百聞は一見に如かずだが体験すればそれ以上
前回の続き。ここまでがプロローグ。
朝ごはんって軽いことが多いから夕飯と比べると片付けるの楽だよねって話。
そもそも政府が秘匿している情報が有名な話になる業界ってどこだよとか、所々嫌に断定しているのはなぜかとか色々突っ込みどころがある話だがそもそもこれは本当に現実にある話なのか?いや、忙しいだろう社長が部下の仕事を別に割り振ってまで悪戯を仕掛けるとは思えない。ハロウィンや4月1日じゃあるまいし。だがにわかには信じられない話であるし、この話を俺達にして何をさせようというのか意図が分からない。
戸惑う俺達に構わず社長は話を続ける。
「ダンジョン内はダンジョンごとに環境が違います。砂漠だったり、空中だったり。勿論そこに生息している生物もそれぞれ違います。今のところ同じ物はありません。最も私が把握しているダンジョンがアメリカ・中国・フランス・日本のみなので確実とは言えませんが高い確率でそうだと考えられます。そしてこのダンジョンの面白いところが、非科学的な現象を起こす素…所謂魔力というものが空気中に存在していることです!」
「すいません仕事に戻っていいっすか?」
「ダメです!」
だるそうに天パをかき回していた山田だったが我慢しきれなかったらしい。速攻で却下されて苛立たし気に舌打ちをした。おいやめろ。一応社長が相手なのだから話が終わるまで大人しくしていろ馬鹿。もし俺に飛び火したらその天パ丸刈りにしてやるからな。
反対に兎原は興味を持ったらしく目を皿のようにして資料を眺めている。いやただ真面目なだけか?
かく言う俺は現実味がない話に興味を失い案山子の様に突っ立っている。気持ちはさながら朝礼で校長の話を聞く小学生だ。早く終われ。
「ダンジョン内の空気中に存在する魔力ですが生物も保有していることがわかっています。私たちが知る生き物と区別するために便宜上魔物と呼びますが、この魔物の心臓に魔力の結晶…魔力石があります。それがこれですね。」
取り出されたのは血が凝固したような赤黒い親指の爪ぐらいの結晶だった。宝石の原石のようにも見える。だがよく見る脈打っているようにも見える。これが魔力石?
「この魔力石は小さいので大型テレビを一ヶ月動かす程度のエネルギーしかありませんが、拳大にもなれば桁違いの保有量だそうです。それこそこの会社の電力を数年間賄えるほどだとか。まあ真偽は定かではありませんが夢のある話でしょう?」
確かに夢のある話だ。魔力石を定期的に手に入れることが出来ればエネルギー問題の解決へ多大な貢献ができるだろう。加工技術が確立できれば自社で加工し工業系に卸すか、新たな事業を展開してもいい。懸念点は国に見つかると罪に問われるかもしれないということだがそこら辺は発案者様の責任だ。何とかするだろう。
全て現実ならば、だがな。
「話を聞いても信じられないだろう。百聞は一見に如かずだ。今から貴様らにはダンジョンに潜ってもらう。安心しろ装備はこちらで揃えておいた。」
「そりゃどーもご親切にありがとうございますねえ。」
「先行投資です。気にしないでください。」
「簡単に死なれても困るしな。」
そう言って社長の後ろから取り出したのは大きめの3つの段ボール箱。軽々と持ち上げて俺達の前に置いた秘書はまるで犬にするかのように段ボールを指差しよし!と命じた。ひっ叩いてやろうか。
因みに嫌味を物騒な言葉で返された山田は苛立たし気に舌打ちした。こいつ女嫌いなのは知っているがよくこんな態度で営業やれるな。それを受けて全く気にしていない彼女らもどうかとは思うが。
まあここで反抗しても誰も得しないので全員大人しく段ボールに手を掛けた。開けた瞬間一番上に横たわっていたナイフが視界に飛び込んできて思わず顔が引きつった。それをそっと脇にどかして下を探ってみる。
中身はものものしいものばかりだった。バイク乗りが使うようなフルフェイスにガスマスクが付いたもの、首を覆う立て襟型の大きめのジャケット、伸び縮み式の警棒、なんだかやたらごついブーツ、これまた丈夫そうなグローブ、胸・腕・肘・膝・脛のプロテクター。ここに銃でもあればすぐにでもサバゲーができるな。
乾いた笑いが漏れたがその銃を目の前の社長が持っていることを思い出して思わず真顔になった。
「凄い…あの、物騒なものが入っているのですが、これらが必要な場所に今から向かうのですか?私は武術の心得なんかありませんし足を引っ張ってしまうと思うのですが…。」
「大丈夫ですよ。私も大して装備がない状態で潜りましたが多少の打撲で済みましたから!それに今回は初回ということで入口付近の探索をメインにしますので危険性も少ないです。」
