朝の呼び出しは面倒くさいことが多い
連載開始しました。初投稿となりますので勝手がわからず四苦八苦しています。もう少し纏めたほうがいいのか分割したほうがいいのか。とにもかくにもこれからよろしくお願い致します。
梅雨明けの晴天はまだ湿度が残っていながら夏の到来を思わせる眩しさで、主婦や学生達を喜ばせるのだろう。営業の腐れ縁も煙草仲間も雨で憂鬱だと言っていたから喜んでいるのかもしれない。だが俺は違う。プログラマーである俺は外回りなんてものはないし、インドア派なので休日外で遊ぶ予定もない。精々同僚と帰りに飲みに行くぐらいだ。それに暑さに弱い俺にはこの日差しは辛すぎる。雨が降ってくれたほうがまだましだ。
それにしても例年に比べて暑くなるのが早すぎやしないか。日傘を差そうとも照り返しが容赦なく体力を削っていく。汗が止まらずシャツがじっとりと濡れていくのが不快で舌打ちも止まらない。怠すぎる。もう歩くことが嫌になる。これがまだ夏になりかけとかまじかよふざけんなこの野郎ぶっ殺すぞ。無理だ。今からこの気温で夏を生きていけるわけがない。こんな中営業とかあいつら勇者なのか。流石企業戦士。今度褒め讃えてやろう。
なんて良い奴なんだ俺はといい気分に浸っていると脳内在住の腐れ縁が、テメーめに褒められるとか怖いんだけど!?雨じゃなくて槍が降ってくるんじゃねえだろうな!!と喚いてきた。むかつくのでボコボコに殴っておく。スッキリしないので後で本人も殴ることに決めた頃漸く会社に到着した。
自動ドアを潜ると冷たい空気が出迎えてくれた。一つ、深呼吸。熱された体内にも冷気が流れ込む。ああ、ここは天国か楽園か。世が節電だなんだと騒いでいる中この会社は常に快適な生活環境を整えてくれている。もっとも大半の電力は太陽光発電等の自家発電で賄っているらしい。詳しいことは知らないが運営に問題が無いということは何かしらの対策をしているということだろう。そういえば煙草仲間が自販機の量が減ったとぼやいていたが、俺としてはこの空調設備さえ稼働してくれれば多少の不便は飲み込める。それに俺は水筒派だから大して影響がない。昔自販機のコーヒーを飲んで腹を壊してからなるべく自販機は利用しないようにしているからな。
だが購買まで行くのが面倒くさいからと、自販機のヘビーユーザーである煙草仲間には辛いものがあるんだろう。よし、今度あったらあいつが好きな缶コーヒーを差し入れてやろう。脳内の男前がはにかみながら、お前が差し入れなんて珍しいな。明日は雨か?…冗談だよ、ありがとうと笑った。思わず俺にも笑みが浮かぶ。男前に礼を言われると気分が良かったので酒も追加で奢ってやることにしよう。
機嫌が良くなった俺が口笛を吹きながら開発部の扉を開けると丁度備付けのコーヒーメーカーを利用していた同僚が軽く手を上げて挨拶をしてきたので俺も手を振って返す。そして通り過ぎ様に肩を叩いていくとそいつは不思議そうに首を傾げた。
「ふむ、随分と機嫌が良さそうだな辰貴。これだけ気温が高いと視線で人が殺せるぐらいにはなっていると思っていたが。何かいい事でもあったか?」
「俺はだだをこねる幼稚園児か!セルフケアぐらいできるっつうの。馬鹿にするなよ小鳥遊。」
「ほう…。幼稚園児のほうがまだ聞き分けがいいと思っていたけどな?」
「…悪かったなあ?色々拘りが強い質でよ。」
実際プログラミングに拘り過ぎて仕様書を無視したことで課長から叱られた事は片手じゃ足りない。その度に怒りちらしては同僚に宥められている自覚はあるので、あまり反論できず嫌味っぽく返すのが精々だ。そんな俺を見て笑う小鳥遊に舌打ちを鳴らす。
せめて一睨みしてやろうと隣の席に座った小鳥遊を見下ろすと、違和感に気づいた。小鳥遊がかけている物がいつもと違うように感じる。まじまじと見つめているとその違和感に気づき、あっと声を上げてしまった。
「お前サングラス変えたのか?」
小鳥遊は光に弱いとかで室内でもサングラスをかけているが、最後に見たときは飾り気のない機能性重視のサングラスだったのに、今は縁に細工がしてある洒落たものに変わっている。しかも、その細工がどうも女が好みそうな可愛らしい花のデザインなのだ。そして薄っすらと赤く染まる耳。ぴしゃんっと脳内を電気信号が走り抜けた。
見た目も悪くない、悔しいが背も高い、収入もいいのに今まで女っ気の無かった同僚に見えた女の影。興味が湧かないはずもなく。口角がひくつくのを堪えながら逃げられないように肩を掴み下から顔を覗き込んだ。
「小鳥遊」
「もうすぐ始業だぞ準備しなくていいのか。」
「たーかーなーしーくーんー」
「近い近い近い」
「お前、彼女できたのか」
「かっ、…」
変な音を出してフリーズしたかと思うとブリキのおもちゃのように軋みながら動き出した。まるで魚のように口をパクパクさせる小鳥遊の顔は真っ赤でサングラス越しでも目が潤んでいるのがわかる。その目に思わず手を離して顔を逸らしてしまった。予想外の反応に手のひらで口を覆う。まさか、そんな。こいつ…。
こいつ、めちゃくちゃ初心じゃねえーか!!
