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得意技が飛び蹴りの令嬢は悪役令嬢になりたい

作者: 彩栗ナオ

 

「はぁ……口にしないと分からないか、では告げよう伯爵令嬢ルーチェ=オード。私は君に婚約を申し込んだがそれは撤回させてもらおう」


「えっ……はっ、はい?」


 こ、こんなにアッサリと?




 過去に宮廷晩餐会の場で婚約を申し込まれ、その後も度々君と婚約をしたい。私の容姿がいいとか話が面白いとか、一緒に空中庭園に行こうとか数々のアプローチを受けていたのに、まあ私は気のりしなかったので返事はしなかったけど。



 うん、確かに正式な婚約の契約はしていないわ。

 それで私から婚約を前提にお付き合いをしてほしい、それから一緒に着いてきた元メイドも雇ってほしいとウルドに伝えたわ。


 確かに図々しいとも思う。


 だけど少々お待ち下さいと、狭い待合室で3時間もチクタクチクタクとひたすら時計の音を聞かされた挙句、やっと現れてイスに座ってその短い足をエラそうに組んでからさ、開口一番に婚約破棄ィ!? 私は人に待たされるのが大嫌いなんだ! ……いや私の聞き間違いに違いない。



 それに彼ウルドは、お世辞にも美形とは言えない。

 頭部のセンターラインだけ流すように伸ばしたキザ男ヘアーで、キツネ目で金や物欲に執着が強そうな、胡散臭そうな顔とてもいえばいいか。そんな人に秒で断られるなんて!


 むきっー! だから余計に悔しいー!

 おちつけ、おちつくのよ私。

 多分、聞き間違えよ。




「ウルドさん、えーとその、こんにゃくを破棄するとは、どっどういうコトかな?」



 少し可愛い子ぶって笑顔なんか作ってみて、聞いてみたがどうだろうか?きっと、こんにゃくを破棄するの聞き間違いだ。


 あれほど宮廷で胡散臭い笑みを浮かべながら、必死に私のご機嫌を取ろうとしていたのだから。


 ウルドは呆れたように、小さくため息を吐いた。


「……ルーチェ。君はショックの余りに気が触れでもしたのか。ハッキリ言うがオード家の後ろ盾がない君に価値などないんだよ。私は忙しいのだ、さあ帰った帰った」


「……えっ……ちょっ、ちょっと」


「その貧乏くさい服で、屋敷の敷居を跨がれても困るのだ。さぁ出たまえ」



 追い立てられるように外に出された私はポツンと一人。



 ウルドの家の前の広大な屋敷を見上げて、ため息を一つ。


 てか捨てセリフまで吐かれた!? 酷くない!?

 この服が貧乏くさいだと……! 確かにお屋敷に住んでた時に着てたようなドレスじゃないけどさ。私なりに庶民風オシャレ着を繕ってきたというのに失礼だわ!


 はぁ~だいたいねぇ、お茶も出てこなかったしケーキの一つも出てこなかったわ。久々に貴族らしい甘いもの食べれると思ったのだけど……って目的が当初と違うわ!?


 庇護を受けようと思って婚約の話を出したのに、貧乏が身に染みたからか食欲が優先になってしまってる。


 まあ……この状況で、都合よく庇護を受けようと思った私もズルいというか保身に走ってる部分あるわよね。さすがに私にも自覚はある。




 私は元伯爵令嬢だ。


 それなりに広い庭園付きのお屋敷に住み、家の裏には大きな川が流れ整えられた街路樹が並び、小鳥の囀りが聞こえてくる眺めの良い家だ。



 そんな私の家は1か月ほど前、文字通り火の海に包まれた。原因は父上の研究にあるらしいのだけれど、未だ原因が良く分からない。



 突如として武装した国の部隊が家にやってきて、国に謀反を翻す研究と呪いの術をかけたとかで父は囚われ処刑され、母上ともはぐれてしまった。



 執事のビストロさんが身体を張って私とメルシィを逃がしてくれなかったら、今頃私達は捕まっていたのだと思う。だから改めてビストロさんの無事を祈りたい。




「ルーチェ様どうでした?」


「待たせたわねメルシィ」


 この子はメルシィ。

 私の屋敷で働いていた元メイドさん。



 近くの階段に座っていたメルシィが近づいてくる。

 私は首を振ってダメだったことを伝えるのだが、メルシィは気落ちした様子もなく、やりとりを聞いてくれた。


 ここまでに来る間に交通費や旅費をけっこう使ったから、この先の蓄えはないのだ。家から出る際に持ってきた服とか僅かな家財道具も売ってしまったし、これからどうしたものか。


