてるかチェックしに来る。
「他にやる事がないんだよ」
「あ、これ可愛いですね!貰っていいですか?」
「どうせ部屋に入らなくなってきたらまとめて燃やすんだ。好きに持って行ってくれ」
「もったいないなぁ…」
私達はあれから再びクェリケーに帰った。非常に気が重かったが王様に全てを説明した。王様も虫の知らせの様なものを感じ取っていたらしく私からの報告を特に驚きもしなかった。ンンドゥの遺書を受け取るとあまり深く聞いては来なかった。
王様は王子に最後まで寄り添ってくれた国の友人として私をクェリケーに置いてくれる事になり家を与えてくれた。相変わらず重要参考人として私をこの国に縛り付ける事になるとは言っていたが、実際はそういう名目にしておくだけで私がどこに出かけようが咎める気はなさそうだった。
私はこの国に留まるにあたって薬の値段の高さについてどうにかしようと考えていた。この地は薬草となる植物を育てるには不向きだったが、傷心中だった私は余計な事を考えられないほど仕事に打ち込もうとした。
世界中から魔物がいなくなったのでギルドやギルドのメンバーから大勢の失業者が出た。キャラバンの商売もライバルが大量に現れて殿様商売じみた事ができなくなった。時代は目まぐるしく変わっていく。その流れに置いて行かれそうになる度に老いを感じたものだ。
私は1人でも多くの人に安く薬が届けられる様にと言う大義名分を掲げたが、思うにそれはきっと建前に過ぎない。私は何でもいいから自分でできる範囲で忙殺の日々を送って頭を空っぽにして働きたかったのだ。コゥトには良く心配された。
昔は薬屋を馬鹿にしたりしてたがルナエルフとしで第2の人生を考えて勉強はしていた。だから植物や薬草には詳しい。空いた時間で育てたり調合したりもした。もちろん趣味でやるのと仕事でやるのはあまりに勝手が違って戸惑う事も多かったがそれが新鮮で楽しかった。
そのうち私のプロジェクトが1人歩きして多くの人が私を称賛してついて来る様になった。色んな専門家が集まっては薬草の栽培法を研究する者が現れたり、遠くから来た薬屋が私に代わって色んな薬の作り方を教えてくれたり、販売戦略に協力してくれる商人まで現れ出した。童話の様なとんとん拍子だった。
あまりにガチガチの専門家が集まる物で素人の私は担がれ時々偉そうな事を言ってはこうして自宅で神子の絵を描いて過ごすだけの日々を送る様になった。事実上体の良い厄介払いである。人生とは上手く行かない物だ。最近はいらない金を適当に寄付したらそこが貧しい子供達が無料で勉強できる学び舎を作ろうと言うプロジェクトの所で校門前に私の銅像が建った。
私はそんな物を作る余裕があったら他の費用に回せと文句を言い付けたが、ここに集まる学童は生きて来た環境もあり品格がなく粗暴であり、勉学より先に教養を身に着けるべきであり、志すべきモニュメントが必要なのだと説得された。当人の人物とかけ離れた偶像にされるのは気分のいい物ではないが、言わんとする所は一理あった。
おかげでその辺をほっつき歩いていると子供から挨拶されたり尊敬の眼差しを向けられる。噂には尾ひれがついて私がいかに立派な人間かという噂まで流れる。正直に言って鬱陶しくて仕方がなかった。まぁ連中は話題に飢えているのだ。飽きれば勝手に根の葉もないスキャンダルにでも跳び付いて私を散々こき下ろして飽きてくれる事だろう。
「あ、そう言えば最近私も庭にお花畑を作ってるんですよ。でも近所の子供達が踏み荒らしたりしちゃって…。注意するんですけど私じゃ凄味がないから効果ないんです。シンダーさん、助けてくださいよ~」
「この間一緒にドスの効いた声の練習をしたばかりじゃないか」
「んじゃこりゃーっ!われーぼけぇーっ!」
「可愛いな」
