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その夜、ショウはソフィに話の続きをせがんだ。

「ねえソフィ、昨日の話の続きを聞かせておくれよ」

「ミルと私の旅の話ね」

「ああ、そうさ。とても面白い。不思議だね。フィグツリーでの疑似体験より、ソフィの話の方がなぜかリアルに感じられるんだ」

「それはきっと、あなたの感受性と想像力が優れているんだわ」

「いや、それだけじゃないよ。ソフィの声が……、どう言えばいいんだろう、うまく言えないけれど、心の中にすーっと溶け込んでくる感じなんだ。暑い夏に、冷たい水を飲むような感じさ。まあそれもフィグツリーの疑似体験なんだけどね」

「けれどまた、夜中に起きていては、ジーニャに心配をかけるわよ」

「ああ、大丈夫。ちゃんと寝るさ。暗いうちにね」

「私はシェヘラザードね」

「千夜一夜物語かい? 確かに君は、聡明な女の子だ」

「あなたに毎晩、面白いお話を聞かせることで、私の命は続いて行くわけね」

「そして王様は心を開いていくんだ」

「あなたは心を閉ざしていたの?」

「わからない。けれど心を開く相手がいなかったことは確かさ」


やがてソフィは、昨日の話の続きから、ミルの娘、アラの話を始めた。

「アラはその時、四歳になっていたわ。ウラジオストクに住む科学者の夫婦に助けられた。けれど彼らは、ウィルスに侵されたアラの肺を治す手立てを持っていなかったわ」

「病院や……、医者はいなかったのかい?」

「ええ。誰もいなかった。医者だけではなく、その辺り、少なくとも彼ら以外に生き延びた人は誰もいなかった」

「戦争のせいだね」

「ええ、そうよ。あらゆる建物は破壊され、人々は殺され、生き延びた人々も病気で死んでいった」

「じゃあその科学者の夫婦は、どうして生き延びていたんだい?」

「彼ら独自のシェルターを作っていたのよ」

「なるほど」

「彼らは用心深かった。戦争のことも、病気のことも、あらかじめ予測して、備えていたの」

「そして戦争が始まると同時に、シェルターに逃げ込んだんだね」

「ええそうよ。そして戦争が収まったのを見計らって、地上に出てきた」

「けれど、病気にはならなかったのかい?」

「ちゃんとそれについても考えていたわ。外に出る時には常に防護マスクをしていた。とにかく、用心深い夫婦だったのよ」

「けれどそれじゃあ、アラのことはどうやって助けたんだい?」

「科学者同士のネットワークを通じて、知恵を集めたわ」

「それで?」

「けれどもちろん、この病気に対する薬は開発されていなかった。その当時も、今も……」

「そうだね……」

「結局、アラの回復力と運に任せるしかなかったわ。そしていくつか得た情報から、とにかくアラを隔離すること、体力を回復させること、治療としては、酸素供給をすること、それらに絞られた。けれど、アラを自分たちのシェルターに連れて行くわけにはいかなかった」

「どうしてだい?」

「病気に侵されたアラを連れ込んでは、自分たちのシェルターまでウィルスに汚染されてしまうわ」

「もっともだね。けれどそれじゃあ、アラをどこで治療したんだい?」

「たまたま再圧チャンバーを持っている病院を見つけたの。もちろん建物は破壊されていたけれど、運よく再圧チャンバーは使える状態にあった」

「サイアツ……、なんだいそれは?」

「鉱山開発や、潜水作業なんかで、高圧力にさらされた時にかかる病気を治療する部屋よ。高圧力下で圧縮された空気を吸うことによって体の組織に窒素が溶け込んでしまうの。その窒素を再び体外に出すために、再び圧力をかけた環境で時間を過ごすのよ。そのための施設が、再圧チャンバーよ」

「で、そこはアラを隔離することができる施設だったわけだね?」

「ええ、そうよ。空気が完全に遮断されるわ。おまけに酸素供給もできた」

「それで?」

「その部屋に、遠隔操作できるロボットも置いて、食事の世話をさせたわ」

「すばらしいね。まるで僕たちの住む『部屋』のようじゃないか」

「ええ、当然だわ。アラの治療を行った再圧チャンバーが、のちにあなた達がいま住んでいる『部屋』の先駆けになったのよ」







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