「断られて悲しかったですか?」



「うんにゃ全然」


 好意はないし決して強がりではない。

 ただ経済苦を抜けたい余りに大した知り合いでもない、ウルドに縋ろうとしたのは、安易だったかもしれない。



「じゃあいいじゃないですか。そんな手の平返しして人を地位とお金でしか測れない人は。どの道長続きしませんよ」






 と気を使って言ってくるのだった。


「まーねえ。でも貴方に今の私じゃ給金すら払えないし」


「私は構いませんよ。貧乏は慣れたモンです」


 メルシィは胸をドンと張る。

 そう言ってもらえれば助かるけど。




 今は私達は貧民街の馬宿の一部を寝床として借りている、馬宿の子供を貧民街で起きた騒動から助けたのがきっかけだ。寝床を借りる代わりに馬の世話と2階の宿屋の掃除、水汲みなどを私とメルシィでこなしているのだ。やっと少しは貧乏な生活にも私も少しは慣れてきたというとこかな。






 で、私より2コ年下のメルシィは元々浮浪暮らしをしていたとこ、救貧院に保護されたのだが馴染めず逃げ出し元の浮浪暮らしに戻ったみたい。そこで見かねた私の父上が何を思ってか、メルシィをメイドとしてウチで採用したのだ。


 普通は奉公として経験を積むためにそれなりの地位の子を採用するのによ。父上も姉さん同様にきまぐれなとこがある。




 メルシィはウチで勤めて長い方だけど、これまた仕事できないのよねぇ。



 皿は良く割るし作法もなかなか覚えないし、洗濯しても良く汚れ見落としするし。そのくせ父は私のお古の服を与えたりしたのが気にいらなくて、私はけっこうキツメに当たっていたのだけど……変にへこたれないから私もさじ加減が出来ずに、ついね。



 でもメルシィは家も財産もなくし、賄も給金すら払えない私についてきたのだ。父上に拾ってもらった恩義と生前から私を頼むと言われてたからとか。


「じゃあ用事がすんだなら戻りましょうか」


「あっ待って。ウルドの家にハンカチ忘れた」


 シルクのハンカチとかでなく、そこいらで拾ったボロ布から使える部分だけ、糸を借りてつなぎ合わせた正真正銘のボロハンカチ。屋敷にいた頃なら捨ててるだろうけど、使おうと思えば使えるのだちゃんと。



 私はドアのノッカーを叩くと屋敷の使用人が出てきて、ハンカチを忘れた旨を伝える。小用でいちいち叩くな的な感じの表情を侍女はしたように見えた。



 ふぅ……少し待つとするか。




「ねえメルシィ、私達ってそ、その、その、とっとも、ともだ、だ、だだ」


「はい?」


 私達友達よねと口にするだけなのに、何でこんな恥ずかしいんだろう。



 もしかしたら向こうは思ってないかもしれないし、考えてみれば友達ってどこからが友達なのだろう? 屋敷にいた頃にお茶会とか舞踏会で近況をしゃべるだけの関係だった上流の子達は、友達じゃない気もする。


 互いの家の関係とか、政治的背景を保つだけの為っていうかさ。


 私は子供の頃から男の子と遊ぶことが多かったから、料理とか読書とか女の子趣味よりも乗馬とか剣技とか釣りとかに興味が向いていた。服だって子供の時は男の子の服を自分で買って着て叱られたっけかよく。


