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・古代機械

 決意したのはいいけれど、実際はそこから先が大変だった。脱走を意識して離宮のあちこちを回ったけれど、結論を言えば、どうあがいても逃げ出すのは不可能だった。扉は鍵でどうにかなっても、見張りや追っ手が付くとなると突破できないし、逃げ切れない。


 だけど私は諦めずに脱走経路を模索した。すると1つだけ、私には全く向いていないけれど、1つだけ誰にも気付かれずに抜け出せるルートが浮かび上がった。……それは暗闇の下水道だ。


「フロド様、ランディ、どうか私を守って……」


 私は小さな燭台を抱えて、闇の中へと身を投じた。暗闇の下水を進んで、迷路のように入り組んだ道を歩き回った。すると一本道に行き着いた。通路から下水が消えて、緩やかな下り坂になっている。きっとその先に出口があると信じて、私はシギュンのように強くなろうと恐怖と戦った。


 その先に大きな扉を見つけた。そこには鍵がかかっていなくて、力いっぱい押して扉の向こうに入り込むと、上を目指す螺旋階段が現れた。


「あれ、この雰囲気、どこかで見たような……」


 その疑問の答えはすぐに見つかった。苔むした螺旋階段を上って行くと、ある一室に巨大な何かがそびえ立っていた。それに燭台の炎を近付けると、銀色の金属光沢が跳ね返ってくる。


 ああ、なんてことだろう。私がこれを忘れるはずがない。無数の管を生やしたその物体は、あの白亜の塔の地下に隠されていた魔導機械だった。


 燭台で照らして魔導機械をぐるりと確認すると、胸に微かな希望が流れ込んできた。あちら側の魔導機械は誰かに破壊された物だとフロド様が言っていたけれど、ここにある物は損傷らしい損傷がない。ならもしかしたら、これはまだ壊れていないのかもしれない。


 これの使い方はわからないけれど、きっとデタラメな操作でもこの離宮から逃げ出すことができる。私は目前に現れた希望に願いを込めて、フロド様が神々の遺産と呼ぶ銀色の機械に触れた。


「どうかお願いします、神様。どうか私を、大好きなあの方のお側に、連れて行って下さい……。このままオーズ王子と結婚するなんて嫌……私は、フロド様にこの気持ちを伝えたいっっ!!」


 そう強く願うと、低い物音を立ててそれがひとりでに動き出した。

 するとそれとは反対に私の前進から力が抜けてゆく……。まるで、根こそぎ私の元気を奪い取ろうとするかのように、機械は私から力を奪い取っていった。


「ぅ……っ、こんなに、吸われるなんて……。ぁ……?!」


 白銀の光が地下室を満たした。腕で目を覆ってもまぶたに光が焼き付くくらいに、それはいまだかつて感じたことのない強い光だった。

 だけどよかった、ちゃんと動いた。どこに運ばれるかはわからないけど、これで私は……。


 それと一緒に、脱力感と眠気が私の意識を奪っていった。それはきっとフロド様が魔力と呼ぶ力を、この古代機械に根こそぎ吸い尽くされてしまったせいだろう。虚脱感にまぶたを閉じると、私の意識は甘い眠りの世界へと霧散していた。



 ・



 気が付くとそこは暗闇の世界だった。人知を超えた禁じられた力に触れた私に、神様の罰が下ったのかと怖ろしくなったけれどそれは違った。手探りであちこちに触れてみると、あの燭台が手元に落ちていた。


 私は照明器具の存在にホッと安堵して、懐から手探りで火打ち石と火種を取り出した。火種は少し湿気っていたけれど、何度も諦めずに火花を散らすと、燭台のろうそくにもう1度火を灯すことに成功した。


「あっ……!?」


 目の前にはあの魔導機械があった。しかしここは離宮の底ではない。室内に無数に置かれたろうそくは、あの日、氷のフロドを黄金のフロドに変えた灯火だ。

 ここはフロド様のお屋敷、あの白亜の塔の地下だった。


 喜びが胸にあふれて、私は燭台を片手に螺旋階段を駆け上がった。あちら側の魔導機械に感謝しながらも、やっとまたフロド様に会えると希望を膨らませて、力いっぱい頭の上の床石を持ち上げた。


「ああ、よかった……。戻ってこれたんだ、私……っ」


 白亜の塔を出て、フロド様を探してお屋敷の庭に出た。

 ああ、なんて美しい庭だろう! 一目見るなり、モノクロに色あせていた私の世界は色彩を取り戻してゆくようだった。


 夜に脱走を始めたのにここがお昼だということは、私は半日も眠っていたことになる。


「ぁ……フロド、様……」


 しかしよくよく考えれば、この時間のフロド様はあの塔に閉じこもっている。そう思って回廊を引き返そうとすると、東家の方に人影を見つけた。よく見るとそれはフロド様とランディで、そこに見知らぬ女性の姿も混じっていた。


「オーズ王子のあの言葉、嘘じゃなかったんだ……」


 私は唖然と立ち尽くして、だけどこんなところにいたら見つかってしまうと生け垣に隠れた。自分から出て行けばいいのに、私は影から東屋をうかがった。


「俺に構うな」

「これから夫婦になるというのに冷たいです」


「俺にその気はない」

「だったらその気にさせてみせます」


 フロド様はうっとうしそうに女性の接触を拒み、書類へとペンを滑らせていた。


「ランディ、この女をどうにかしてくれ……」

「ミュグレスお嬢様、主人は見るからに女性にモテそうなイケメンですが、実は大変に奥ゆかしい方なのです。ですので、あまり強く迫るのはかえって下策かと」

「ふふふ、そういう恥じらい深いところも素敵です……」


 彼女の愛らしい笑顔を目にすると、また私の中で臆病風が吹き荒れだした。本当に私は、ここに戻るべきなのだろうか。ここに戻っても、オーズ王子とフロド様の対立が深まるだけではないだろうか。


 彼と一緒になりたい。やっぱりここでみんなと暮らしたい。だけどみんなが大好きだからこそ、私のわがままなんかで不幸にさせたくない……。


 胸の中で激しく渦巻くこの感情は、決して一過性の恋なんかではなく、炎のように燃え上がる本物の愛情だ……。私は心から、フロド様を愛していたのだと確信した。


 新しい婚約者の方は少し強引だけれど、器量もよくて悪い人間には見えない。フロド様を恐がらないところも立派だと思った。もしかしたら、2人はこのままいけば、なんだかんだ上手くやっていけるのかもしれない……。


 私がここに戻っても、フロド様たちに迷惑がかかるだけ。もしかしたら全く歓迎されないかもしれない……。

 そう思うと苦しくて、直視していられなくて、私は庭の奥へと逃げた。


 奥にはここを詳しく知る者しか入れない秘密の花園がある。私はそこに隠れるように逃げて、涙を流してすすり泣いて、意気地なしの自分に自己嫌悪した。シギュンがあれだけ励ましてくれたのに、私はなんて情けない人間なのだろう……。


 ああ、どうしよう。どうやってここから帰ろう。私はどこに帰ったら、もう1度輝く季節を感じられるのだろう……。ここに残りたい。でもここに残ったら、最悪は内戦にまで発展してしまう……。


 私はベンチにもたれるように倒れかかって、涙を流しながら途方に暮れた。勇気を出して逃げてきたのに、私の前には希望なんて初めから残されていなかった。


 けれども――


「ディシル……?」


 けれどもその時、あんなにも夢に見たフロド様の低く落ち着いた声が、ライラックの花が咲き誇る秘密の花園に響き渡っていた。


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