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ぼくたちは心に一つの種を抱く  作者: 雨天紅雨
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待ち時間の有効活用

 時間としては、前回と同じくらいだったので、仕込みをしている最中だろう。

 だったら入り口くらい閉めてもいいのに、鍵をかけていないのは、やはりぼくのような来客を想定しているからか。

 ぼくはカモのネギ亭の扉を開く。

「ごめんなさい、まだ――あ」

 おい、嫌そうな顔が出てるぞ。

「座って」

 ため息を落とすなよ。

「疲れてるみたいだな?」

「――ええまったく、誰かさんのせいだろうけどね」

 それはお前の立場のせいだろう。


 椅子に座ると、奥でシードが具現する反応があった。また仕込みをさせるのか。念のため、こっちへの攻撃に反応できるよう準備だけはしておく。

 店内だから余計なことはしないと思いたいが。

「なにか食べる?」

「いや、いらねえよ。いつもの」

「はいはい、ホットミルクね」

 塩漬けで干しておいたけど、だいぶ肉を食ってきたからな。さすがに一人で一頭は多すぎる。だが半分だけ狩るなんてこともできないし。

 もうちょい保存食の作り方を覚えておくかー。荷物袋はそれなりに入るし。

『持っているのはわたしです。お忘れなく』

 おかげで楽なんだよな、手ぶらで済む。けどぼくが持ってる時だってあるんだから、胸を張って言うことじゃねえだろ。

「はいどうぞ」

「おう。じゃあこれ、やるよ」

「……なにこれ」

「裏帳簿」

 べつに約束していたわけではないが、代金くらいにはなるだろう。ぼくよりも、あの貴族を上手く使うあては、こいつら――ああ、もう一つあったか。

「いらんなら、ほかのやつに渡す」

「や、それはちょっと判断がつかないから、内容見せて」

「好きにしろ」

 カウンターの中にある椅子に腰を下ろし、帳簿を持って眼鏡をかける。

「学校の件、聞いてるわよ」

「具体的には?」

「シードを壊して、ある貴族の息子が種なしになった」

「ほかには」

「その貴族の家で教会の人間が殺害されたのは、公表されてないわね」

「それで?」

「犯人は捕まっていない――と、そこまで」

「そうじゃない、んなことは終わった問題だ。それで、お前らはこの後に何が起きると想定してるんだ?」

「教会は黙っていないでしょうね」

「何故だ? それが、教会の人間を殺されたからって理由なら、お前の理解度が低いことも証明されるぜ」

「――殺されたのよ?」

「だから何だ? 誰がどうやって殺したのかもわからないのに、表向きは犯人の捜索を続けるだろうが、見つかるはずもない」

「でも、種なしにした人物との関連を疑うのは当然でしょう?」

「そうだな、都合の良い理由にはなる。なるが、ぼくを疑うのは、筋違いだ」

 疑うというより、むしろ。

「あいつらは予防線を張るくらいで、ぼくを尋問しようとはしないさ」

「どうして?」

「自分の頭で考えろ。どっちにしても、犯人は見つからないさ」

 現実を追うタイプなんだろうけど、その情報から先を見ようとしないなー。単純に、熟考の時間が足りてないような気もするけど。

「今日はそれを届けに来ただけだ、ご馳走さん」

「置いていくの?」

「ぼくには不要なものだ」

「次は食事の出せる時間に来て。ちゃんとご馳走するから」

「そういうタイミングになったらな」

 飯の味がどうのと言えるような舌は持ち合わせていないし、望んで来る理由はないな。人付き合いとか、特異なタイプでもないし。


 店を出て、伸びを一つ。

 さてと、どうしたものか。この街の冒険者ギルドに顔を見せて錬度を確認……するのも、まだちょっと早いな。時間じゃなく、タイミングの方が。

 今のところ大陸全土において、冒険者の地位はそこそこ低いので、ぼくの中でも優先度が高くないというか……。

 大戦が終わってから、大勢の負傷者を出してしまった冒険者は、制度こそ残しつつも、弱体化してしまった。以前は教会、王国、ギルドの三つは並んでいたのだが、今のギルドにそこまでの実力も権力もない。