 女らしさじゃ、完璧なクロエ姉さんには敵わなかったから。



「おい」


 ん? 上を見ると私のちょうど真上の窓から、ウルドがひらひらと私のハンカチを揺らしている。


「こんなゴミを置いていくな」


 と言い窓をピシャリと閉めその姿は消えていった。


 ムッカ~。私は空中からひらひら落ちてくるハンカチを受け取る。


 貴族の本性て、こんな嫌なヤツしかいないのかしら。


「あ~っもうっ! いちいち言動が腹立つヤツね、アイツ私より5コも年上よ。もう少し礼節をわきまえなさいっての、それに私が貧民になったらこの手のひら返しってさ、どう思うメルシィ!?」



「あはは……その苦笑いです。気にしなくてもいいんじゃないですか、多分もう会うこともないし」


「これじゃ馬宿の仕事休ませてもらったあげく、お金かけて文句言われに来ただけじゃない。窓ガラスの一つでも蹴り破ってやりたいわホント」


 私は子供の頃から密かに練習を繰り返していた、姉さんの見よう見まねの蹴りをその場で繰り出す。


 思い出補正もあるかもしれない。私が憧れた理想的な蹴りの域まで達してはいないかもしれない。それでも今足は頭くらいまで真っ直ぐ上がるし、回し蹴りだってお手のものだ。


 せいっ!


 ガシャーン!


「あっ」


「ちょっと何してるんですかルーチェ様! 本当にガラス破ってどうするんですか!?」


 しまった……いい蹴りが入ってしまった。窓には亀裂が入り、一部にぽっかりと穴が開いてしまっている。




「えへへ……ついうっかり足が滑って。ところで、私の蹴りもなかなかサマになってるでしょ」


 そう言いながら蹴り足を、目の高さ位まで上げほぼ垂直に伸ばす。日頃の訓練の賜物だわね。



「もぅ~そんなこと言ってる場合ですかっ! ルーチェ様、下着見えますよっ」


 うっ……これだからスカートはあまりスキじゃない。


「……割れたガラスは気にしないのに、下着は隠すんですね」


「……うるさぃわねぇ」



「お、おいっ! 貴様いったい何のつもりだ!? 」



 いけないっ、さすがにバレた。

 ウルドが窓から戸惑いと怒りを混ぜたような顔でこっち見てるわ。



「逃げるわよメルシィ」


「えぇっ? いいんですか窓っ?」


「弁償するお金ないわよ。ツケで弁償した上に長い間、ごはんが賄いだけの1日1食になるわよ」


「逃げましょう!」



 食べ物が絡むと決断早いわね。



 月明かりの下で、元令嬢が元メイドとお貴族様の家の窓割って逃亡か。


 少し前じゃ考えられなかったな。



 こんな状態なのに、口元に笑みが浮かぶのは何故だろうか。


 決してガラスを割った優越感とかでなく、なんか今を生きてるって感じがする。


 生活はお屋敷の時より不自由なはずなのに、どこかこの生活が非日常だからかな……。まあ私一人なら最初の1週間で絶望して生きる気力すら沸かなかったろう。




 メルシィが草と木を2日以上かけ組み立てるのを見て、私も途中から手伝ったけど、雨が降った時はそれでやり過ごした。草の匂いがする地面は最初は寝れる気がしなかったし、考えられなかったけど人間は環境に適応するらしい。





「ありがとうメルシィ」

「何か言いましたルーチェ様」


「何でもないわ」



 その日の夜風は妙に心地が良かった。


 ――――

 ――――――

 ――――――――


 貧民街に戻ってきた私達は、いつも通りの生活に戻る。


 朝は馬にご飯をやり、馬宿の掃除をしてから宿を使った客がいれば部屋の掃除。来る客はだいたい旅の人だから馬を洗ってあげたりもするし、不正な禁製品の商取引に宿を使われることもあるので、そういうとこにも目を光らせなくてはいけない。


 ここでも違法薬物を調合して貧民街に流そうとした輩がいたが、怪しい動きと行動をしてたので私が自ら買うフリをし捕えて役人に引き渡したのだ。



 お昼は賄いで出される麦飯とスープと漬物、それとイチジクを食べる。だいたいメニューはいつもこんな感じ。


 それが終わったら自由時間。

 私とメルシィはカゴを持って近くの川へ行き、魚を捕る。


 大きな川ってワケじゃなく膝まで浸かるくらいの深度だ。こっから私の出番だ。



「行こうメルシィ」

「はい」



 川に直で魔法の電撃をビリビリっと流しこむ!

