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トーテキの神様  作者: 月島ケイミー
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生き霊になった陸上界のレジェンド

太陽がジリジリと照る暑い日、宗介(そうすけ)の家の近所の公園で、時々砲丸投げの練習をしている若い男性がいた。


宗介は小学5年生の時、たまたまその男性が練習しているのを見て、初めて見た砲丸投げに目を奪われた。


その人は20代後半ぐらいの男性で、身長は180cm以上あり、背中が広く、上半身と脚の筋肉はしっかりついているが、身体が大きすぎるという事もなく、砲丸投げの選手にしては痩せている方だった。しかし日焼けした褐色の肌と練習に集中している姿は、すごく逞しく見えた。


宗介がその男性から5メートル程離れた場所でずっと見ていると、 男性が気づいて宗介の方に近づき、『よう、君も投てきやってるのか?』と声をかけてきた。


『トーテキってなに?』と宗介が聞くと男性は柔らかく微笑み、『やったことないんだな。投てきっていうのはな、陸上競技の種目の1つの事で、砲丸投げ、円盤投げ、やり投げ、ハンマー投げの事をひとくくりにして、投てきって言うんだ。ちなみに今俺がやってたのは砲丸投げな。結構重いかもしれないけど、持ってみるか?』


男性は4kg程の砲丸を片手で持ち、良太の小さな両手に砲丸を乗せた。


『うわ、重いね、これ』


『重いだろ。でも俺はもっと重い砲丸を投げるんだ』


『えぇ!何キロぐらいの?』


『俺はプロだから、7.26kgだな』


『お兄ちゃんプロなんだ。すごいね』


男性は7.26kgの砲丸を持ち『今から投げるから見てろよ』と言い、砲丸投げの(サークル)の中に入り、投げるための体勢に入った。


直径2.135mのサークルの中で投げる方向に背中を向け、右手で砲丸を持ち耳の下あたりに付け、回転しながら前に進み、肩から突き出すように勢いよく投射した。



砲丸は弧を描くように高く飛び、20メートル程のところでやっと地面に落ちた。


彼の砲丸を投げる姿は竜巻の様に荒々しくもあるが、体幹がしっかりしていて、あまりにもかっこよく、美しかった。

『すごい...』


宗介はあまりの凄さに、それ以外の言葉が出なかった。


『なぁ、君も砲丸投げやってみるか?』


『僕もやりたい!!』


『おっし!じゃあ今から教えてやる!君、名前はなんていうんだ?』


『尾田宗介です』


『宗介か。俺は白崎大和(しろさきやまとだ。よろしくな』


太陽のように、明るくて優しい笑顔のやまと兄ちゃんは、宗介を投てき競技の選手になる道へと導いた。



それから10年が過ぎ、佐藤宗介はこの4月から大学3年生、中学生の頃からずっと陸上部で、投てき種目の砲丸投げと円盤投げの選手である。



今はカラオケで、女子大の宗介達と同じく3年生の女の子達と合コンの最中。友人に誘われてなんとなくついてきてしまった。男3人女3人で合コンが始まると、ある女の子が男3人に『部活とかサークルとかなんか入ってるの?』と質問してきた。


宗介以外の2人は『サッカーサークルに入ってるんだ』と答えると女の子達は『サッカーやってるんだ〜めっちゃかっこいいじゃん!』と良い反応を見せたが、宗介が『僕は陸上部に入っていて、投てき種目をやっています。砲丸投げとか円盤投げとか...』と答えると、『砲丸投げ?って室伏広治がやってるやつ?あれかっこいいよねー!』と勘違いしてくるので、『いや、それはハンマー投げ...』と遠慮がちに間違いを正す。


すると1人の女子が『砲丸投げってあれよね?太ってる大きい人達がする競技だよね?宗介くん細いのに、ちゃんと投げれるの?』と少し心配そうな顔をしつつもクスクス笑いながら言う。


