説明されても信じられないものは信じられない
話が長くなってしまったので分割投稿しています。漸くダンジョンという単語が出てきました。もうダンジョンに突入するはずだったのにおかしいなあ?
株式会社ブレイン・ラボは教育・語学系アプリ開発を中心にデジタルコンサルティング事業・プロダクト事業を行うITサービス会社だ。従業員数112名、設立10年目と若い会社ではあるが海外進出もしており最近では義務教育機関向けの教材アプリを開発し高い評価を得た。噂では義務教育機関向けの通信アプリの開発の依頼も約束されているという。
成長目覚ましいこの会社は一人の女子大学生から始まった。地方各地の文化や風習を体験することが趣味だった彼女は日本全国を渡り歩き次第に海外にも飛んでいくようになった。しかし都市部ならともかく田舎や辺境の地に行くと共通語が通じないことも多くあった。彼女自身は身振り手振りや聞き取れた単語で意思疎通は可能だった。だがしかし時間がかかることも確かで短気な相手だと怒られることもあった。そこで彼女は自身の語学力と独学のプログラミングでほぼ全ての言語を網羅したポケット翻訳機を作り上げた。聞き取った言葉を設定した言語に変えて再生する。これが大成功で翻訳機を使用しての意思疎通はスムーズになった。しかし翻訳機を作る過程で辺境の地の少数民族の言語まで習得していた彼女には無用の長物となってしまった。しかし折角作ったアプリ。このまま埃をかぶるのはもったいないので、ならば旅行費用の足しにしようと月額サービスを開始。これが旅行者中心に大ヒットしあれよあれよという間に会社が成長しここまでの規模になったのだという。つまり株式会社ブレイン・ラボは彼女の趣味の副産物からできた偶然の産物なのだ。勿体無いで100人以上を抱える企業になるとは驚くより呆れがくる。
そんな規格外な女が今目の前ででかい銃を分解して掃除している。
にこにこと笑みを浮かべながら銃身を拭いているのが代表取締役社長の巳ノ浦福来。そしてその後ろに控えているのが先程俺達を丁寧に迎え入れてくれた秘書の犬飼。その前で一列に横並びで石のように固まっているのが俺達藤沢辰貴、山田一虎、兎原雅和である。
入室して挨拶をしてからこの状態になって既に5分は経っている。銃の部品が音をたてるごとに隣りの兎原の肩がわずかに跳ねる。俺も張りつめた空気に心臓が絞られたみたいに痛いのを目を閉じて堪える。兎原の向こう側に立っている山田はストレスで痛むのかさりげなく腹を押さえている。ああ見えて意外と打たれ弱いのだあいつは。横目で二人を眺めていると突然社長が椅子を弾き飛ばさんばかり勢い良く立ち上がった。銃が組み立て終わったらしい。嬉しそうに銃を構えている社長に暴れまわる心臓を抑える。どうかその銃口がこちらに向きませんように!!
俺の願いなど露知らず、社長は少女のような無垢な笑顔を浮かべて銃を明かりの下に掲げて満足そうにうんうんと頷いた。
「うん!完成!」
「不備はなさそうか?」
「見た限りではないです。実験では動作不良もなかったので後は実践でちゃあんと動いてくれればいうことなしです。」
社長が銃を太もものホルスターに見もせずにしまった。だからなんであんたらはそんなに武器の扱いに慣れてるんだよ!ここは法治国家日本じゃねえのか!!銃を扱う女社長とか映画の中でしか見たことないぞ。
「お待たせしてすみません。これから新規プロジェクトについて説明させていただきますね!」
ふわふわのくせ毛を揺らしながらちょっと待ち合わせに遅れたぐらいの気楽さで謝ってきた社長に乾いた笑顔で返す。視線は太腿にくぎ付けだったが。
「後で回収するからな。失くすなよ。覚えろ。」
「覚えろって、んな無茶な…。」
「資料?ぺら紙一枚だけ?」
「ああ?ダンジョン調査プロジェクト?…新しくできたアミューズメント施設とかですか?」
渡されたのはA4の紙一枚。一番上にプロジェクト名がありその下に箇条書きで何行か書いてあるだけの紙だった。こんなのを資料として出したらぶん殴られるぞ。社長様は自由で結構なことで。それにしてもなんだこのふざけたプロジェクト名。ダンジョンとかゲームじゃあるまいし。
マイナーな施設でもできたのかと尋ねてみると社長はよくぞ聞いてくれましたと言わんばかり満面の笑みを浮かべた。感情が表情によく出る人だな。
「よくぞ聞いてくれました!」
本当に言った。
「ダンジョンとは近年世界各地で出現している異次元空間のことです。中は広大な空間で現時点での科学技術では有り得ない事も普通に起こります。入り口や出現場所は様々で山や海の中、テレビがダンジョンにつながったという事例もありますし、本当にランダムのようです。業界では結構有名な話ですが、余計な混乱を招かないように政府がダンジョンに関係するすべてを秘匿しているので皆さんが知らないのも無理はありません。まあ突然出現するので完全に秘匿出来ているわけではありませんが、ダンジョンを発見するための探知機を所持しているようで出現次第確保しているようですね。」
意味が分からないし嫌な予感しかしない。これって巻き込まれて大丈夫な奴なのか?ちょっと不安になってきたぞ…。