 少し待ったら電気ショックで魚が浮いてくるので、それを物々交換で食べ物やお金に換え二人でちょっとずつ貯金しているのだ。


 魚を取りすぎないのがコツかな。


 私が唯一姉さんより勝っているのは、魔法が使えることくらいだろう。


 父上の書庫の片付けを手伝っていたら、魔道書を偶然目にした私は、いくつかのページをパラパラめくり記憶した魔法を実行したら使えてしまったのだ。


 さすがに驚いたなぁ、あの時は。

 それにしても父上はどうして魔道書を持っていたんだろう。


 侯爵以上の階位の者以外は、所持できないハズなのだけど。



 もしかして父上の研究とは、魔法に関することなんだろうか? でもウチの家で使えるのは私だけなのよねぇ。



 その後は近くの遺跡の木陰で昼寝。

 昔の古代遺跡らしいのだけど、私もメルシィも元々近隣の住民じゃないので詳細は良く分からない。


 石畳とか何段もの石垣や水を張った堀、折れた石柱とかはそのまま残っている。


 だいたいこんなルーチンワークが、私の今の生活だ。




 そして、貧民街の馬宿に戻ってからは夜の仕事。



 貧民街の住民は子どもか年寄りの割合が高い。だいたいどっかから盗んできたり調達してきた物を売ってる人が多い。盗みが出来ない若い女の子は身体を売ったりする子もいるが、病気になり薬が買えずに死んでしまうケースが多い。


 何で私が普段は男装までして、この貧民街にいるのかというと、父上の研究の中身を当然知ってると思われているからだ。


 むしろ私が知りたいくらいだというのに。





 馬宿に戻る途中。

 メルシィは大男とぶつかった。


 ぶつかっただけならまだいい。

 よそ見してた大男の服にだ。皮袋の水筒に入っブドウジュースがべったりとついてしまった。


 大男は服にべったりついたブドウジュースを手で触って、自分の手の平を見ている。


 大男が反応するより先に連れの背中が曲がった小さい男が、偉そうに私に怒りつけた。


「おいどうしてくれんだ? ウェイクさんの服に大きなシミつけてくれてよ」


 うわ~ぁ……典型的な虎の威を借りるなんとやらのタイプだ。うんうん、いるのよねぇ強い人間と組んで気が大きくなる人間。自分も強いと思い込むタイプだ。


 舞踏会でもいたわ。酔って暴れて空気悪くしたやつを、私が怒りの限界で飛び膝蹴りかましたんだ。


  そして、ついたあだ名が飛び蹴りピンクよ。


 はぁ……忌々しい黒歴史を思いだしたわ。


「ごっ……」

「ごめんなさい。お代払いますいくらですか?」



 メルシィの代わりに私が前に出て謝る。

 この子は気使いだから相手が頭に乗る可能性がある。


 チラリ。

 布製で白のチュニックの上着か。そんな高そうな服じゃないから払えそうだ。


「じゃあ金貨5枚だ。今すぐ払え」


「そんなワケないでしょ」


「これが金貨5枚じゃないて証拠あるのか? 証拠は!」


 まったく……いちいち近くで怒鳴らないでくれる?

