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夜は更けていった。

もう二時頃か、とショウは思った。

部屋に時計はあったけれど、夜の間、ショウは滅多に時計を見なかった。

代わりに空を見た。

北極星を中心に回る星座を頼りに、ショウは時間を知った。


「ねえソフィ、リナはどうして部屋の外に出たんだい?」

「ひとことで答えるのは……、そうね、難しいわ」ソフィはその質問を心の中でゆっくり吟味し、そう言った。

「ひとことでは、難しいか」

「ええ。きっとリナ自身、なぜ部屋の外に出たかったのか、わかっていなかった」

「思い当たることは、いくつかあるのかい?」

「そうね。でも、死に苦しむ姿を見た後だと、それはとてもとてもちっぽけだった気がするわ」

「例えばどんなこと?」

「リナは……、風の匂いを嗅ぎたかった。土に触れてみたかった。森の向こうの景色を見て見たかった」

「確かにそれは、部屋の外に出るにしては、ちっぽけな理由だったかもしれないね」

ソフィはその後、しばらく黙り込んだ。

自分の出した答えに釈然としなかったからだった。

ショウもまた、言葉を探しているうちに、話すタイミングを失ってしまった。

星座がまた少し場所を変えた。


「きっとそれは、海に漂うクラゲのような気持ちだったんじゃないだろうか」先に口を開いたのは、ショウの方だった。

「クラゲ? あなたは変わったことを言うのね。わからないわ」

「クラゲはきっと、海の中では、自分が本当にそこにいるのかどうかわからないと思うんだ」

「それはどうして?」

「自分を自分と認識する意識は持っている。けれど、どこまでが自分で、どこからが海なのか、人にも自分にもわからない存在であることが耐えられなかったんじゃないだろうか」

「クラゲは海から出ることで、人からも、自分からも、己の姿形を見ることができる」

「そう言うことさ」

「たとえ死んでしまっても、そうせずにはいられなかったのね」

「そうなのかも知れない」

ソフィはしばらく、クラゲの自己同一性について思いを巡らせた。

そして何かとても重要な要素が欠けていることに思い至った。

「リナはきっと、死がどんなものなのか、近づいてみたかったのだと思う」独り言のように、そうつぶやいた。

「リナは死を理解したかったのかい?」

「いいえ、違うわ」

「じゃあ単純に、理由はどうあれ、死にたがっていたのかい?」

「いいえ、その逆よ」

「その逆?」

「ええ。きっと死に近づくほど、生きたいと強く願う想いを見出し、理解することができる。そう考えていたんじゃないかしら」


暗闇の中で見えるのは、空に見える星々のきらめきだけだった。

それ以外は、どこを見つめても黒一色に染められていた。

けれどショウは、もはや瞼の裏に焼き付いたソフィの後ろ姿を心に描き、物を見るのに光など必要ないとでも言うようにじっとソフィのいるはずの場所を見つめ続けた。

「ねえソフィ、実は僕も、部屋の外に出てみたいと考えているんだ」

「もう二度と戻れなくなるわよ?」

「それが決断の代償、ってわけだね」

「そう言うことね」

「クラゲは海へ帰れない」

「クラゲは海へ帰れないわ」

「それでもかまわない」

「それがあなたの望むことであるならば、誰も止めることはできないわ」



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