『投てき競技って言うのは確かに体格が大きい人がやるイメージがある。そういう人達は確かにパワーがあるし、砲丸投げの時も有利だけど、体が細くて弱そうな人でも、砲丸を10メートル以上投げれる人だっているんだよ。僕はそんなかっこいい人に出会えたおかげで、今までずっと投てき競技を続けてこれたんだ』


急に真面目な話をしたせいか、周りのみんなが静かになった。


『ふーん。そのかっこいい人って、まだ砲丸投げの選手やってるの?』


『あの人は砲丸投げの選手でもあるけど、本来は十種競技の選手なんだ。白崎大和って知らない?世界陸上やオリンピックにも日本代表として出場して、十種競技も、砲丸投げも、円盤投げも、日本人初の両大会4連覇を成し遂げた人なんだよ!そんな人に僕は、子供の頃にたった3ヶ月の間だけど、たまに砲丸投げを教えてもらってたんだ!』


『へー、そうなんだ。私陸上興味無いから分かんないなぁ。ねぇ、知ってる?』


『私も知らな〜い』『私も〜』


女子3人は陸上競技には全く興味が無いのに、室伏広治を知っている事に驚いた。室伏広治はやはり凄い。しかし宗介の尊敬している白崎の事を知らないのは、すごく悲しかった。


『そんなことより、なんか歌おうぜ!せっかくカラオケ来たんだからさ!俺なんか盛り上がるやつ歌うわ』


宗介の隣に座っていた加藤は宗介に小さい声で『あんまり盛り上がらない話すんなよ。誰も砲丸投げなんか興味無いって』と言った。


合コンなんて来るぐらいなら大学のグラウンドで連勝すればよかったと、宗介は後悔した。



大学の新学期が始まり、新入生の入学式の日、宗介達部員は全員で、陸上部のチラシを新入生達に配っていた。


宗介の所属する大学の陸上部は、大学陸上界の中でもそれほど強くは無い。1番の有望株はマラソン長距離選手のケニア人留学生、ラポワぐらいだった。


陸上部に入ってくる人はだいたい、短距離、長距離、跳躍(走り幅跳び、走り高跳びなど)をやりたい人が多くて、投てき競技に入りたい人は時々いるが、その人は槍投げをやっている。


中学、高校の時から、砲丸投げとか円盤投げなんてデブがやるダサいものだと言われ、なかなか新入生が投てき種目に集まらず、この大学でも、投てき種目をやっているのは宗介だけになってしまった。


『はあ...10人も陸上部に入ってはくれたけど、結局誰も投てきに来てくれなかったな...ま、期待はしてなかったけどさ』と独り言でボヤいていると


『その気持ち分かるなー。俺も中学と高校の時に、誰も投てきやりたがらないから、ショックだったよ』


突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、宗介が誰よりも崇めている神のような存在である、白崎大和が目の前に立っていた。


『ええええええ!?なんで!?なんでなんでなんで!?』

宗介は驚いて腰を抜かしてしまった。


『よっ!おまえ、宗介だよな?』と言い、腰を抜かして尻もちをついた宗介に大きな右手を差し出してきた。


『久しぶりだなぁ!宗介!』


宗介はその大きな右手を掴み、起こしてもらった。


『お、お久しぶりです。え、なんであの大和にいちゃんがここに?っていうか、まだ大和にいちゃんって呼んでもいいの?』


宗介は恐る恐る遠慮がちに聞くと、あの太陽のような笑顔で『ああ。当たり前だろ?』


と言い、宗介の背中をバンッと叩いた。


『いった!痛いよ!』


『なんだよこれくらい。しかし宗介、お前大きくなったなぁ。と言っても、俺よりはだいぶ小さくて細いけどな。本当に大学生か?』


笑いながら大和は宗介の身体をあちこち触りまくる。



『ちょ!そんなに触るなよ!それに自覚してるけど、小さいとか細いなんて言われたら傷つくし!』


『まぁまぁ落ち着けって!お前は俺に似て、太りにくいからなぁ。本当にしっかり筋トレやってんのかー?』


『一応毎日筋トレやってるよ!プロテインだって飲んでるし!』


『そうかそうか。ま、久しぶりに会えて嬉しいよ』


大和は嬉しそうに思いっきり宗介を強く抱きしめた。



『痛い痛い痛い!離して!もう、相変わらず馬鹿力なんだから!っていうか、なんで大和にいちゃんがこんな所にいるんだよ!?ずーっとアメリカに住んでたんじゃなかったの?』


