第一章ジャンヌ・ザ・ライトニング 2
表があれば裏もある。隠された裏をめくりたくなるのは人としての本能。
それは日本では古くから親しまれていた。相手の裏を晒すべく、己の魂を賭けてぶつかり合う熱き戦い。
それすなわち、メンコである。
かつてあらゆる人間を熱狂の渦へと巻き込んだ戦いが、更なる進化を遂げて現代に蘇った。新たな技術、新たなルール、新たな世代。そして変わらぬ熱い戦いを引っさげた、新世代スタイルのメンコバトル。
それがメンスマッシュ!
「ついにこの日が来ちまったな、タイキ。そろそろ決着をつけようぜ」
「望むところだヤスト! だが俺は負けられない。お前に勝つ!」
金畑小学校五年四組の教室は朝から騒然としていた。教室の中央に二人の少年が対峙して睨み合い、クラスメイトはに人垣を作って見守る。
「メンスマッシュ・セットアップ!」
二人は掛け声と共に、腕に装着したメンスマッシュバトル用テクニカルグローブ、通称メングローブに己のメンコンをセットした。メングローブが空中に投影するホログラムディスプレイに『ローディング』の文字が流れる。
メンスマッシュの戦士、メンカーの魂そのものと言っても過言ではないメンコンは、メンカーのバトルスタイルや好みによって様々な形態をとる。主に三つのフレームに分かれていて、自由にパーツを組み替えてカスタマイズすることができる。
中央にある美麗なイラストが描かれたチップはメンブレムフレーム。メンコンのシンボルパーツで、相棒となるメンモンスター、メンモンのイラストがプリントされている。
メンスマッシュの世界は五つの世界に分かれている。機面界メカロポリス・スクエア、傑面界ヒーロー・サークル、獣面界ビストル・ファン、超面界スピナル・トライ、怪面界コズミック・スター。それぞれは共存し、協力し、対立し、対抗し合う。
ある時、どの世界とも異なる六つ目の世界が発見された。どこの所属でもないその世界は、白面界ブランクと名付けられた。現地では地球と呼ばれているその世界を侵略、あるいは守護するため、各世界のメンモンたちは集った。メンコンというガジェットに宿り、メンカーと呼ばれる戦士と共闘、もしくは利用することで使命を果たすのだ。
という設定がある。
タイキのメンコンは傑面界ヒーロー・サークルからやってきた武人、オーダー・ノブナガー。かつて天下統一を成し遂げたその剣で、今度はブランクの天下を獲らんとする。
メンモンが所属する世界によって、メンコンの基礎であるメインフレームが決定する。円形や四角形など様々な形があり、メンカーは実用性を重視するか、気に入ったメンモンへの愛を貫くか、葛藤を起こすこともしばしば。
メインフレームの性能を補強、強化するパーツがオプションフレーム。メンコンを重くしたり大きさを変えたり、メンカーの理想により近づけることができる。どんな改造を施すかによって勝敗がガラリと変わることもある。
「行くぜ、オーダー・ノブナガー!」
セットされたメンコンのデータをグローブが読み取る。すると、タイキの手にメンコンが現れた。実物のメンコンを忠実に再現した拡張現実で、これを使ってバトルを行う。
また、本体だけでなくメンモンも立体映像として投影される。タイキの頭上に勇猛なる武将の映像が浮かび上がった。戦国時代の武士のような格好のオーダー・ノブナガーが刀を抜き、来る戦いに備え黙して待つ。だが天井が低く、頭がめり込んでいた。
「燃やすぜ、バーン・ライオン!」
対するヤストが握るのは、獣面界ビストル・ファンから放たれた猛獣、バーン・ライオン。燃え盛る炎のたてがみは立体映像といえども、見る者に熱さを錯覚させる。
「スカーアウト・ルール!」
「ワンポイント・バトル!」