「そうなるじゃないですかー。ここは1つ頼みますよ」
私はやれやれと思いながらもコゥトに付いて行く。とは言え本当に悪質ないたずらだ。他人の家の花壇を勝手に踏み荒らすなどと。元々ギルドだった大衆食堂のそばを通ってコゥトの家に向かう。コゥトの家には件の子供達と…コトリーがいた。震えあがる子供達にコトリーは射抜くような眼力を送っている。
「その辺にしてやれ。目力で体に風穴が空く」
「ん?おお、シンダーか。コゥトが花を植えた花壇を荒らしているのを見かけたので今しがた目で語り掛けていた所だ。非暴力だぞ」
その眼力で威圧するのは暴力にも等しいだろう。そう言おうと思ったが怖いのでやめた。子供達は私達が話している間に蜘蛛の子を散らす様に逃げ去って行く。元気なのはいい事なのだが…。
「ちょうど良かった。これからちょうどシンダーの家に行く所だったんだ」
「私に何か用事か?」
「ああ。ジェスリーがお前の所の薬屋に薬草の納品に行ったら店員がいなかったらしい。物を盗まれては困るからってカウンターに立ってるらしいんだがあいつ薬の事が全く分からなくてな。通りかかった私に助けを求めてお前に伝言をする様に頼まれたんだ」
「それは大変だ。急いで行って来る」
私は駆け足で薬屋に急いだ。コトリーの言う通りジェスリーはカウンターに立っていた。何やらお客さんと揉めている。しかもあのお客…どこかで見た事あるな。一体どこの誰だったか。ビジネス相手だったら覚えてないと失礼になる。思い出すまではしばらく様子を見る事にした。
お客さんは顎の下に手を当てて考えるそぶりをする。
「そうですね…では34番もらえますか?」
「今朝注文したので届くは週末です」
「そうですか…では22番を3束もらいましょうか」
「運んでる商人の靴底が取れちゃったそうで修理するまで届きませんです」
「そう…12番は?」
「ないです」
「3番2本と1番1本」
「すみません」
「44番」
「さっきペットのブタが食べちゃいました」
「44番は未登録ですよ。本当に薬屋ですか?」
「昨日登録申請したばかりですからね。明日には正式に採用されてますよ」
ジェスリーがあまりに適当な事を言っているので面白くてそのまま聞いていたかったがあまりに自由にさせて店の評判が悪くなってはアレなので私はすぐに出て行ってジェスリーに下がる様に言った。改めて目の前のお客さんに挨拶をした。
お客さんは私の顔を見るなり目を皿の様に開いて驚いた。
「シンダー!?なんであんたがこんな所で薬屋やってんの!!」
「失礼、どこかでお会いしましたか?」
「ふぎーっ!この顔を忘れたと言うか!私だ私!」
やはり相手も私と面識があるらしく私の気のせいではなかったようだ。しかしどうしても相手の事が思い出せない。一体どこの誰だったか…。頑張って記憶を遡って思い出すが顔は思出せても名前とどんな人物だったかまでを思い出せない。そもそも私にとっては忘れ得てしまうほどどうでもいい存在なのではないかと思い始めた。
面倒くさくなって何用なのか、どんな薬が欲しいのか尋ねるが自分を思い出せと言って聞かない。どうやら私に対して随分と根深い恨みを持っている。とは言えあまり相手してるのも面倒に思えたので衛兵でも呼ぼうとするとさすがに焦って名乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよほら私だよ、ダイアだよ!ダ・イ・ア!本当に?本当に覚えてないの…?」
その名前を聞いてやっとの事で思い出した。そうだ、ハイントにしつこく薬を売ろうとするからそれを買って目の前で踏み潰して、その恨みからわざわざA級ヒーラーまで上り詰めて私を追放させるために私の元・仲間とあれこれと画策していたあの!