すると今まで笑っていた大和は真剣な顔になった。


『信じてもらえないかもしれないんだけど、お前の目の前にいる俺は生き霊なんだ。俺の体さ、実は今、植物人間なんだ。交通事故に遭ってな。テキサスの病院で10年間ずっと眠り続けてる』


宗介は訳が分からなくなり、そして疑問が生じた。


『え...?体が植物状態って、10年間眠り続けてるって、僕の目の前にいるじゃん。僕の前に立ってるじゃんか!』


『あのな、色々と複雑なんだよ。とにかく、今お前と話してる俺は生き霊なんだ。あと、俺の姿はお前にしか見えてねえから、あんまり大声だして喋ってると、周りから変な目で見られるから、気ぃつけろよ?』


『え!?はああああああ!?』


『シーッ!だから大声出すなって!周りから変な目で見られてるだろうが!』


確かに、周りを歩いていた大学生達がジロジロ見ていた。


『宗介、お前今から家に帰るよな?』


『帰りますけど...』


『じゃ、とりあえず、お前の家に行って何があったかゆっくりと話すから。おまえんち行こうぜ〜』

『はぁ...』



宗介は大学の最寄り駅から電車で10分程かかる駅で下車し、そこから歩いて5分程の所にあるアパートで一人暮らしをしていた。


『お前の家、立地めっちゃ良いな!大学までそんなに遠くないし、最寄り駅からも近いし』


宗介は、周りに人が少し歩いていたので小さい声で『はぁ...』とだけ大和に答えた。


アパートの宗介の部屋に入り、大和は『お前、部屋めちゃめちゃ綺麗にしてるんだな〜。うわ!投てきの本に、陸上雑誌ばっかりじゃねぇか!漫画もエロ本もないんだな〜』


『そんな本あるわけないでしょ!僕は、投てき競技一筋です!』


『へー、それは素晴らしい事だな』


宗介は何か飲み物を用意しようと冷蔵庫の中を見る。


『大和にいちゃん、麦茶と牛乳しかないけど、麦茶でも飲む?』


『お!ありがとな〜』


しかし宗介の頭に疑問がよぎった。


『あれ?大和にいちゃんって、今幽霊なんですよね?』


『幽霊じゃなくて、生き霊な』


『違いがイマイチ分からない...。生き霊なら、物に触れるんですか?お茶飲めますか?』


『飲めるよ、ほら』


大和はコップを持ち麦茶を飲んで見せた。


『でも俺は、宗介と宗介の物にしか触れない。宗介以外の人間には触れないし、俺の姿も見えない』


『なんで、僕にしか見えないの?』


『それはなぁ...』と大和が言いかけた時、2人の間に大きな光が現れ、その中から白い口髭、胸まである白くて長い顎髭を持つ、仙人のような老人が現れた。



『うわあぁぁぁぁ!誰!?』


『おい爺さん〜。そうやって現れると宗介がびっくりするだろぉ』


『わしは爺さんではない!天の門番だと言っとろうが!何回言ったら分かるんじゃ!このバカもんが!!』


『なんだとコラァ!あんたはどっからどう見てもヨボヨボの爺さんだろうがぁ!』


宗介はギャーギャー喧嘩している2人の間に入り『やめて下さい!!』叫んだ。

宗介が大声で叫んだので、2人は一旦喧嘩をやめて静かになった。


『ごめんな宗介、騒がしくしちまって。この爺さんは天の門番らしくって、俺の魂があの世に行かないように、一旦助けてくれたんだ』



『一旦助けたってどういう事ですか?』


とりあえず、3人は宗介の部屋の床に座り、宗介が用意した冷たい麦茶を飲んだ。


そして天の門番は大和を助けた経緯を話し始めた。






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