 圧力かけて問題をどうにかしようってタイプは、話し合いじゃラチあかないのよねぇ。



「その服オーダーメイドとかじゃないですよね。見たとこ工房やギルドの印がないし」


 私は素早く後ろに回りこみ、大男の服の裏地を勝手にめくって確かめる。


「やっぱり裏地にもない。布製チュニックの白の相場は銀貨1枚です、お代はそれでいいですね」


「おっ、おいお前勝手に……ン。あんた何で男装してるんだ、それに良く見りゃこの女ァ美人ですよウェイクさん」


「……邪魔だ」


 ウェイクという男は、裏拳で背の曲がった男の顔面に拳を叩きつける。

 背曲がりの男は「ぺぎっ」と悲鳴ともつかないうめき声を上げ、頭から地面に倒れ込む。


 うわっいたそー。


 てか、女だとバレちゃったぞ。

 わざわざ髪もバッサリ切ったのにさ、この街でバレたのはこれで二度目だ。

 うーむ嬉しいやらなんとも複雑な気持ちだ。女らしさが上がったとでも前向きに捉えておくとしよう。



「……普段から男装してるのかお前?」


「いいじゃんか、どんな服着ようと私の勝手だろ。何かご迷惑でも?」



「ルーチェ様。思いだしました、この人貧民街で有名な一匹狼ですよ。気にいらない人間を腕力で殴り倒すケンカばかりしてる荒くれ者です、危ないですデンジャーです」



 とメルシィが耳元でヒソヒソと忠告してくる。


 フーン……確かに強そうだね。上半身はやや逆三角形で相当に身体絞られてるし二の腕の隆起した筋肉は重たい物を軽々と持ち上げられそうだ。腹のところに赤い腰布を巻いておりそこに剣を差している。フーンこの男も剣を使うのか……。


 獲物はシンプルなロングソードね。アンタの見た目じゃ剣より斧だろと言いたい。見た目は山賊を格好よくスマートにした感じとでも言うかな。


 年は私と同じくらいかな多分。


 まっ別にどうでもいいわ。


「じゃ銀貨ドーゾ。はいそういうことで失礼、行くよメルシィ」


 背中を向けた私とメルシィは、ウェイクの手によって腕をとられた。



「よしデートしよう。俺についてこい! この銀貨で何かおごっちゃる、甘いケーキでも3人で食べに行こうか」


 はい? この男……ウェイクはいったい何を言っているの? 私が返したお金なのだけど……いやそーいう問題じゃなくてさ! 何で私とメルシィがこいつとデートする流れになってるの?


 おかしい!

 この男ちょっとおかしいわ!


 私もメルシィもアンタなんかお断り! と顔に出してるのに、私達の腕をとり勝手にずんずんと進んでいくし空気を読めてないのよ絶望的に。


「はっ……離してください!」


 メルシィが、いやいやという素振りをするのだが。


「はっはっはっ! ショートカットの君もけっこう可愛いね、いーよ俺は平等におごるから大船に乗った気でいてくれ!」


 銀貨1枚で大船て泥船の間違いじゃないの。

 3人じゃ大したもの食べれないっての。


「アンタねぇ……いい加減にしときなさいよ。蹴りかまされたくないなら3秒以内に、大人しく手離しときな」



「怖い顔するなぁ。せっかくの美人が台無しだぜルーチェ」


「3……2……1……0……はーい時間切れ。とりゃ!」


「ぐぉっ!?」


 まずはウェイクの、後ろ向きの無防備のひざ裏に素早く蹴り。自然に膝が落ちるのだから顔の位置だって、もちろん下がる。


 まぁ、驚いてこっちに首を向けるよね。

 そこへジャンプしてから顔面に飛び膝蹴り!




 膝頭に確かなクリーンヒットの感触、そのままウェイクは鼻血を出しながら地面にズシーンと倒れ込んだ。


「ごめんなさいね。私のタイプじゃないのよ貴方」



「うわぁ痛そー顔赤くなってますよ……ところでルーチェ様。この人ルーチェ様の名前言ってましたけど知り合いですか?」


「そういえば……言ってたわね……うーん誰だろう。知らないわ舞踏会でこんな180センチ超えの大男いたら記憶に残るだろうし……この男の馬鹿そうな言動にも心あたりないし。まあいーわ帰りましょう」




「ところで、ルーチェ様はどういう男の人がタイプなんですか?」


「えっ……うーん。そうねぇ優しいだけの男は嫌ね……えーと……どうなんだろう。えり好みできるほどの人間じゃないわ私」



「分からないんですね」

「そうねぇ。メルシィはどうなの?」


「私は優しくて、ご飯をおごってくれる男の人がいいです」


 捨てられた犬の感想かっ!

