表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

わらべの詩(仮題)

遊ぶばかりを生きていた

作者: 浮き雲

コンピューターゲームの類も嫌いではありませんし、流行したスポーツの類もそれなりです。でも、書いているようなことも、年長の子どもたちにくっついて経験しました。それはそれで、遊びが移り変わる過渡期に子どもだったことの財産かと思っています。



秋の遊びは山に入り どんぐり拾い、栗拾い


苦みの強いどんぐりを 生でも食える(しい)の実と


(たが)えて、噛んで、吐き出して


栗は落ち葉の火で焼けば 四方に()ぜて、大慌て


逃げ回りつつ、笑いつつ 栗を焦がして、また、笑い


日がな一日、過ごしてた




秋の遊びは野を歩き 誰も取らない渋柿(しぶがき)


もいでは、基地(空き家)に持ち帰り 吊るし柿へと皮を()


けれど、つくれば満足で


忘れ忘れて軒の下 粉の周りに、怪しげな


カビがつく頃、思い出し 毎度始まる罰ゲーム


負けた奴らが食っていた




秋の遊びは浜辺にて 素足になって、引き潮の


海に、岩場を行き来して 磯に張り付く岩牡蠣(いわがき)


ナイフで()がし、海水で 洗って、すぐに食べていた


小粒ばかりの岩牡蠣の 雑味(ざつみ)を持たぬ、あと味に


身の大ぶりな養殖(ようしょく)の 牡蠣は食えずに、いまとなる




子どもの頃の遊びには 自ら採って、それを食う


そんな自然の営みが 不思議なほどに織り込まれ


楽しきことも、(いさか)いも 怪我も、悔しいことさえも


ぜんぶまとめて遊んでた


遊ぶばかりを生きていた


良し悪しじゃなく、営みが そのまま遊びだった頃


まだ、その頃にいたことを いまも愛しく、懐かしむ





牡蠣がお好きな方、是非、一度、天然の岩牡蠣を食べてみてください。あまり、牡蠣が得意ではない私でも美味しく食すことができますから、たぶん、それなりに衝撃だと思います。

でも、何処で食べられるのでしょう。うちの田舎でも、岩場は漁協の管理になってしまっているようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] さすがに、色々なものをとって食べる経験は積めませんでしたが。せいぜいがとこ、つつじの花を取って、蜜を吸うぐらいだったかな。それでも、不思議に遊びだけで時間が潰せた。そんな時期が確かにありまし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