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・氷侯と炎王

 ところがその3日後、このお屋敷にとある男性がやってきた。最初に彼を見たときはわけがわからなくて、私は当惑のあまりジョウロを花壇に落としてしまった。本来ならば彼は王家の広大で美しい離宮で、オフェウクスの儀を行っているはずの人だった。


「迎えにきたよ、ディシル!!」


 それは私の元婚約者のオーズ王子だ……。燃えるような赤毛とハキハキとした明るい口調、笑顔を絶やさないその姿は今思えばフロド様と正反対だ。庭仕事をしていた私が当惑がちに立ち上がると、飛び付くような一方的な抱擁が私を包み込んでいた。


「え、あの……。オ、オーズ王子……?」

「無事でよかった……。さあ少し遅れたけれど、私とオフェウクスの儀を始めようか!」


「……え」


 わけがわからなかった。彼は本気みたいだったけれど、だとすると従姉妹のシギュンはどうなったのだろう……。私、これじゃますますシギュンに嫌われてしまう……。


「シギュンのことなら気にしなくていい、話を付けた!」

「そうは言っても、でも、シギュンは……」


「オフェウクスの儀というのは合理的な制度だね。将来この伴侶と自分が合うかどうか、私たちにわからせてくれる。シギュンとは合わなかったよ、全くといって」


 カラカラに喉が乾いてゆくのを感じた。私はどうオーズ王子に言葉を返せばいいのかわからない。オフェウクスの儀が終わってもこのお屋敷にずっと居ると、そうフロド様と約束をしてしまったのに……。それに、それではシギュンがあんまりだ……。


「王子殿下、これはどういうおつもりです。ディシルはもう、殿下の婚約者ではないはずです」


 そこにフロド様がやってきてしまった。王子に対する言葉は丁寧だったけれど、今まで彼の口から聞いたことがないほどに不機嫌で攻撃的な声色だった。


 ああ、修羅場だ……。まさか私ごときの人生に、こんな修羅場が降りかかってくるなんて……。


「元は私の婚約者だ。それを取り返しにきて何が悪い?」

「笑わせないでいただきましょう。その大切な婚約者を捨てておいて、今さらディシルが殿下を許すとお思いですか?」


「当然思っているとも! ディシルと私は産まれる前からの婚約者だ!」

「そんな言い訳をしても、婚約を破棄して彼女を深く傷付けた現実が消えるわけではありませんよ、殿下」


「黙れ、氷のフロド! お前のような悪名ばかりの男の隣に、私のディシルをこれ以上置いておけるか!!」

「とても正気とは思えませんね。いかに王族と言えど、我ら諸侯から婚約者を横取りしたとあっては、王家の威信が傷つきますよ?」


 ど、どうしよう、恐い……。

 フロド様もオーズ王子も凄く怒ってる……。私が仲裁しなきゃいけないのに、会話に入り込めない……。


「承知の上だ! 王家の威信を傷つけてでも、私はディシルを取り戻す! 私は子供の頃からずっと、この人と結ばれると信じてきたんだ!」

「それは殿下の都合でしょう。それにディシルは、ずっとここに居てくれると俺と約束をしてくれました。もう全てが遅いのですよ」


 王子がその言葉に気を取られた隙に、フロド様は私の手を引いて背中の後ろにかばってくれた。守ってくれたのが嬉しかったけれど、あまりの自分の弱さに胸の痛みを覚えた。


「そんなもの言わされたに決まっているっ! 返せっ、私のディシルを今すぐ返せっ!」

「ディシルはここに居たいと言っています。なぜそれを尊重できないのですか」


「嘘だ! ディシル、嘘だと言ってくれ!! 私たちは産まれる前から愛し合っていたはずだろう!!」


 オーズ王子への罪悪感と、2人の恐ろしい表情が私を苦しめた。それでもここに残りたいと、勇気を出して伝えなければならない。私が何も言わなければ、このケンカは平行線どころか最悪のところまで行き着く。


「こ、ここ、に……わ、わた、私……残り、たい……。ごめん、なさい……ごめんな、さい……」


 消え入りそうな情けない声で私は気持ちを伝えた。


「そんなのダメだ!! 何を言おうと私は絶対に君を取り返す!!」

「殿下、ディシルの言葉を尊重して下さい。貴方は今正気を失っています」


「黙れ! 王家を敵に回したくなかったら、ディシルを私に返してもらおう! これは脅しではないぞ、私は本気だ! 私の愛する人を返さないと言うならば、ありとあらゆる手段を使ってこの家を潰してやる!!」


 それは絶対にダメ、フロド様とみんなの幸せと夢を壊してしまう。国中がグチャグチャになって、もっと多くの人が悲しむことになる。彼は次期国王だ。対立すればただでは済まない……。


「ごめんなさい、フロド様……」


 私はここに残りたかった。だけどそれはもう叶わぬ願いで、私は貴族の一員として調停者とならなければならなかった。

 私はフロド様の背中から離れてオーズ王子の前に立った。もうこうするしかなかった。


「……すまない、ディシル。俺は、俺は領主だ。たかが俺たちの幸せのためだけに、民を犠牲にすることはできない。許してくれ……」

「いいんです……。こんな結果になってしまいましたけど、私……フロド様に会えて、よかったです……」


 私はフロド・ヴィトニルソン侯爵の屋敷を去った。ここに残りたかったけれど、大切な人たちの幸せを犠牲にしてまでして、ここに残るわけにはいかなかった。


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