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犬猿な仲ではあるが険悪な仲ではない

なんで彼らは勝手に行動をし始めるのだろうか。なんでまだダンジョンすら出てきていないのだろうか。自由だなあ。


 チンと気の抜けた音を鳴らしエレベーターが止まった。腕にかけていたジャケットに袖を通しエレベーターホールにある鏡でゴミやしわがついていないかチェックする。…通勤時手がふさがるのが嫌で鞄に突っ込んできたためか多少寄れている気がするがまあ大丈夫だろ。朝突然呼び出す方が悪い。深く息を吸って長く息を吐く。多少落ち着いたところで俺は気合いを入れ直した。


 社長室がある七階は、社長室だけがある。普段は絶対に立ち入らない階で、たとえ社長に用事があったとしても六階の秘書室を通して書類を渡すのが精々だ。それに過去呼び出された連中は左遷させられるか海外に出張させられるか。どっちにしろ100%飛ばされている。課長とは日々争っているが会社に損害が出るようなミスをやらかした覚えはない。クライアントから文句(クレーム)が入ったこともない。多分。あ、まさかこの前取引先との飲み会で先方の顔面に生肉ぶちまけちまった事が耳に届いたのか?さすがにその後の第一声が牛肉もったいねえだったのが気に障ったのか!?いやでもその後ちゃんと謝ったし、先方も流してくれたと思ったんだが…。救いがあるとするなら呼び出しの名目が新規プロジェクトだということか。首にはならねえだろ。新規プロジェクト参加という名の左遷じゃない事を祈ろう。


 どこにいるかも知らない神様に手を合わせていると進行方向に人が立ち往生しているのが見えた。二人組のそいつらは小声で何か言い争っているように見える。よくよく見るとそこは俺の目的地、社長室の前だ。何だ呼び出されたのは俺だけじゃねえのか。気持ち軽くなった足で近づいていく。声を掛けようと口を開けたところでその二人の顔がはっきり見えてしまい思わず半目になって立ち止まった。


「山田と兎原じゃねえか…。」


 社長室の前にいたのは腐れ縁天パ馬鹿の山田と煙草仲間の兎原だった。兎原はいい。問題は山田だ。小学校からの付き合いのあいつは馬もそりも全く合わないくせにクラスも班も修学旅行も大学も何もかもが一緒で会社も同じという意味不明な腐れ縁である。恋愛遍歴も過去のやらかしもほぼ全て知っているし、顔を合わせれば一々過去のことを掘り出してくるしチビチビうるせえ奴なので出来るなら声も聞きたくない。のに、なぜか週一で飲みに行くことになるんだよな。約束したわけじゃないのに意味が分からん。まさかあいつ俺の予定把握してるんじゃねえだろうな。ぶるる。思いついてしまった気色悪い考えを払い落とすように体が震えた。確かに俺に嫌がらせをするのが趣味みたいなところはあるがまさかそんなことまではしねえだろう。


 さすがに自意識過剰だ。だがこんな考えに至ったのも山田が悪い。後で蹴っておこう。無事に社長室から出られたときのスケジュールに山田に二撃入れると追加していると俺側に体を向けていた兎原が俺に気づいた。


「藤沢!お前も呼び出されてたのか!」


「あ~?何だよチビもかよ。じゃあ昇進の話はねえなあ~。」


 心なしか声に安堵の色が混じっている気がする。わかる、わかるぞ。そこの天パじゃ頼りねえもんな。何となく気分が良くなった瞬間山田のあからさまにテンションを下げた言い草に蟀谷の血管が浮き出る。てめえ昇進なんざかったるいって蹴ってたくせに何だその態度は。しかも俺がいたら昇進はないってどういう意味だゴラア!


