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与えられた選択肢は始めから1つだった

少女、少女と言ってますが別に少女趣味ではありません。


 魔法とは。一般的にゲームやマンガ、小説等で出てくる魔力を使い水や炎を操るもので、現実世界にあったならば争いの種になりそうな物騒極まりないやつだ。ダンジョン、魔物ときて魔法とは、この世界は何時からフィクションの世界と統合されたんだクソが。


 だが魔法があるならば2人の妙な力の説明もつく。


「またえらくファンタジーなものが出てきたな…。あの木の根や猪の頭蓋を割ったのも魔法ですか?」


「木の根?」


「お前と壁の間にクッションみたいに現れたでっけえ木の根っこだよ。まあお前は知らねえか。」


 大人2人を余裕で抱えた巨大な木の根は強烈なインパクトだったから一目見たら忘れないだろうが、気絶していた山田は知らないことだ。不思議そうに首を傾げたが兎原も否定しないので一先ずそんなもんがあったのかと受け入れている。


 そんな山田を社長が可笑しそうにくすくす笑った。


「山田さんも私の魔法を見ていますよ?」


「あ?俺は木の根っこなんて見てねえぞ。」


「木の根ではなく、医療室で青い実を飲みましたよね?アレも私の魔法です。」


「ああ、あの気付け薬が…?え、あれ漢方薬じゃなかったの?」


 素っ頓狂な声を出して間抜けヅラを晒す山田。お前、正体のわからない物を簡単に口に入れるなよ。危機意識0か。


「あれは私が魔法で作り出した丸薬です。魔力の働きを活発化させ軽い打撲や打ち身ならたちどころに治してしまう魔法薬ですよ。魔力を保有しない方でも多少効果は落ちますが効くみたいですね。」


「効くみたいですね。って何!?え、俺で実験したわけ!?効果もわからないもん飲ませられたわけ!?副作用とか大丈夫なんだろうな!!」


「どうですかね~。」


「ふざけんじゃねえぞアバズレ!!舌引っこ抜いてやろうか!!」


 鬼の形相で騒ぎ立てる山田だったが兎原が首根っこをしっかり掴んでいるため椅子の上で暴れるに留まっている。まるで落ち着きのない幼児と保護者みたいな絵面だがちっとも微笑ましくないしテーブルが揺れるので大人しくしてほしい。あ、兎原に蹴られた。ざまあみろ。


 脛を蹴られ涙目になっている山田を見て、溢れた花茶を布巾で拭っていた犬飼が呆れたように溜息をついた。


「あんまり誂うな巳ノ浦。話が逸れる。…動物実験は済んでいたし、安全性は証明されていた。米軍へのサンプル提供もしていて、治験結果も問題ないと出ている。安心しろ。」


「…ああ、そう。」


 小さな声でそれだけ返すとそっぽを向いてしまった。あれは拗ねたな。ああなるとうざいのだ。構ってもグチグチうるせえし、放っておくといじけて鬱陶しい。


 面倒だなと眺めているとマンゴープリンを突き始めた。行儀が悪いと兎原に手を叩かれ大人しく食べる。一口食べた瞬間目を真ん丸にし動きを止めた。まじまじと皿を見つめ、何故か俺と目を合わせてまたゆっくりと皿に視線を戻すと次は先程までとうってかわって丁寧にマンゴープリンを掬った。艷やかな橙色が澄まし顔で口に入っていく。口の中に迎い入れて幸せそうに目を閉じた。相当美味かったらしく一口一口大事そうに味わっている。単純でいいなてめえは。俺も犬飼が注いでくれた花茶を啜る。うまい。


 気分を切り替えて社長に問いかけた。


「その魔法ってのは俺達でも簡単に修得できるものなんですか?聞いていると魔力がなきゃできないみたいですが。」


「ええ。魔法は魔力が無ければ使えません。魔力はダンジョン内にのみ存在するので魔力を得るためにはダンジョンの空気中に存在する魔力を体内に入れなければなりません。それはつまり、ダンジョン内に入って呼吸をすれば必ず魔力を得ることになる、ということです。体内に保有できる魔力量や使用できる魔法は本人の素質に寄りますが、一度入ってしまえばこちらの世界でも魔法は使えるようになります。」


「…なるほど。政府が秘密にしたがるわけだ。」


 犬飼の魔物を一撃で屠る怪力、巨大な木の根を操る能力。それらがダンジョンに入るだけで手に入ってしまうなら、国としては大問題だ。なんせ武器の使い方を知らない赤ん坊に拳銃を持たせるようなものだ。面白い玩具を手に入れて、遊ばない赤ん坊などいない。


 人間は身の丈に合わない力を手に入れれば出来なかったことをやりたがる。初めはダンジョン内で魔物を相手しているだけで満足するが、次第に欲が膨らみ他者を巻き込むようになる。それが見せびらかすタイプなら良いが暴力に快感を得るタイプは魔法という凶器を他者に向ける。殺したいほど憎いやつ、復讐したい相手の1人や2人、誰でもいるだろう。魔法の存在が認知されていない今なら証拠を遺さず消すことができる。そう考えるのは少なくないはずだ。


 法整備もされないうちに魔法なんてものが世に蔓延れば、遠くない未来、魔物の氾濫が無くとも無法地帯になるのは想像に難くない。やられやりかえされ、いずれ死体が道に転がる日常がやってくるかもしれない。自分を特別だと思い込み万能感に酔った人間は簡単に一線を越えてしまえる。