もうにやけが止まらない!こんなに良物件で女慣れしてそうなこいつが!!初心!!生娘のような反応をする三十路とか!!こんな面白い玩具はねえだろ!!
「小鳥遊お前、まさか初恋じゃねえだろうなあ?うん?どこで出会ったんだ?どこまでいったんだ?結婚の話しとかしてんのか?まさかもう婚約してんのか!?」
「お前、楽しんでいるだろう!そのにやけ面やめろ!!」
「あー?別に楽しんでいいだろ?目出度えことじゃねえか。にしても急に色気づいたかと思えば彼女とはねえ?どんな美人に誘われても俺との飲みを優先していたお前がね~!」
「俺なりに大切な方を優先していただけだ!他意はない!!」
「え?」
「え?…あ」
無事に撃沈した俺たちは二人揃って大人しくPCに向かった。空調が効いているはずなのに顔が暑かったのは隣の同僚のホットコーヒーの熱気のせいだ。そうに違いない。
無言で準備をしていると後ろから厭味ったらしい声がかけられた。反射ででかけた悪態を既のところで飲み込み、最上級の作り笑顔で迎えてやる。
「おはようございます課長。今日は日差しが強くて、暑いですね。俺は髪が黒いので熱中症にならないか心配ですよ。課長はその心配がなくて羨ましい限りです。」
「今日も口が達者で何よりだ藤沢。そのまま熱中症でくたばってくれ頼むから。」
現れたのは俺の天敵河童の課長だった。どこが河童なのかは言うまでもない。反射した光に小鳥遊が眩しそうに目を細めた。そのサングラス遮光性が低いんじゃないのか?大丈夫なのか?
それにしても朝礼前に俺に話しかけるなんて珍しいな。性格が合わなければ、考え方も違う課長は俺を毛嫌いしているし、俺も課長が嫌いだから用件がなければ話しかけない。今にも唸り声を上げそうな課長は手に持っていた書類を小鳥遊の机に置くと俺を見て口を歪ませた。
「お前朝礼は良いからこのまま社長室に向かえ。」
「は?何でですか?」
「社長直々の指名だ。よかったなあ?新規プロジェクトに参加できるらしいぞ?出世のチャンスじゃないか。」
「はあ!?新規プロジェクト!?そんな事言われても今抱えてるプロジェクトはどうするんですか!!もう半ばまで作ってるんですよ!?」
「それはこっちで引き継ぐ。お前は気にしなくていい。」
そう言って書類を叩くクソ河童。俺が組んだプログラ厶を他人に渡せってのか。ふざけんな。震える拳を何とか抑えていると、目を丸くしてそれらのやり取りを見ていた小鳥遊が状況を理解したのか半目になった。自分が受け持っている仕事と照らし合わせてスケジュール調整をしているのだろう。どんどん青褪めていく小鳥遊を見ていられなくて顔を逸らした。すまん。せっかく彼女ができたのに時間を奪ってしまって。後で必ず手伝うから許せ。
言いたいことは山程あれど、会社のトップからの命令では拒否することは叶わない。ぐうぅと唸る俺に課長はえらくご満悦だ。腹立つ。怒りで沸騰しそうだったので脳内でにやけ面の課長を輪切りにしてさらに蹴りつけることで鬱憤を晴らす。よし、満足。
そうして俺は様々な視線に見送られながら開発部を後にしたのだった。