私が手を叩いて思い出したのを見てホッとしたダイアは改めてふふんと笑う。
「あんたも落ちぶれたねぇ。元S級ヒーラーが薬売りだなんて。くすくす」
「私はC級ヒーラーに降格になった。それ以外で言えばクェリケーの一等地に2つ家を持ってる。特に利用してない別荘は1つ。国の友人と言う栄誉を国王からいただいた。持ち金で貧民から中流階級の頭を悩ます高額の薬代をどうにかしようと言うプロジェクトが大成功、掃いて捨てるほど有り余る莫大な財産ができた。その辺に私の銅像がいくつも建った。有名人になったんで店に行けば割引してもらえる事あるし知らない人に挨拶もされる。鼻ほじってぼーっとしてるだけで金とビジネスと有能な人材が舞い込んで来る。対戦よろしくお願いします」
「ふぎぎぎ…対あり…」
「あの時の事は悪かったと思ってるよ。だがあんただって私に復讐はしただろ。それで水に流そう。そして新しい関係を始めるんだ。それでいいだろ?」
ダイアはムスッとしていたがやがて落ち着いた表情で欲しい薬草を複数言う。私は棚から取り出して指定通りに渡した。金銭のやり取りをするとダイアは道具袋の中に薬草を詰める。
「あれから仲間はどうしてるんだ?」
「魔物がいなくなってから皆バラバラになっちゃった。シグレットはお金持ちのヒモになるとか言って勝手に仲間を抜けちゃうし、イールはギャンブルで借金を私達になすりつけてドロン。私もハイントも大変な目に遭ったよ…」
「やっぱり性格がゲロカスなの私だけじゃなかったじゃん!!」
「自分の性格がゲロカスなのは認めるんだ…」
魔物がいなくなったおかげで旅がスムーズに行くようになった…とは行かず、魔物がいなくなった事で食い扶持に困った冒険者達は旅を続ける金がなくなった。ハイントやダイアも例外ではなくこれから住む場所や働く場所について考えているのだと言う。行くアテはあるのかと聞けばダイアはとにかくハイントのいる場所で暮らそうと考えているらしい。
「んで、そのハイントはどこに行くって?」
「飛行船に乗ってオルテナに向かうんだってさ」
巨大飛行船のラストラン以降は飛行船は歴史の本でしか見なくなるんだろうかと思われたが、ここ最近は小型飛行船が流行っている。魔物に生活圏を脅かされずに済むようになった時代では土地土地ごとの交流もより活発になり、ロストテクノロジー復活のために情熱を燃やす諸氏が多いのだ。魔物が跋扈していたあの時代、頭上の海を泳ぐあの巨大生物の様な飛行船にロマンを追い求めた熱い連中が小型の飛行船を競うように作り出した。魔物がいないので高度も低めで飛べる。
彼らの作る飛行船のターゲット層は空の旅を楽しみたい貴族向けではなくビジネスのために各地を回りたい人々向けなのでサービスはそれほど充実していないが中流階級ぐらいならそれなりに利用できる金額になって来た。今後も儲かれば少しずつ値段を下げて行く予定らしい。
しかし、ハイントがオルテナに向かうか…。
「オルテナの次はミキトーだな?」
「何で分かるの?」
「私が持ち金で遊んで暮らせそうな場所と言ったらミキトーぐらいだなって思ったんだ。それをハイントに言ったら自分も旅が終わったらお土産一杯持って向かうって言っててな。律儀な奴だよあいつは」
「…何でクェリケーにいんのあんたは」
「話せば長いんだ。とにかく、ハイントには私がここにいる事は黙っておいてくれよ」
「会ってあげなよ。あんたに会うために遠路はるばるここへ戻って来たんだよ?」
「今更どんな顔して会えばいいか分からんよ」
「何さあんたらしくもない。その厚い面の皮は飾りなわけ?」
「まあそのぐらいで勘弁してやってくれよ。シンダーも色々思う所があるんだ。その気になればミキトーぐらいすぐ行ける訳だし、な?」
ジェスリーがフォローしてくれた。ダイアは不満げに口をへの字に曲げてこの場を去って行った。
「何があったかは分からんが近いうちに会ってやれよ。旧友ってのはいいもんだ。俺もこの間喧嘩したっきり5年は会わなかった兄貴と偶然会って、何となしに意気投合して酒を飲んだりしたぞ??」
「分かってるって」
そうこうしていると店番が戻って来た。店を開けた理由については薬の副作用が出て家族が死にそうだから何とかしてくれとか騒がれて急いで駆け付けたのだと言う。知ってる範囲内で調べた所、利用者の服用法に色々と問題があったらしい。ひとまずは応急処置をして病院に連れて行って今は落ち着いてるそうだ。