「折角の銃刀法が意味を成さなくなってしまいますからね。国としても最悪は避けたいでしょう。」


「解っていて背くのか?とんだ犯罪者だな。」


「自衛手段を持たなければ何も守れませんからね。いずれは貴方方だけではなく、戦闘訓練を積んだ部隊を創り上げる予定です。貴方方にはその育成法を確立するための()()になって頂きたいのです。」


 こいつ、いい性格してやがるぜ。真正面から笑顔で実験動物(モルモット)扱いされたのは初めてだ。それでも勇者扱いされて持ち上げられるよりかは清々しい。これで万が一の時は貴方方が人々を救ってくださいとか言われていたら部屋を出ていた。


 ちょっと面白くなってきたなと内心笑っていると、マンゴープリンを喰い終わった山田が行儀悪くスプーンを咥えたまま不満そうに唸った。


「つーかよ。そんなことしなくてもやっぱし自衛隊とかに任せれば良くね?魔物の氾濫も半年後とかじゃねえんだろ?時間かければ(カメ)だって対策するだろうし、俺達がわざわざやる意味ある?ダンジョン産業どーの言うなら技術提供とかで一口噛めば良いじゃん。」


「確かに。俺達が命をかけるには理由が薄いといいますか…。わざわざ粛清対象にならなくてもいいのでは?」


 兎原も山田に賛成する。来るかわからない災害のために命懸けで準備しろと言われても簡単に肯けないのは当たり前だ。そもそも政府がダンジョン調査を行っているのならば一企業がどうこうするよりよっぽど早く解明が進むはず。魔法だって一般人が悪用する前に対抗手段ぐらい用意する。人の口に戸は建てられないのだから、このまま情報規制だけで乗り切れるとは思っていないはずだ。ならば水面下で法や規則等を適用できるように調整しているだろう。政府だって馬鹿じゃないんだから。


 さあどうするかな社長さんは。ここも笑顔で流すか?それとも泣き落としか?報酬で釣るか?それとも諦めて俺達を退職(クビ)にさせるか?


 わくわくしながら眺めていると社長の口元がふと緩んだのが見えた。かちゃんと茶器が擦れる音を立ててソーサーに降ろされる。


 ふーっ、と長く息が吐かれた。


「…技術提供、ですか。」



 ぞくっ。



 背筋に悪寒が走る。社長は目を伏せて薄く笑みを浮かべている。


 それが不気味なのはくせのある髪の毛が頬に影を落としているからだろうか。


「技術提供、技術協力…、勿論考えました。現に幾つかの大企業は裏で政府と繋がり何かしらのプロジェクトに参加しています。その後、ダンジョン産業が確立された後も政府の管理下で商売ができる許可証(ライセンス)発行の確約までしています。…ですが私共は裏で米軍への販売実績があっても、表向きは一般企業向けのアプリ開発が主の中小企業。ですから例え()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()、それを持ち込んだ大企業の功績になるのは仕方の無いことなのです。ええ、ええ。私がそれを許可していなくても、知らないうちに奪われたものでも、水面下で行われた契約に私が口を挟むことはできません。なぜならそれは履行されるその時まで()()()()()()()()()ですからね。」


 くすくすと少女の様に笑う彼女から怒気は感じられない。なのに悪寒は止まらない。蛇に睨まれた蛙のように社長から目が離せなかった。


「商売は利益が出なきゃ駄目なのですよ。会社を生かすためにも、守るためにも必要なのです。それを勝手に持っていかれては困るのです。理解している上で行ったということは、私達を殺そうとしたのと同義です。わかりますか?私達は死ねと言われたのですよ?ならば私もそうすることに決めました。手を差し出されたら手を、剣を突きつけられたら剣を。仲間に入れてもらえないのならばそのルールに従う義務はありません。自由にやらせて頂こうじゃありませんか。そしてその権利は、他の企業にもあると思いませんか?」


「…あんた、まさか。」


 脳裏を過ぎったあり得ない予感にぎょっとした。いやいや、まさか。さっきまでそれは最悪だと話していたはずなのに。


 彼女がにこりと笑った。


「知らないのは不公平じゃないですか。教えてあげましょうよ、日本の企業全てに。勿論、私達がちゃんと安全性を確かめてあげてからですけど。」


 それはまるでぬいぐるみが可愛いから見せてあげるとか、ケーキが美味しいからおすすめしてあげるとか、そうして羨ましそうにする人に、そのケーキを喉から手が出るほど欲しがっている人の目の前で一口だけわけてやる行為だ。自分の利益を確保して相手に貸しをつくり他者に嫌がらせをする。それを一片の悪意を滲ませる事なく、汚れの知らない少女のごとく微笑みながら語る彼女にぞくりと体が震えた。


「はあー…なんつーか、悪い女だな。あんた。」


「…まあ最終地点がそこならば、ダンジョン調査は行った方がいいですね。」


「…そうだな。」


 呆れたような、引いたような声に、諦めた言葉。2人は渋々プロジェクト参加を受け入れたようだった。俺も逆らうことなく肯く。僅かに上がっていた口元は花茶で隠し、注がれる視線には気づかないフリをした。




 思えばこの時からもう俺は嵌っていたのかもしれない。逃げられない底なし沼に。



ようやくプロジェクト参加決定。

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