 危ういなぁ。ご飯について行って、そのまま真夜中のメインディッシュにされるわよ逆に



「もうちょっと、中身を見て決めた方がいいわよメルシィ。」

「そうですか?」


「そーよさっきの男はどう? ご飯おごってくれる流れだったけど」

「アレは私も嫌です」



 ご愁傷様。

 こんなやりとりをしながら帰路についた。



 次の日のことだ。

 川でいつものように魚を取り遺跡に行く途中、私達は急に黒装束の男達に取り囲まれた。


 黒装束の連中は円陣を組むように、私達を囲み逃げ道が塞がれた。


 街の外れとはいえ白昼堂々と剣を構え女2人を囲むとは……いい趣味してるじゃない。それに、どこに隠れていたんだまったく気づけなかったわ。


「なっ……何ですか貴方達はっ!?」



「あらデートのお誘いかしら? こちらはこんな大人数に招待状を出した覚えもないのだけど」




「来てもらおうか伯爵令嬢ルーチェ。聞きたいことがある」


 このっ……反応くらいしなさいよ。私の魔法は魔力は強いのだけど総量が非常に少ないのだ。だから魚取りでほぼ使い切って残りは絞りカス同然の残量。


 それに魔力を使いきると疲れが一気にくるのよねぇ……正直まいったな。





「まどろっこしいわねぇ。聞きたいことならこの場で聞きなさいよ」


「父親の研究について、知ってることを教えもらおうか」


「アホか! 私が知りたいくらいだっての! 家も焼かれるわいきなり襲撃を受けるわで散々よ!逆に貴方達が知ってることを全部教えなさいよ! 何? 王の刺客なの貴方達は? てか屋敷の諸々の賠償金払いなさいよこのアホー!」



「答えるつもりがないなら、口を封じろとのことだ」



 くぅうううう〜ダメだコイツら。話を聞いてくれません! それに、何で私が全部知ってる前提なのよ!



 私とメルシィは、抜剣した黒装束に少しずつ範囲を狭められていった。


 やるしかないわね。


 無詠唱で私はファイアウォールを放った。

 


 炎の尻尾とでも言うべきか。縦に半円を描いたような3つの大きな炎が一瞬出て、黒装束の半分くらいは驚きひっくり返った。


「逃げるわよメルシィ」


「い、急ぎましょう」



 はぁ……はぁ……魔力を使い切ったからか死ぬほど走るのがキツイ。やばい意識が朦朧としてきた。


「ルーチェ様!? 顔が青いですよ」


 揃えていた私の逃げ足が止まったとこで、メルシィは私の方を振り向いた。大丈夫? と言いたいのは分かるけど、体力と精神力が限界だ。


「はぁ……ダメねもう先に行って」


「嫌です! 私はルーチェ様にお仕えするっ決めてるんです」


「状況ぐらい分かるでしょう。下手したら殺されるわよ貴方も!」


「それも嫌です! でも一緒にいるくらいは出来ますよ私にだって! 私はルーチェ様みたいに男をバッタバッタ倒す蹴りとかドガーンて感じの魔法も使えないけど、一緒にいることはできますもん」



 おいおい……人を暴力装置みたいに言わないで欲しいわね。バッタバッタとは倒したことないわよ、さすがの私も。


 あーあこんなことしてる間に、もう追いつかれちゃった……。


「観念しろ!」



 半ば諦めの境地にいる私と、寄りそうメルシィに今正に凶刃が振られようとしている。


 クロエ姉さんなら、こんな時どうしたんだろうか。

 あの人ならこんな事態にならないように、事前に根回しして自分の思うように回りを引き込むんだろうな。


 正に悪役令嬢とでも言うべきか。


 あの人のような人心掌握術と、多方面に融通の利くコネクションが私にもあれば、こんなことにはならなかったかもしれない。


 欲しい。

 大切な人を守れるだけの、圧倒的権力とコネクションが!


