・ずっとここに居てくれ
「ついにわかったぞ、ディシル! やはり君があの魔道具に触れると、君から動力の元となる力が装置に流れ込むようだ! つまり君には、失われた魔法の才能があるということだ!」
やがてフロド様は私から取ったデータから、答えを導き出した。だけどそれは私にとって残念なことで、このちょっと刺激的な診察が終わってしまうことを意味していた。
「ところでディシル、すまないが……明日もその身体を調べてもかまわないか? もう少し正確なデータが欲しい。いや、もう嫌ならいい、必要なデータは取れた。ここから先は俺の自己満足――」
「い、いえっ、その……どうぞお気の済むまで……最後まで、貴方にお付き合いさせて下さい……」
「ディシル! ありがとう!」
「でもあまり、変なことは、しないで下さいね……?」
最近、フロド様の気持ちがなんとなくわかるようになってきた。彼は笑わない代わりに、嬉しいことがあると声を大きくしたり、目を大きく開いて相手を見つめてくる。
今だってそうだ。彼の灰色の瞳は大きく瞳孔を広げて、私だけを飽きもせずずっと見ていてくれた。
・
屋敷を訪ねてよりかれこれ1ヶ月が過ぎたある日、私は塔の地下へと招かれた。フロド様がバールをテコにして床石を持ち上げると、その先に隠し階段が現れていた。
「君を台に縛り付けて拷問したい」
「ひぅっっ?!!」
「すまない、今のは冗談だ。そんなに怖がられるとは思わなかった……」
「ぅ、ぅぅー……。し、心臓が、止まってしまう、ところでした……」
「それは申し訳ないことをした。大丈夫か……?」
「はい……まだ、ドキドキいっていますけど、平気です……」
「言い訳がましいかもしれないがこれは違うのだ。これは君への親愛の証に、この地下の底に眠る俺の秘密を明かそうと考えただけで……。いや、この表現もどことなく、猟奇小説じみているか……?」
「か、勘弁して下さい……」
彼を信じて隠し階段を下りた。螺旋階段をぐるりと1周回るたびに地下室が現れて、それを3回繰り返すとフロド様が足を止めた。
何か巨大な黒い影が部屋の中央にそびえている。彼がカンテラの明かりをろうそくに移してゆくと、私の目の前に奇妙な物体が浮かび上がっていった。
それは無数の管が複雑に通された銀色の装置だった。フロド様が全てのろうそくに火を灯して戻ってきても、その正体はようとして知れなかった。
上手く言えないけれど、通常の魔道具ならば、外見を見ればなんとなく何に使うか用途が想像できる。だけどこの装置には、ボタンもなければノズルもない……。
「なんなのですか、これ……」
「これは古い古い時代の魔道具――いや、魔導機械と呼ばれていたものだ。神々の遺物アーティファクトと呼んでも差し支えないかもしれないな」
ろうそくのオレンジ色の光に照らされながら、フロド様は自分の背丈よりも大きな魔導機械を見上げた。私に誇るような、古の遺産に憧れるようなその表情からは、それが彼の大説な宝物であることがすぐにわかった。
「この魔導機械は、瞬時に人を別の場所に移動させる力を持っていたそうだ」
「え……。それはさすがに、魔道具にしたって、なんでもあり過ぎませんか……?」
「そうだな。しかし少なくとも俺はこれが本物だと信じている。祖父はガラクタだと言うが、曾祖父は先祖が神より賜った秘宝だと言っていた」
私はフロド様の隣まで歩いて、彼と一緒に銀色の装置を見上げた。私が最初に触ってしまったあの魔道具は、掃除をするための機械だった。定期的に私が触れて力を供給する必要があるそうだけど、今ではランディのお気に入りだ。
「私が触ったら、これも動くのでしょうか……?」
「いや、恐らくは無理だ、これは壊れている。いや、壊されていたと言うべきか。誰がなんの必要があってこれを賜り、そして何者がなんの理由で破壊したのか興味が尽きない」
彼は早口で説明をまくし立てた。そんな楽しそうなフロド様を見ているだけで、よくわからないけど私も楽しい気分になった。
「……まあそうったわけだ。俺の夢はこれを再び動かすことだ。そのために日夜研究をしている」
「そうだったんですか。これがフロド様の夢なのですね……」
「俺に失望したか? 俺は叶わぬ夢を見る愚か者なのだ」
「いいえ、そんなことはありません。フロド様らしい壮大な夢だと思いました。ですが、なぜこれを私に……?」
好奇心でその銀色の魔導機械に触れてみても、なんの反応も返ってこなかった。フロド様はもしかしたらと期待していたみたいで、装置の無反応に小さなため息を吐いていた。
「君に伝えたいことがある。そのためには、包み隠さずにこれを見せなくてはならなかった」
