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・少年小姓ランディ

 オフェウクスの儀を目前にして私は婚約者を失った。姉も妹も私と似たようなもので、父は新たな婚約者を探して国内外を奔走することになった。


 父は気に病んでいた。狭量な姉と妹は、婚約が破談になったのは全て父のせいだと責めた。父がそれに対して反論することはなく、ただ悲しそうに遠くを見ていた。


 やがて二ヶ月間の苦労もあってか、父はオフェウクスの儀を目前にした4月の頭に、3つの似顔絵画を抱えて屋敷へと帰ってきた。すぐに私たち姉妹は部屋に呼びつけられて、似顔絵画を手渡された。



 ・



「あ、カッコイイ……あたしこの方がいいわ!」

「他はなんだかぱっとしないねー。私もこっちの方がいい。んん……名前は――ゲッ?!! やっぱりパス!」


 姉が妹にその似顔絵画を差し出すと、妹の方も名前を見て私に投げ渡してきた。それは薄水色の髪に灰色の目をした美しい貴公子様だった。


 その姿に少し見とれてから、私も似顔絵画に記された名前へと目を向ける。そこにはこうあった。フロド・ヴィトニルソン侯爵。私はその名前を見るなり凍り付いた。


「ま、待って……わ、私も、この方は――」

「何考えてるのよ、父さん! 氷のフロドなんてまっぴらごめんよ!!」

「ディシルー、その男はあなたにあげるー。うちらはこっちから選ぶから、あとよろしくねー」


「えっえっ?! で、でも、でも私……私も、こういう方は、そ、そんなのずるいよ……っ」

「ちょい不細工の伯爵家とー、フツメンの子爵家ならどっちかなぁー……」

「はぁ、どっちも売れ残りって感じ……。もー、他にいいのいなかったの?」

「わがままを言うな、相手が見つかるだけマシだと思え……!」


 フロド・ヴィトニルソン侯爵。通称・氷のフロドには恐ろしい噂があった。フロド侯爵といえば、毎年オフェウクスの儀が始まるたびに、そのあまりの冷血さと悪趣味さに、婚約者たちが彼との生活に堪えきれずに屋敷から逃げ出すと言われている。


「なにそれっ、父さんが当主の座を投げ渡したのが原因でしょっ!」

「そうそうー、おかげで人生メチャクチャだわー」


 女の生き血が好物だとか、白い塔の地下に拷問部屋を持っているとか、女性を愛せない同性愛者だとか、あまりにも醜聞が多すぎて覚えきれない……。


「年頃の娘が、オフェウクスの儀に参加しなかったとあってはあらぬ噂が立とう。すまんがディシル、少しの間だけ我慢してくれ」


 姉も妹も私が気弱なことをいいことに、いつだって私に貧乏くじを引かせようとする。でも臆病者の私が、氷のフロドと3ヶ月間も同居なんてできるわけがない……。

 どうか交換してと姉と妹にお願いしたけど、結局はダメだった……。


 こうして半ばお見合いの投げ売りで相手が決まってしまい、私は来月から氷のフロドの屋敷を訪ねなくてはならなくなった。


 臆病な私は毎日を震えて過ごした。もう生きては帰れないかもしれないと覚悟をした。氷のフロドと呼ばれるこの美青年は、今日まで1度も笑ったことがなく、人をさらっては塔に幽閉しているとの噂が絶えない。


 きっとあのシギュンのように苛烈な魂をした、言葉を交わすだけでも私を苦しめる人間に違いなかった……。



 ・



 2日間の馬車の旅がようやく終わり、私はフロド侯爵家の正門を恐怖に震えながらくぐり抜けた。

 ところが恐怖に気がおかしくなりかけていた私をあざ笑うかのように、ヴィトニルソン侯爵家の屋敷は意外な姿で私を迎えてくれた。


 最たる物は花だった。広い庭園のどこを見渡しても花々が咲き誇る花壇があり、これでもかと花の木が植えられ、そのどれもが美しく徹底的に管理されていた。


 中央の白亜のお屋敷は昼の日差しにまるで浮かび上がるようにそびえ立ち、庭の奥には白亜の塔が天高く君臨している。私にはその光景が天上の世界にすら見えた。


 位は公爵に次ぐ侯爵だけれど、私の家よりもずっとお金持ちだ……。

 そんなふうに情景に目を奪われていると、屋敷の玄関口にもう到着していた。


 オト家の家人に手を引かれて馬車から降ろされると、シルバーブロンドの美しい少年小姓が玄関から現れて、私を中へと案内してくれた。


「どうかされましたか、ディシル様? もしや長旅でお疲れでしょうか?」

「お気づかい、ありがとう……。今日までずっと、緊張しっぱなしで……」


「それはそれは。ではすぐに冷たいお茶をお出ししましょう」

「ありがとう……」


「いえいえ」


 それは人当たりのいいやさしい少年だった。ニコニコと私に笑いかけてくれて、もう冷やしてあったのかアイスティーをシルバートレイに乗せてきてくれた。


 それにしても本当に綺麗な顔……。本当に、フロド侯爵は男色家なのだろうか……。


「どうかされましたか? お茶、僕が準備したのですが、もしやお口に合いませんでしたか……?」

「そんなことない……。凄く美味しくて、生き返った……」


「んふふーっ、なんだか言わせた感がありますね。……おっと、すみませんが仕事がありますので、お兄ぃ――主人の到着までしばしお待ち下さい。……たぶん、遅くなりそうなので」

「ありがとう。お名前をうかがってもいい……?」


「僕? 僕はランディ! 見た目の割に勇ましい名前でしょ! ……あ、失礼しました。お姉さんがやさしそうなので、つい素が」


 かわいらしい小姓さんは丁寧にお辞儀をして、不安に震えていた私をなごませてくれた。彼がいるなら、我慢できるかもしれない……。


 私はどこから誰が見ているのかわからないと姿勢を正して、緊張もあったのでアイスティーをポットから何杯もお代わりをして、恐ろしいと噂の氷のフロドを待った。


 ……待ち続けた。ところが正午にやってきたはずなのに太陽がゆるく傾いた昼過ぎになっても、屋敷の主は部屋に姿を現さなかった……。


 私はその間、無人の屋敷の中をトイレを探して歩き回ったり、退屈のあまり応接間の周囲を散策したりして、フロドという名の恐怖の化身を待った。こない。全くくるふしもないし、そもそも屋敷に人気がまったくない。


 フロド侯爵はいつまで経っても私の前に現れなかった……。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 氷のフロド様の登場待ってます♪ おねーさま、応援しています(^^)
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