ちゃんと説明する様に徹底指導しているつもりだが、伝え方が悪かったのか利用者がそもそも話を聞いていないのか…。何はともあれ似た様な事例がそう何度も起きては困る。薬袋に漫画でも印刷しようか、あるいは今後似たような事があっても対処できるように店番は控えを常時置いておくべきか。
とりあえず店番は任せて私は考えごとをしながらクェリケーの城の方へ向かう。ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると誰かとぶつかった。私はその場に尻餅を搗いてしまう。
「いたたたた…」
「すみません、ちょと考えごとをしてて…。大丈夫ですか?」
声の主が手を差し伸べた。
「こちらこそすみません」
そう言って手を掴もうとして顔を上げるとそこには見知った奴がいた。
「シンダーじゃないか!」
「ハイント!」
鎧を脱いでいたので分からなかった。魔物がいなくなった今となってはそんな重装備をする必要がなくなったのだ。私は焦って立ち上がると逃げる様に走り出した。ハイントは後ろから追いかけて来る。
「お、おい!なんで逃げるんだ!」
「分からん!」
一生懸命走るが全然距離を離せない。というか余裕で追いついて来て並走しながら私に尋ねて来る。
「ひょっとしてランニングか?」
「違う!」
ついに目的地まで着くと、どれだけ走っても私の身体能力じゃ逃げ果せないと諦めてその場で呼吸を整える。ハイントはため息をつくと私の傍まで来ると困った顔で私の顔を覗き込んで来た。
「やっぱり…まだ怒ってる?」
「そんなんじゃない。ただその…どんな顔していいか分からなかっただけだ」
「良かった。さっきダイアが『二度とそのツラを見たくないって言ってた』って言ってたから、どうしても会って確認したくなったんだ。本心なのかなって」
「別にお前の事は嫌ってない。今でも仲間だと思ってるよ」
「なあ、この後少し時間を貰えないか?ゆっくり食事でもして話がしたい」
「ああ…。わかった。墓参りを済ませるから待っててくれ」
「俺も一緒に祈ってもいいか?」
「ああ」
私はまずンンドゥのお墓で祈る。可哀そうだなんて思わない。あいつは自ら望んで使命を全うしたのだ。後悔などあるはずがない。ここには体も魂もない。あいつは異世界へ飛んで、その世界ごと自身を滅したのだ。これは自己満足に過ぎない。そうだとしてもその魂の安らぎを願ってやまない。
世界は平和になったぞ、ンンドゥ。少しばかり計画は遅れたかもしれないがお前の生まれた意味は無駄じゃなかった。お前は最後のパスツール人として皆の願いを叶えたんだ。お前は英雄だよ。
祈りを済ませると今度は無名の墓に参った。神子だ。神様にもイルと言う名前があった様に神子にも名前があって良かったかもしれない。ずっと神子と呼んでいたので当人もそれを名前の様に感じていたかもしれないが。
ンンドゥがいなければ。神子がいなければ。コゥトがいなければ。私がいなければ。誰かが欠けていれば上手く行かなかったかもしれない。でもそうはならなかった。全ての運命の歯車がかみ合った様に動いた。
「ハイント、この町には元ギルドの建物だった大衆食堂があるんだ。そこでダイアと待っててくれないか。もう少し時間がかかりそうだ」
「ああ。分かった。急ぐ用事はないからゆっくり来てくれ」
そう言ってハイントはこの場を去って行った。私は祈りを続ける。
コゥトの両親の体調は回復に向かっている。若い時代に壊した体はそう簡単に戻らないが、今じゃ簡単な仕事ならやって暮らしていけるほどだ。神子の残した神性の事、コゥトは非常にポジティブに受け止めて明るく生きている。これも神子のおかげだ。
もし祈りが届いているならもっと自分に胸を張ってくれ。世間はお前の事を知らないだろうが私はしっかり覚えている。いずれ笑われようと自伝を書いてお前の事を広めるつもりでいるんだ。私だけがお前が確かに存在した事を語り継ぐよ。
話せばキリがなさそうだ。また来る。
私は立ち上がると、ちょうど頭上で太陽を覆っていた雲の間から僅かな太陽光が差し込んだ。顔をあげると少し離れた場所に確かに微笑む神子が見えた気がした。
「!!?」
すぐに駆け付けようとしたが、まるで幻だったように消えてなくなった。私はその場に立ち尽くす。
「…シャイな奴。たまには顔を見せてくれよ」
見た物が私の望みが見せた幻なのか、実際にそこにいたのか。それは関係ない。私は確かにそこに見た物をありのままの受け止める。私は踵を返して大衆食堂に向かった。
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