「あ、経験済みなんですね…。流石です…。」
血の気が引いた顔で兎原が遠回りに辞退を申し出るが素敵な笑顔で一蹴されてしまった。哀れな兎原はぶるぶると震えながらがっくりとうなだれている。生きろそなたは美しい。
どうやら何を言っても断れないならしい。悲しい雇用関係。さらば平穏な生活。これが終わったら即行退職願書いてやる。
ひっそりと決意をしていると一向に動かない俺達にしびれを切らしたのか秘書が山田の尻を蹴り上げた。
「いってえ!!」
「うだうだ言うな野郎ども。さっさと着替えてバイタルチェックしたらダンジョンに潜るぞ。」
「そのダンジョンはどこにあるんで?大半は国に秘匿されているんでしょう?まさか不法侵入するとか言わないですよね。」
蹴られてはたまらないとプロテクターを身に着けながら半分冗談半分本気で尋ねる。まだ実在するとは思っていないがここまできたらあると考えて動いた方がいいだろう。これからダンジョンに潜るというし、ただの未踏の地なのか本当にファンタジーな空間なのかそこで判断すればいい。
そんな悠長なことを考えていた俺に社長と秘書は目を合わせてある箇所を指さした。
「「そこ。」」
「そこって、はあ?」
「単なる扉ですよね…?」
社長室にある二つの扉。俺達が入ってきたのとは違う扉。白い壁に同化するように白く塗られたその扉は一見普通の扉に見える。ダンジョンの入り口とは信じられなかった。
からかわれているのだろうか。訝しげに2人を見るが嘘をついている様子はない。表情に出ていないだけかもしれないが、ここで嘘をつく理由も無いだろう。ならば本当に?
「だああ!からかってんじゃねえぞ小娘ども!ダンジョンかペンションか知らねえがこんなところが砂漠に繋がってるわけねえだろうが!!」
「私はあなたたちより年上ですよ?」
ストレスが天元突破した山田が叫び声を上げながら立ち上がった。蹴られた尻が痛むのか中腰になっていて動きもぎこちない。うすうす感づいていたがあの女強いな。社長も別の意味で強い。怒りのままに山田が千鳥足で扉に飛びつく。ドアノブを握った瞬間誰かがあ、と声を発した。
瞬間何かが風が音を立てて耳の側を横切った。
何が起こったかわからなかった。とにかくとんでもない風圧と重量のある物がたたきつけられる鈍い音が聞こえて辛うじて何かが弾き飛ばされたことが分かった。そして二回目の打撃音。ひしゃげる音。すべてが終わって音がなくなって漸く自分がずぶぬれなことに気付く。生臭い。絨毯が液体を吸って黒く変色している。その中心に猪のような物が横たわっている。頭部が陥没していて脳髄や血液をまき散らして死んでいた。その上には頭蓋骨を踏み割り下半身を赤く染めた秘書が立っている。秘書はナイフを取り出すと躊躇いなく猪を解体し始めた。腹を切り開き内臓がこぼれたところで駄目だった。盛大に朝飯をぶちまける。刺激臭が周囲に漂い鼻を刺す。何度かせりあがったもの吐き出すと腹の中が空になりまともに息ができるようになった。胃酸で焼けたのか喉が痛い。手もシャツも吐瀉物まみれだ。目にたまる涙を拭けるものを探したが汚れていない所がなかったので諦める。ぼやける視界で辺りを見渡すと悲惨な光景が目に入り咄嗟に目をそらした。秘書が臓物を選り分け死体に手を突っ込んでいる。兎原は隣でうずくまっている。ドアノブを握っていた山田は。どこだ?
そこで山田がいないことに気づいた。そうだ扉を開けて何かが飛んできて、飛ばした犯人があの猪なら、じゃあ飛ばされたのは?
「山田っ!」
咄嗟に山田が飛ばされたであろう方向に顔を向けて、愕然とした。巨大な木の根が壁から生え繭の様に丸くなっている。それは少しづつ動いていきやがて包んでいた2人を解放した。そこにいたのは木の根に座った社長と四肢を投げ出した山田だった。
いつの間に移動したのか、社長が山田を受け止めてさらに巨大な木の根が2人を守るように包み込んでいたらしい。気絶しているのかぐったりして動かない山田を胸で抱き留めるように抱え直し柔らかな笑みを浮かべながら優しく頭をなでている。…意識があったら発狂していたかもな。
とにかく胸は動いているので生きているらしい。ホッとして体を床に投げ出すと背中に濡れた感触がして失敗したことに気づいた。まあもう全身血塗れ吐瀉物まみれだったからこれ以上汚れても別に変らんだろ。
何もやる気が起きず寝転がっていると部屋の中を見回していた社長が困ったように笑った。
「掃除とお風呂を先にしましょうか。」
ぜひそうしてくれ。
人の話を信じようとしない奴は同じ状況に置かれないと理解しないよね。