憧れは鏡合わせのように
「ねぇねぇ、この服どうかなぁ、お姉ちゃん」
「良いんじゃない? 可愛い」
私達はショッピング・モールでお洋服を物色していた。
「そっけないなぁ、もう。もっとこう……やだすっごい! しとね、その服めちゃくちゃ似合ってる! 超可愛い! とか言って欲しい」
「あのねぇ。私、そんなタチじゃないって知ってるでしょ?」
姉のしずねはいつもこうだ。
クールビューティ、っていうのかなあ。
長い髪、お淑やかそうな白く飾り気のないワンピース、化粧もほとんどしていないのに綺麗な顔。
――私の、憧れ。
「しとね、私の服は良いから、あなたの服を早く選んで帰りましょう。騒がしいのは苦手なの」
「はぁい」
私、津雲しとねは中学2年生。
姉、津雲しずねは大学2年生で、ちょっとだけ歳が離れている。
私は物心ついたときから姉が好きだった。
あ、変な意味じゃなくて。
普通にこう、女性として尊敬しているというか、考え方が好きだなーって思ったり。
いつも騒がしい私とは対照的だ。
「あっ新作コスメだー! 欲しいなぁ、お姉ちゃん」
「お小遣いの範囲内にしなさい」
お姉ちゃんは素気無く却下。
私はぶーたれる。
「第一、中学生のくせにお化粧なんて早いわよ。そのままでも十分に綺麗なんだから、無理に背伸びしなくて良いの。お化粧なんてしたら、お肌も荒れちゃうわよ」
それはナチュラルボーン美人のお姉ちゃんだから言っていい台詞だと私は思う。
まあ、言わないけどさー。
「ぶーぶー。私はお姉ちゃんと違って綺麗じゃないもん。だからお化粧だっていっぱいしたいんですぅー」
私が膨れっ面になって文句を述べると、お姉ちゃんは言った。
「あら。そうかしら? しとねは十分、綺麗だと思うわよ」
ドキリ、と私がその言葉に胸をときめかせる。
「う、ぇ、へへ、そうかな……」
するとお姉ちゃんは言った。
「あとはその騒がしい所が直れば良いのだけど」
「一言余計だよ!」
私はむきーっ、と怒った。
まあ、こういうトコだよね、子供っぽいとか騒がしいとか言われるの。
同い年の子からも、しとねちゃんって子供っぽいよね、なんて言われる事が時々ある。
「あーあ、私もお姉ちゃんみたいに物静かになれば良いのかなー。そしたら、少しでもお姉ちゃんに近付けるのかなー」
私が言うと、お姉ちゃんは
「しとねは私にないものを沢山持っているからね。私みたいになろうとしなくて良いのよ。ま、さっきも言ったようにいつでもどこでも騒がしいのだけは、少しは抑えて欲しいけどね」
とフォローしつつ私の性格を窘めるような事を言う。
「むぅ。ありのままで居て良いのよ、くらいのフォローが欲しかったなぁ」
私は唇を尖らせてお姉ちゃんに不満を漏らす。
「ふふ、人間誰しも『ありのまま』なんかじゃいられないわ。私だって、そうよ?」
ええ、そうなんだ。
意外だ。
「へー。じゃあお姉ちゃんも、実は心の奥底では『こう在りたい』みたいな『ありのまま』のヴィジョンがあったりするの?」
私は何となく、尋ねてみる。すると。
「そうね……私は、しとねみたいに『在りたい』わね」
え。
どういうこと。
騒がしいの、苦手って言ってたじゃない。
「あなたのその素直なところは美徳だと思っているわ。騒がしいのも、まぁ、こうしてお外でいる時は控えて欲しいし、ノイズの多い所は、確かに苦手なんだけどね」
私はなんだか妙な事を言うお姉ちゃんに納得がいかず、反論してしまう。
「む、むぅ。お姉ちゃん、矛盾だらけの事言ってる気がするよ」
「矛盾を孕まない人間なんているのかしら?」
哲学的な事を言って誤魔化そうとしてる。
ずるいなー。
「まぁ、私達姉妹、お互いがお互いを『隣の芝生』みたいに思っているのかも知れないわね。私は騒がしいあなたを、あなたは物静かな私を、鏡合わせのように、カードの裏表のように、憧れあっているのかも」
憧れ。
姉が、私に。
その言葉に私は意外な姉の一面を見た気がして、そして、急に自分の性格が誇らしく思えるようになった。
「ふ、ふーんそっかぁ。じゃあ、そのうち私がお姉ちゃんみたいに、お姉ちゃんが私みたいになったりするのかな?」
「それはないわ」
バッサリだ。
え、ええー。
そこは肯定する流れじゃないの?
「憧れなんて、憧れているうちが花よ。なってしまえば、きっとそれって、ただの事実に成り下がって、こんな筈じゃなかった、って思うようになっちゃうわ」
理想なんてそんなものよ。
己の心の中にしか理想はないの。
そんな難しい事をお姉ちゃんは言った。
「ふーん……そんなもんかなぁ」
私には理解の及ばない話だった。
ただ、何となく、お姉ちゃんが言いたい事は分かった気がする。
理想に近付こうとするのは良い。
でも、理想そのものになっても、きっとつまらない。
また、多分『そのもの』になんて、なれないのだろう。
だからこその、理想だと。
「じゃ私、お姉ちゃんみたいになりたいって思いながら日々努力するよ! でも、お姉ちゃんそのものにはならないよう、適度に無理しないように!」
私が明るく元気に言うと、お姉ちゃんは頬を少し染めた。
「……ああ、そういう所が、好きだわ。憧れるわね」
お姉ちゃんは泣き笑いのようにはにかんで、私を見た。
それは、私への憧憬の視線で、同時に。
なんだか、強い熱の籠った目だな、と思った。
(終わり)
ども0024です。
脳内で買い物してる姉妹を妄想しながらアドリブで構成してみました。
静かな姉と五月蠅い妹、定番の組み合わせっすねー。
百合?なのかなこれ。
姉の熱量が若干強いけど、妹は憧れてるだけっすね。
しずね、はそのまんまのイメージで、しとね、は……うん、最近エロ小説ばっか書いてる所為でネーミング・センスがエロに寄りがちですね……(褥……布団の意)
津雲には別に意味はないです。最近、日本人名に悩むと適当な言葉を考えて、脳内で読んだ時の音声を再生してみて、自分的に語呂が良いな、とか思ったらそのまま漢字を充てるタイプのネーミングを割とします。『音優先』という言い方を僕はしています。
ちゃんとストーリーを深く考える時は、『意味優先』の、例えば名前に紐づけた何らかの苗字を考えたり、そもそも名前の段階からキチンとキャライメージに沿った意味を拾ったりするんですけどね。
即興でシチュエーション劇を作りたい時は、名前に凝ってもしょうがないので、殆どこの『音優先』にしてます。
詩とか歌詞とか、そういう題材において重要な、口に出した時のリズム感ですね。
はっきりとポエム的な小説とか詩を書く僕ではないですが、創作における『詩的』なセンスを凄く好みますので(さがら総先生もそうだし、久保帯人先生もリスペクトしてますね)、口に出した時のリズムって大事なんですよね。
はっ、余談が長くなりました。
つーわけで、即興姉妹百合(なのかなあ?)でした。
ガチ百合は言うて趣味嗜好の関係からあんまり描かない僕ですけど、ま、たまにはこういう薄いのも良かろうかと。
ではではー。