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・籠の中の鳥

 あれほどまでに輝かいていた極彩色の日々が、味気ない灰色の毎日に変わっていた。あの日以来、私は何を食べてもまともに味を感じなくなってしまって、宮廷楽師の奏でる音楽もまた、悲しい旋律ばかりが心に響いた。


 オーズ王子はそんな私から笑顔を蘇らせようとあの手この手を尽くして、その全てが徒労に終わっては落胆した。絶望は人を死に追いやる毒だとお医者様は言うけれど、もう1度立ち上がる力なんて私には残されていなかった。


 あれから1ヶ月が経った。オーズ王子は私の脱走を恐れてか、離宮の外への外出を許してくれない。これでは婚約者ではなく、籠の中の鳥か何かだった。


 叔父の家督相続という運命のイタズラが起きなければ、私は恋も知らずに彼とオフェウクスの儀を迎えて、何も疑うこともなく彼と結ばれていただろう。ましてやフロド様と親しくなることもなく、私はありのままの人生を受け入れたはずだった。


 私はフロド様にとても強い執着を持っている。それが愛情かはまだわからないけれど、今ではこれが恋心であると気づいていた。この気持ちが彼に人生を捧げるほどの感情だったかどうかは、もう少しあそこで暮らせたら、鈍い私にも答えがわかったのかもしれない。


『ディシル、ヴィトニルソン侯爵には別の婚約者があてがわれたらしい。もう彼のことは諦めよう、元からディシルと彼の間には、なんの縁もなかったんだよ』


 けれどもうあそこには戻れない。オーズ王子が言うには、新しい女性があのお屋敷を訪れて、フロド様とのオフェウクスの儀に入ったそうだ。


 もしかしたらフロド様が私を取り返しにきてくれるかもしれない。そう思っていたのに……。その報告は私の微かな希望すら打ち砕き、帰るべき場所を奪い取った。


『2人は上手く言っているそうだ。ディシルのことは遊びだったのかもしれないな』


 違う。フロド様は私に秘密を見せてくれた。私はオーズ王子の言葉を嘘と見抜いたけれど、動揺させられずにはいられなかった。嘘だ、嘘だと信じながらも、フロド様を心の奥底で疑ってしまった。


 私はこの先も、道具のようにオーズ王子と結婚させられて、色あせた味気ない人生を生きてゆくのだろう。私に根付いた深い絶望は、鳥から翼をもぐように生きる希望を奪い取り、それが深い致命傷となって精神を冒していった。



 ・



 そんなある日、従姉妹のシギュンがこの離宮を訪ねてきた。もちろん正面からではなくて裏からだった。髪もとかさずに部屋に閉じこもって、窓辺でうたた寝をしていると、気づけば目の前の席に彼女が腰掛けていた。


「えっ、シギュンッッ?!!」

「静かにして、正式に招かれたわけじゃないから」


「あ、ごめんなさい……。でも、どうしてここに……?」

「色々」


 お日様に照らされたシギュンはブロンドの髪がキラキラと輝いて綺麗だった。彼女は私の目の前でカーテンを閉めて、こちらを観察しながら唇に手を当てて考え込んだ。……フロド様も、よくそういう仕草をしていた。


「殴ってごめんなさい」

「ぇ……」


「あの時のことよ。私がオーズ王子の婚約者になることに決まったあの時、ディシルを殴ってごめんなさい」

「ぁ……あれは、あれならいいの……。シギュンに殴られて、ちょっとだけ気づくこともあったから……」


 今日のシギュンは不思議と恐くなかった。てっきり最初は逆恨みされていて、酷いことを言われると思っていたのに全然違った。今のシギュンはどことなく雰囲気がやさしかった……。


「変わらないね、そういうところ。あたし、いい子過ぎるディシルに嫉妬していたのかも。だって親たちはみんなディシルにやさしいでしょ。あたしはこういう性格だから、人に恐がられるくらいだし……」

「いいの……。私こそ、シギュンを恐がってごめんなさい……。もっと普通に、従姉妹のお姉さんとして慕うべきだった……」


「そう、そう言われるとなかなか悪い気がしないわ。だったら今から相談に乗ってあげる。私が今の苦しい状況から助けてあげる」

「ぇ……。で、でも……」


「気にしなくてもいいわ。一応言っておくけれど、オーズ王子に未練があってこんなこと言ってるんじゃないわ。彼のことはもう諦めたから」

「ぇ……そう、なの……?」


「そう。これで将来は王妃になれると思ったのに、アイツは貴女のことしか頭になかったわ。だったら最初から婚約するなって話じゃない? もう腹が立ってしょうがない。いくら王妃の座が魅力的でも、1度自分を振った男と元サヤに戻れるわけないわ。あんなやつ、こっちからお断りよ」


 ディシルは強い人だった。キャリア志向が強い彼女なのに、もう王妃の座にこだわっていなかった。このたくましい気質なら、誰がお相手でも上手くやっていけるだろう。私は憧れの目で、今日までずっと苦手だった従姉妹を見つめた。


「それで、ディシルはどうしたいの? 今度こそ、ちゃんと聞かせてくれる?」

「私は……私は気持ちを確かめたい。フロド様へのこの気持ちが本物かどうか、もう1度会って確かめたい……。それにもしこの気持ちが本当でも、彼が私のことを愛していないのなら、潔く諦める……」


「あら、ディシルにしてはマシな答えね。だけど諦めるなんてダメ、欲しいものには猛犬のように食らい付きなさい」

「で、でも、そんなの身勝手――」


「いつまでディシルは受け身でいるつもりなの? それじゃいつまで経っても、この籠の外になんか出れないわ」


 そう言いながら、シギュンは淑女には似つかわしくない物を机の上に叩き置いた。それはなんと鈍色の鍵束だった。


「この離宮の鍵よ。滞在中に複製させておいたの」

「複製って……。う、嘘……」


「いざという時に役立つかと思って。思っていたより出番が早くてあたしも驚きよ」

「シギュンって、凄い……」


 私が驚きと尊敬を混じらせると、シギュンが得意げに笑った。それから鍵束を私の前に寄せて、鉄の匂いが染み付くそれを握らせた。


「そんなにフロド侯爵が忘れられないなら、自分の足で確かめに行きなさい。……幸運を祈ってるわ。上手くいったら、あたしのことも紹介してね」

「あ、ありがとう、シギュン……。今までずっと、ごめんなさい……」


「そんなふうにいい子過ぎるから男につけ込まれるのよ。嫌なら嫌で、ガツンと言わなきゃダメ! わかった!?」

「う、うん……。わかった!」


 私は鍵束を受け取って、離宮からの脱走を決意した。


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