「ぐぁっ!」

「てぇっ!」


 小さい悲鳴が二つ聞こえた。

 路傍に転がる小石二つを見た。

 目の前に、黒装束の男二人が倒れている。

 膝ついたまま後ろを私は振り返った。

 


「待たせたな、正義の味方参上だ」



 笑ってしまいそうな歯が浮くセリフを真顔で言い、ウェイクは高所から飛び降りた。


 って何で助けてくれるんだろう。

 私達の置かれている、状況が分かっているんだろうか見りゃ分かるよね。だいたい私は昨日蹴りかましてやったのよ!?


「お前も仲間か?」




「言ったろ俺は正義の味方だ。そして美人の味方だ。おらよっ!」



 と言いウェイクは、大きめの袋から白い粉を派手に空中にばら撒いた。白い粉はもくもくと広がっていき、敵も私達も煙に包まれ咳混んだ。



「ちょっと貴方何よこれゴホゴホッ。やばい薬か何かじゃないでしょうね!?」



「ただの小麦粉だよ。さぁ今の内に逃げよーぜ」


「何で加担するのよ」



 何で満面の笑みなんだろう、この男は。

 私に心配されまいとしてるのかな、もしかして。



「俺が好き勝手にやってることだ。誰にも文句は言わせねー!」



 今度は怒り出した。

 もう何なの。


「こほっこほっ……いいからこの場は離れましょうよ」



 大人しくメルシィの意見に従い、不本意ながら私はウェイクにおぶさる形で逃亡を続けている。私をおぶってるのに全くスピードが緩む気配がない。




「ねえ単刀直入に聞くけどさ、貴方さ私の知り合いなの?」


「聞きたい? ねえ聞きたい? 」



 質問を質問で返さないで欲しいわね。


「はいはい! 私聞きたいです」




「よろしい。では聞かせてしんぜよう」



 いちいちもったいぶるわね。




「俺は昔さ。ルーチェによく屋敷によく招かれたんだ」



「ごめんなさい。覚えてないわ」



「子どもの頃の話だったからな。俺は良くルーチェと遊ぶ輪の中にいるただの一人だった。お前が男装をしてたのは良く覚えてる」


「ある日俺はお前の家に遊びに行ったら留守でよ。帰ろうとしたら、姉ちゃんに急に誘われてよ」



「姉さんが何で?」


「妹のことで話あるからちょっと付き合って。と言われてよ。お前が俺に実は気があるとか、聞かされるのかと思ってワクワクしたんだ」



「ごめんなさい。それはないわ」



「当時の俺のトキメキを秒殺で否定しないでくれよ…でな崖に登ろうとか言われて、風景を見てたらよ崖が崩れたんだ」



 あぁっ……!? 思い出したわ。

 どうして私はこんな強烈な出来事を、ウェイクの存在を忘れてしまっていたのだろう?



「崖が崩れて貴方が片手で支えていたら。笑いながら姉さんが貴方の手を踏み付けた……って話よね」




「それで俺は地面に墜落。文句を言いたかったがお前の家と、背景のない俺じゃ文句の言いようもなかった」



「姉さんの異常性を貴方から聞いて分かったのよ。人が苦しむ姿を見るのが大好きだってね」



「お前は良く俺の家に来て、魔法で治療してくれたじゃんか。そっから疎遠になっちまったけど、また会えて嬉しいぜ」


「姉さんに会いに行こう。事情は全部説明するけど、あの人なら知ってる気がするの。協力してくれるかな」


「もちろんだ。全力で俺を頼っていいんだぜ」


「苦笑いです。粉まみれで言っても説得力ありませんね」



 きっとクロエ姉さんに会えば、疑問は解けるハズだ。

閲覧いただきありがとうございます。

1コ悪役令嬢ものをやりたかったので、即興で作りました。

ご意見、感想などもらえたら作者は狂喜乱舞して喜びます。

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