「死ねクソ天パああああああ!!!!」


「ぶべぼらっ!!??」


「山田あああ!?」


 怒りのままに食らわせた飛び蹴りが馬鹿の肩に当たりそのまま真横に吹っ飛んでいった。絨毯に顔面をこすり付け煙を上げながら数mいったところで止まったが力尽きたようでピクリとも動かない。ざまあみやがれ人を馬鹿にした罰だ。うめき声すら上げない山田を心配した兎原が声をかけるも返事がない。ただの屍のようだ。


「よう兎原こんなとこで会うとは奇遇だな。」


「え?あ、ああそうだな?」


「にしても休み明け朝一番で呼び出されるとはお互い不運だな。左遷とかじゃなきゃいいんだけどよ。お前心当たりあるか?」


「いや特にねえな。最近は猿渡の奴も大人しいし…。」


「あ~お前の後輩な。大変だな手のかかる奴が同じ部署だと」


「クソチビいいいい!!」


「ぐほっ!!」


「藤沢ああああ!!」


 気配を消して近づいてきていた山田が背後からタックルをかましてきやがった。腰を固定(ホールド)されてそのまま床にたたきつけられる。柔らかい絨毯とは言え衝撃は吸収しきれず肺から空気が押し出され思わず動きが止まった。そのすきを見逃さず山田は俺を組み敷くと腕を取り足で首を捉えた。ってまじかよ!!


「素晴らしい挨拶をどうも?俺もとっておきの挨拶で返してやるよ!!」


「て”め”え”…!グゾ天パがあ”あ”あ”…!!」


 相当頭に来たのか目が据わってやがる。全力で暴れて逃れようとするがびくともしないどころか俺がもがいているのを見てにやにやと笑っていやがる。畜生、この馬鹿力が!!


「何やってんだお前ら!!ここ会社だぞ!?仲いいのはわかったからそういうのは家でやれ!!」


「仲よぐねえ”え”え”え”…!!」


「どうしたんでちゅか~?逃げられないんでちゅか~?あれれ、おかしいなあ?そんなに力込めてないんだけどなあ?もしかして藤ちゃんはおんにゃのこなんでちゅか?それならこんなに非力でもおかしくねえなあ!!ぎゃははは!!」


「殺”す”っ!!」


「山田…お前今最低だぞ…。」


 取っ組み合っていた俺達はここがどこなのか、何故集められていたのかなんてすっかり忘れてギャーギャー騒いでいた。それはもう結構な音量で。住宅街であれば近隣住民から絶対に苦情が来るレベルでだ。幾ら防音が施されている部屋でも目の前でそれだけ騒いでいればそりゃあ聞こえる。そしていつまで経っても来ない相手を探すために扉を開けるぐらいはする。それはお偉い社長様であっても変わらない。最も現れたのはもっと恐ろしい相手だったが。


「貴様ら、首にされたいのか。」


 感情が込められていない平坦な声が絶対零度の瞳と共に俺達に降り注いだ。ゆっくりと声の方に顔を向けるといつの間にか開いていた扉の側に薄い色素の長髪の女が床に転がっている俺達を見下していた。慌てて緩んだ拘束から抜け出していると兎原の小さな悲鳴が聞こえた。兎原は顔を真っ青にして、その視線は女の左手に注がれている。不思議に思い視線を追うときらりと光を反射する物がその細い指に握られていた。思わず動きが止まる。隣にいる山田の喉が鳴るのが聞こえた。


「さっさと入れ。これ以上福来の時間を無駄にすると貴様らで補填しなければならなくなるぞ。」


 握っていたナイフを慣れた様子で何処かにしまい(どこにしまったか見えなかった)、女はさっさと社長室に戻っていった。よく磨かれた刃が脅し文句とともに脳内をちらつく。


 補填ってなんだ。まさか命で支払えとかじゃないだろうな。


 自然と二人と視線が合った。その時ばかりは三人の心が一つになった。本当に首だけにされちゃたまらないと、これ以上機嫌を損ねないように急いで社長室へ足を踏み入れた。


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