後編
大学の学食にて。
詩音は友人達の言葉に勢いよく振り向いた。
「彼氏!?」
「あははぁ、すまん! いや、昨日、独り身を卒業しちゃって」
ロングヘアの友人が両手を合わせる。金髪の友人は苦笑を浮かべている。
「じゃ、じゃあ今日の花火大会は」
「彼氏と行きますので」
詩音はぷるぷると震えながら金髪の友人へ視線を向ける。
「そもそもいるからー」
詩音はがっくりと肩を落とした。
「酷いよ……いきなりそんな」
「あー、ほら、夏祭りは友情を取るから! 花火の初デートとかロマンチックでしょ?」
「良いよ、もう別に。はぁ……。夏祭りは絶対だよ!?」
「わかったわかった。でも詩音さ、今日告白して菅谷君と行けば良くない?」
詩音はびくっと体を揺らすと、顔を真っ赤にした。
「な、なんで奏ちゃんが出てくるの」
その様子に二人は顔を見合わせる。
「へぇ、ついに詩音がねぇ」
「頑張って」
背中を叩かれると、二人は去って行った。
「気になるようになったのは二人のせいなんだよ」
詩音は冷麺を完食し、息をついた。この辺りで花火大会はビックイベントだ。奏介も誰かと行くのだろう。
「もしかすると女の子と」
奏介が浴衣姿の女の子と歩いているところを想像してしまい、首を振る。
「別に奏ちゃんが女の子と花火行こうとわたしには関係ないし」
食堂を出ると、太陽の光がキツかった。
「はぁ……」
手で目を覆いながら太陽を見上げる。
「きっと、彼女が出来たら奏ちゃんの特別扱いは彼女さんになるんだろうな」
何せ、自分はただの幼なじみなのだから。
「あの時、約束しておけば良かったんだよね。なんで、あんなこと言ったんだろ」
思い出すのは小さい頃の、将来を約束する思い出だ。結婚しようなんてベタなセリフは言えなかった。
その時の自分の気持ちは思い出せないが、照れ隠しだったのだ。
「しお」
聞き慣れた声に慌てて振り返る。
「もう帰る?」
奏介だった。
「あ、う、うん」
「そっか。俺も」
一緒に帰ろうなどという確認はいらない。そのまま歩き出した。
「どうした? なんか顔赤いけど。熱中症?」
「あ、えと、ちょっと日に当たりすぎてるだけ。今日暑いし」
「確かにな。冷房の部屋から出ると余計キツいな」
今日の花火大会について、聞いてしまおうか。詩音がそんなことを考えていると、
「あ」
何かを思い出したように奏介がスマホを見た。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと。悪い、先帰ってて。最近入ったサークルの集まり忘れてた」
「え、あ、うん」
奏介は大学とは別の方向へ去って行った。
その背中を見送りながら詩音はため息を吐いた。
「一人で行こうかな」
ぼんやりとした提灯の明かりと賑やかな人の声。屋台が並び、香ばしい匂いが辺りに広がっている。空には華が開いていた。ドンドンという音は耳に響くが、心地よい。
詩音は浴衣を着て一人、歩いていた。時おり空を見上げては花火を観賞する。
「悪くはないかも」
少しだけ食欲がわいてきた。
と、その時。
「あははっ、わーいっ」
前方から走ってきた男の子が思いっきりぶつかってきたのだ。しかも反動で尻餅をついてしまう。
「あ、大丈夫?」
男の子は泣き出してしまった。
「うああんっ」
母親らしき女性が走りよってくる。
「もう、危ないって言ったのに」
「このお姉ちゃんがあぁ」
指を指され、詩音はビクッとした。
「……ちょっと、あなたが突き飛ばしたの?」
「へ? いや、その子がぶつかってきて」
「謝りなさいよ。うちの子泣かせておいて」
「え、あ、ごめんなさい」
「申し訳ないと思ってないでしょ?」
そう言われ、もう一度謝罪の言葉を口にした時、
「見てましたけど、その子がこいつにぶつかってきて尻餅をついたんですよ。その言い方はないんじゃないですか」
「!」
隣に並んだのは奏介だった。
「あ……」
「はぁ? だから何。怪我したら」
「保護者って言葉知ってます? 子供の安全を守るのは親の仕事でしょ。こんな人混みの中走らせておいて、人にぶつかったからってその人を責めて、何を考えてるんですか。なんで走らせたんですか。そういう責任逃れをするのは親として失格です。まずは子供に走るなと叱るのが先でしょう」
回りにした大人達が奏介の言葉に同調する。
「確かに……そうだよな」
「危ないよね、走ったら」
「それでキレてるし」
すると母親は、表情を歪めると、
「行くわよ」
子供を抱っこして、この場を去って行った。
「……しおは怪我してない?」
「あ、うん。それよりなんで奏ちゃんは」
と、浴衣姿の女性が歩み寄ってきた。
「菅谷君、どうしたの? 急に」
見知らぬ人だった。
「あぁ、知り合いが今」
ぎゅっと胸が締め付けられた。見たくない。聞きたくない。
詩音は駆け出した。
「あ、しお」
「ごめん、帰るね」
走って、走って近くの公園の前で立ち止まった。
「はぁはぁ」
やはり奏介には彼女がいたのだ。見てしまった。間違いない。
「奏ちゃん……」
脱力してしまう。少し寂しいが仕方のないことだ。
「はぁ」
「しお」
「! え」
息を切らした奏介が立っていた。
「な、なんで」
「いや、サークルの先輩達に断って戻ってきたんだ。様子が変だったから」
「……」
「サークル……」
「サークルメンバーで花火大会だったんだよ。ほんと、どうした。最近おかしいぞ」
詩音はうつむいた。奏介は自分のために追ってきてくれたのだ。
「……奏ちゃんさ、昔の約束覚えてる? ほら自分達の子供をってやつ」
奏介は眉を寄せる。
「確か、お互い結婚して子供が出来たら結婚させようとかいうあれか? わけのわからない」
「恥ずかしかったんだよ」
奏介の言葉を遮った。
「言えなかったんだ。将来、結婚してくれる? って言えなかったの」
恐らく、顔は真っ赤だろう。しかし、奏介の目をまっすぐに見る。
「わたし、奏ちゃんが好きだったみたい」
「え」
奏介の頬も少し赤くなった気がした。
「奏ちゃんは? わたしのこと、やっぱりただの幼馴染だって思う?」
「……」
「なんか、忘れてた。恥ずかしくて、そう思わないようにしてたのかも」
しばし沈黙がおりる。
「……俺は」
詩音は奏介に歩み寄った。
「わたし、奏ちゃんのこと好きだよ」
詩音は目を閉じて、正面から奏介に寄りかかった。
「ダメ?」
しばらくの沈黙の後、奏介が詩音に手を回した。
「いや。ダメなわけないだろ」
「ずっと幼馴染で……ううん。これからずっと、一緒にいてね」
「ああ」
奏介は詩音を強く抱き締めた。
一応完結にしましたが、ネタが思い付いたら連載中に戻して新しい話あげるかもです。未定!
リクエストありがとうございました!