フロド様は魔導機械を見上げるのを止めて、いつものように私を真っ直ぐに見つめた。私の方は顔を向け合う勇気がなかったから、横目で彼の様子をうかがった。ろうそくの明かりを浴びて、氷のフロドはさながら黄金のフロドだった。
「君に誤解されたくなかった」
「それは、何をですか?」
「俺が君を、研究対象としか見ていないと、そう思っているのならばそれは誤解だ。君の身体への興味は絶えないが、それとこれは別なのだ。つまり、これは、その、だな……」
フロド様らしくもない歯切れの悪さが私には不思議に見えた。彼は何かを迷うかのように言葉を止めて、自分の感情を確かめるように胸へと手を当ててうつむいていた。
彼が顔を上げて私がカタツムリのように自分の殻に引っ込むその時まで、私はフロド・ヴィトニルソン侯爵を見つめ続けた。なんて、美しい人なのだろう……。
「君と一緒にいると、とても、気持ちが安らぐ……。君といるだけで気持ちがウキウキと沸き立ち、季節の彩りに輝きをくれる。こんな感情は初めてだ……」
「ああ、フロド様……」
感激だった。表情が全く読めないフロド様だからこそ、その言葉はことさらに刺激的だった。
私がフロド様との時間に幸せを感じるように、フロド様もまた私に似た感情を持っていてくれた。
言葉にできないほどに嬉しかった。すぐに返事を返さなければいけないのに、感激に言葉を詰まらせてしまうほどに嬉しかった。
「あ、あの……わ、わた、し……」
どうしよう、言葉が形にならない……。何か言ってフロド様を安心させてあげたいのに、頭が熱くなっていて上手く話せない……。
「わ……私、光栄です……。フロド様に、そう言っていただけるなんて……嬉しい……」
「そうか、それはよかった……!」
一瞬、彼が年下の男の子のように見えた。
「ふふ……」
いつだって一挙一動が洗練されていた彼が、今は不器用で純朴な人に見えてくる。今の彼に『氷のフロド』なんて通り名は似合わなかった。
「俺はこれから愚かな願い事を君にする。どうか聞いてもらえるだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
今の彼なら視線を重ね合っても何も怖くない。むしろ彼の方がその行為を迷っているくらいで、彼の恐ろしさの一部である『完璧さ』はもうどこにもなかった。笑えないというハンデを抱えているけれど、彼も普通の人間だった。
「ディシル、ずっとここに居てくれ」
簡潔で、静かで、情熱的な言葉だった。
私を強く求めるその言葉に、息を飲んで驚いてしまった。
「オフェウクスの儀が終わっても、ずっと俺の隣にいてくれないか……? こんなに気持ちが安らぐ相手は、君が初めてだ。ランディも俺も、2ヶ月後に君がここを去るなんて、考えたくもない。率直に言えば、とても嫌だ」
そこでランディを含めてしまうところがフロド様らしい。
実家に帰っても私に居場所はなく、姉や妹、怒らせてしまったシギュンと顔を合わせるのも億劫だった。
それにオト公爵家に帰れば、シギュンを介して私を捨てたオーズ王子と会うことになるかもしれない。それだけは何があっても嫌だった。
「私、ここでの生活が好きです……。エドさんもニックさんも、ジークさんも好きです。ランディもやさしくてかわいくて、それに何より、フロド様が……その、あの……」
一番大事なところなのに、小心者の私からは続きの言葉が出てこなかった。知り合って1ヶ月しか経ってないのに『貴方がとても気になっています』なんて言えない。
少し前まで私には別の婚約者がいたのに、そんな乗り換えるような言葉を使っても、彼は喜ばないかもしれない。
「わ、悪くないと思っています……」
「ああ……。君さえよければいつでもうちに遊びにきてくれ。このままずっと居てくれてもかまわない」
違う、そうじゃない。貴方のことを快く思っていると伝えたかったのに……。
「ごめんなさい……。わ、私、緊張すると、言いたいことが上手く、言えなくて……。ごめんなさい、昔からこうなの……」
「わかっている、君はそういう性質の人だ」
「ぁっ……?!」
フロド様は例えば診察と理由を付けなければ、私の手に一方的に触れてくることはない。そんな彼が建前もなしに私の手を取り、ずっと居てくれと気持ちを行動で示してくれた。
「ディシル、もう1度言う。オフェウクスの儀が終わっても、ずっとここに居てくれ。ずっと、ずっとだ」
「は……はい……。私がお邪魔でなかったら、喜んで……」
私は勇気を出して彼に身体の正面を向けて、もう片方の手で彼の手を包み返した。臆病な私と、真面目で不器用なフロド様には、そこまでが今のところは関の山だった。