二人が手を突き合わせると、教室の中心に赤いサークル状の陣が形成された。
フィールドに向かって同時にメンコンを投げ入れ、相手を裏返しか場外にリングアウトすれば勝利となる。かつて紙のメンコの時代、このルールは、『すか出し』と呼ばれていた。
バトルの準備は整った。緊張感に周りのギャラリーも固唾を呑んで見守る。
タイキは兄にもらったキャップを深く被り直す。ワールド・メンスマッシュ・カップ公式ロゴの入った限定品で、負けられない戦いにはこれを被って気合を入れる。
ヤストは肥えた腹をバシンと叩いて気合を入れる。お好み焼き屋の息子である彼は表裏の真髄を独自の視点で追及する。
「スリー、ツー、ワン……」
「ゴー・スマッシュ!」
鬨の声と共にメンコンが放たれた。渾身を込めた一投はフィールド内でぶつかり合って火花を散らす。
その上空では武人と獅子の食らい合いが繰り広げられた。
「ノブナガー、そこだ!」
熟練の白刃が猛る獅子の首を刎ねようときらめく。
「甘いぜ! 押し返せ!」
鋼をも砕く鋭い爪が凶刃を受け止めた。そして、たてがみの炎が勢いを増し、敵を焼き尽くす烈火となってオーダー・ノブナガーに迫る。それを間一髪、身を捻らせることで回避した。
その一撃、その一発が必殺の威力を持つ。メンモンたちの血湧き肉躍る、臨場感あふれる戦いの様子は見ているギャラリーをも魅了する。
「うおおおお!」
「そこだああ!」
ここは今、この時において学校ではない。熱き戦士の魂がぶつかり合うコロシアムだ。メンコン同士が打ち合うたびに歓声が上がる。戦いは苛烈を極め、体力と気力の消耗に比例して熱狂のボルテージが上昇していった。
未だにリングアウトも裏返しもない。だがタイキもヤストもギャラリーも、理解している。決着の時は近いと。
「次で決めてやるぜ。勝つのはオレだ!」
「残念だったな。お前が勝つことはない。なぜなら、俺の方が強いからだ! いくぞ、オーダー・ノブナガー!」
雌雄を決する、最後の激突。
その瞬間だった。
「何やってんのあんたらは!」
乱入者のミサイルドロップキックが対戦者二名を裏返しすることで、決着がついた。
ぶっ飛ばされて目を回すタイキとヤストに、続けて一喝する声。
「これから朝の会だってのに遊んでるんじゃないわよ! ほら、さっさと机を戻して!」
「委員長、せめてこの一戦だけは最後まで見せてくれ!」
クラスメイトの男子が必死に懇願する。
「あんたらも一緒になって見てんじゃないわよ!」
「うわあ、委員長がお怒りだあ!」
矛先が変わり、勇気ある男子は廊下へとリングアウトしていった。
その剣幕に、他の連中はそそくさと後片付けを始める。誰も望んであの蹴りを受けたくはないのだ。
「いやあ、満心天は真面目だな。少しくらい朝の会が遅れても、先生はいいんだぞ?」
「あんたは真っ先に止めんかい!」
担任の先生相手にすら恐れることなく、ローリングソバットを叩き込む。五年四組において、委員長と呼ばれるこの少女こそが頂点なのだ。
「ラン、てめぇ、何しやがるんだ!」
「目が回るぅ……」
タイキとヤストが呻きながら抗議した。
満心天ラン。つり上がった目はたとえ先生が相手でも臆することのない、鋭い輝きを放つ。栗色の長い髪は青いリボンで結んでまとめ、ポニーテールにしている。チェックのシャツに膝下までのスカートは、派手さはないが動きやすさを優先し、可愛さを両立させたギリギリの妥協点を取っていた。
「ほら、早く立ちなさい」
ランは幼馴染の二人に手を差し伸べた。鬼の委員長と恐れられる一方、聖母のような慈愛の笑顔を向けることもある彼女は、クラス中から支持を得る、名実ともにクラスの委員長だった。
『ノーコンテスト』の映像が流れ、一緒に消えていく武人と獅子の顔は悲しげに見えた。