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気が立っていると腹は空かない

本当は食事会までいきたかった。でも彼が落ち着かないもので。


 シャワールームから出ると元々着ていたスーツはなくなっており新しく籠の中に着替えが用意されていた。夏用の薄手のジャージはとコンビニで買える安価なものだが下着まで用意されていた。しかもサイズまでぴったりだ。なんだが微妙な気持ちになって兎原を見るとこいつもなんとも言えない顔で下着を広げている。これあの秘書が用意したのか。あの無愛想が男物の下着を持ってどんな表情(かお)でレジに並んだのか気になったが、同時に彼女でもないのにサイズを知られたことの妙な気恥ずかしさもあって、それらを振り払うようにパッケージを破った。


 ご丁寧に用意されていたシューズを履いてシャワー室から出ると秘書が目の前で仁王立ちで待ち構えていた。鋭い目で俺達の頭からつま先まで睥睨してくるその視線はまるで獲物を見定める猛禽類のようだ。身長は俺の方が高いのに何故か見下されている気分になる。腹立たしい。睨み返すもどこ吹く風で相手にもされていないのが余計に神経を逆なでた。


「サイズは大丈夫なようだな。」


「お陰でな。犬飼、さん。」


「呼び捨てで構わん。これから共にダンジョンに潜るチームメイトになるんだ。一々畏まられても鬱陶しい。」


「山田は無事なんだろうなクソアマ。」


「藤沢っやめろ。」


 かなり失礼な態度に兎原が制止してくるが構うものか。こいつらはあんな危険な生き物がいる場所に俺達を送り込もうとしたんだ。山田が扉を開けなくても、遅かれ早かれ誰かがああなっていただろう。下手をすれば死んでいたかもしれない。そんな危険地帯の調査なんざ一介のサラリーマンの仕事じゃない。警察や軍、それこそ国の仕事だ。夢があるとか馬鹿なこと言ってないでさっさと国に引き渡せばよかった。そうすれば山田も傷つかずに済んだ。こいつらが利益に目が眩んで社員(おれたち)にやらせようとしなければこんなクソみたいな目に合わなくて済んだんだ。それを思えば多少の罵倒など当然の権利だろう。


「…どうやら、全てを流すことは叶わなかったようだな。」


「当たり前だ。こんなクソみたいなプロジェクト、俺は降りるぞ。金や昇進のために命をかけられるか。クビにしたいなら勝手にしろ。こんな会社こっちからお断りだ。」


「ダンジョン内の詳しい説明をせずにつれていこうとしたのは謝る。どうせ貴様らは信じないと思ってな、見せた方が早いと判断したんだ。前回調査に潜った際に入口付近の安全は確保してあったため危険性はないはずだったんだが、まさかあんなすぐそばまで来ているとは予想外だった。私達の不備が招いた事故だ。申し訳ない。」


 犬飼は腰を90度曲げて頭を下げた。意外にも素直に非を認め頭を下げられたことに思わず一歩下がってしまった。てっきり勝手な行動をした山田に非があると反論されると思っていたのでこの状況は予想外だった。ここでこいつを詰ったら俺が悪者だ。だが謝られて素直にはいそうですかと受け入れられるかと言われれば、それは別の話だ。事故だったとしても命の危機に晒されて許せるほど俺は人間ができていない。ではこの謝罪を跳ねのけるかというとそれもまた違うと思う。全面的に非を認めている相手に怒鳴り散らすのは余りにも幼稚だ。社会人である俺の理性がそれを拒む。だが。しかし。山田は。


 気絶したあいつの顔が脳裏をよぎった。のたうち回っていた黒いものが牙をむく。お前らのせいだ。お前らのせいで。傷ついたんだ。目の前が真っ赤に染まる。込み上がる激情に逆らわず拳を握り締める。目の前に差し出された頭を勝ち割ってやろうと一歩踏み込んだ。形のいい頭部目掛け繰り出された俺の一撃はしかし、犬飼に届くことなく後ろからの衝撃に阻まれた。


 犬飼に集中していた俺は背後からの突然の攻撃に踏ん張ることができず勢い良く床に激突した。咄嗟に受け身を取ったおかげで床とキスすることは免れたがなぜいきなり攻撃されたのかがわからず呆然と床に転がる。混乱のまま顔を上げると頭を下げていた犬飼と目が合った。床に滑り込んだ俺に目を丸くしていた犬飼だったが素早く口を手で覆うと顔をそむけた。


 おい、肩が揺れてるぞクソアマ。


「顔を上げて下さい。今回のことは誰も想像だにしなかった事故。そうでしょう?確かにあなた方に不備があったのかもしれない。ですが勝手に扉を開けた山田にも落ち度はあります。それに私共は大した被害を被っていません。精々多少気分が悪くなった程度。被害を受けた山田が納得するなら私は別に構いませんよ。」


「そうか。そう言ってもらえると助かる。詫びと言っては何だが昼食を用意している。よかったら食べていってくれ。」


「それは有り難い。何だかんだもう昼前ですからね。お腹空いていたんですよ。楽しみだなあ。」


「…嘘だろ?」


 なんだか円満解決みたいになっているが俺達が被ったのは大した被害だったし、俺は構うし、昼飯を食える気分じゃないんだが。気を遣っているのかと思ったが満面の笑みで腹をさする兎腹が嘘をついているとは思えない。あんな目にあって2時間程度で飯が食えるとかバケモンかこいつ。それにこいつ俺を突き飛ばしておきながら目もくれないんだが。俺抜きで全部話を進めるとかふざけんなよ。俺の扱い雑過ぎだろ。お前実は俺のこと嫌いだな?


 不満を込めてじっと見つめていると気づいた兎原からもじっと睨み返された。怒っていますと全面的に出してくる兎原にあ、これは後で説教コースだと気づきちょっと気まずくなる。頭下げてる相手に一撃喰らわせようとしたことで怒りを買ったのだろう。確かに無防備な相手に攻撃を仕掛けたのは卑劣だったかもしれないが、今回はそれぐらい許されてしかるべきだと思う。そう視線で訴えるが冷たくそっぽを向かれてしまった。ちくしょう。


 親しい友人の冷たい態度に内心涙を流していると若干憐れみが込められた目で見下ろしてきた。なんだ笑いの波が過ぎ去ったら途端にかわいそうになったってか。ふざけんな泣くぞ。


「貴様も寝転がっていないでついてこい。山田も既に席についているぞ。」


「…わかったよ。」


 心なしか声が優しい。うるせえお前の同情なんざいるか。そこらへんのみなしごにでもくれてやれ。それに山田が目を覚ましてたんなら最初に言えや。馬鹿野郎。


 だがここで一人転がっていてもただの駄々っ子なので大人しく言うことを聞くことにする。それに山田も席についているなら俺が反抗していても仕方がない。一番被害を受けている山田が、少なくとも用意された物を受け入れるということはあいつなりに折り合いをつけたということだろう。ならば俺がとやかく言うのはやめておこう。もし山田が納得していなかったら、それなりに反撃するつもりではあるが。


 立ち上がると体が妙に軽いのに気づいた。腹が空っぽだからか?そういえば朝飯は全ておさらばしたのだったと思い出す。エネルギーが足りてねえ。折角社長が用意してくださったんだ。遠慮なく食わせてもらうとするか。あいつは食い意地張るから大皿料理じゃねえといいがな。


 昼飯のことを考えながら機嫌よく犬飼の後をついていく。


 腹にうずくまっていたものはいつの間にか消えていた。



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