 うまく教会が失墜(しっつい)させたんだろうけどな……。

 それでも制度はあるし、依頼も入っていて潰れていないのだから、余裕ができた頃に様子見をしよう――そう思って、噴水のところへ来て。

「こんにちは」

 今度は、逆になった。

「おや、こんにちはアラディール子爵様。奇遇(きぐう)ですね」

 どうやら、ぼくを待ち構えていたようだ。カモのネギ亭に入るところを見つけたのか、あるいは目星(めぼし)をつけていたのか。

 今日は、仕事帰りじゃなさそうだ。血の匂いがしない。

「どうなさいましたか?」

「まだお時間があるようだから、またお茶でもいかがかな」

「はい、ぜひ」

 どうやら、こいつの方が考えは深いようだ。

 ……いや、浅い深いじゃなく、順当な発想と呼ぶべきか。


 屋敷に案内され、以前と同じテラス席。侍女も同じだが、彼の着替えは必要なかったようだ。


「学校では災難だったようだね、チヒロさん」

「ええ。けれど、よくあることだと思っていましたから」

「ははは、本当の災難は、あの伯爵家かもしれないけれど」

「不幸な事故があったようですね」

 こいつは内情をある程度、知っている。そう隠す必要もない。

 面白半分で首を突っ込むなら、そもそもぼくを待ってはいない。

「私としては、犯人と鉢合わせになった王騎士がいたことに驚いたけれど――手出しはできない、そう考えてのことだったのかな」

「どうでしょう。現実を知れば、立ち入れない領域だと知ることもできますが、いかんせんその現実を、知ることができるかどうかは、わたしが決めることではありませんので」

「確かに」

 彼は少し笑って、紅茶を一口飲む。

「痛い目を見ないと、自分が何をしていたのか、きちんと理解していない人も多い。特に学生はまだ若いから」

 ああ、あの貴族の息子か。

「自業自得です。本来なら、息子の後始末は親がするべきでしょうけれど」

「おや、彼は責任を取っていないのかな?」

「ええ――まだ、取っていないようです。ただどこからか、裏帳簿が紛失したようなことを耳にしましたが」

「そのようだね。本人は隠しているようだけれど」

「さて、どこに行ったのやら」

「私の手元に届いても困ったでしょうね」

「そうですか?」

「カモのネギ亭とは、お互いに不干渉の約束をしているんだ。あちらは組織、こちらは個人。繋がりを作っておかないと不便だからね。仕事の際には、内容を伝えてはいるんだ」

 バッティングした時に困るから、か。

「わたしは客でも所属しているわけでもありませんが」

「だろうね」

 ぼくも紅茶を飲む。

「以前の話だけれど、私も深く考えてみたよ」

「暇が潰せたのなら幸いです」

「とてもね。だからこそ、シードを壊すなんてことはありえない。教会からのお誘いはまだのようだ」

「それがわかったから誘ったのでは?」

「そうだね。――あくまでも、想像だけれど」

 うん、そう言っておくのが正解だろうな。

 ぼくが教会の人間を殺したことよりも、シードを壊して種なしにできる、その事実の方が優先度が高い。

 何故ならば、ありえないからだ。

 それができるのならば、教会は研究が飛躍的に進むだろうと考える。

 わざわざ、からの種を持つ人間を誘って、種を埋め込む必要がなくなるからだ。失敗するかもしれない、なんて、あの貴族の息子を誘ったように、ああいうことが必要なくなる。

 ――そうでなくとも。

 ぼくは充分に、研究対象となるだろう。

「どうでしょう、あなたは踏み込みますか?」

「――難しいね。知りたいと思うことと、知っていると明かすことは、また別物だからね。そして、世の中には知ってしまうと引き返せないものもある。残念ながら、その判断は、知ってからでないと決めることができない」

 この男、慎重だな。

『暗殺稼業で個人勢なら、このくらいでないと生き残れないでしょう」

 そんなもんか。

「それに、私はシードが使えませんから」

「現実には、それが大きな差となる状況が稀でしょう」

「そうだね。戦闘の多くは一撃で終わりだ。対多数か、あるいは訓練でもない限り、五分も続く戦闘はない」

「それなら逃走を選択した方が現実的ですね。泥沼の戦闘は死ぬ時だけで充分です」

「――恐ろしい人だ」

 普通の思考だろ、なに笑顔を引きつらせているんだ。

 状況がすぐ終わらない戦争だからこそ、運が良くないと生き残れない。

「予定通り、かな?」

「まさか、綱渡りです。それに、予定していない状況は常に訪れます」

「それに対応できるよう準備をすることが第一か。その通りだ、私の愚問だったようだね」

「いえ」

「――お迎えが来たようだ」

 うん、余計なおまけもついてるみたいだけどな。

「ん? 王騎士? ……ああ、なるほど、屋敷で遭遇した人か。どうやら、あなたの目的は聞けないようだね」

「気になりますか」

「聞くのがとても怖いよ」

「それはまたいずれ」

 教会の人間は一人、舐められたもんだな。しかも付き添いが王騎士とか、人手不足か? せめて聖騎士くらいつけろよ。

 ――ま、ガキを相手に、それは大げさか。

 ぼくに話を聞きたいと持ちかけ、アラディール子爵がそれをぼくに(うなが)すようなかたち。もちろん、素直にそれを受け取る。そりゃそうだ、これを待ってたんだから。

 ま、子爵に被害が及ぶようなことはないだろう。そうしたい。

 向かう先は、おそらく、――教会だ。



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