隠し階段とロストメダル
「ここが最下層か」
グレンはつぶやいた。
「リアのおかげで簡単だな」
「楽しすぎー」
と言いつつリアはうれしそうに彼の頬をつんつんと指でつつく。
彼女もまた迷宮探索を楽しんでいるのは明らかだった。
「最下層にはボスが出てくるんじゃないのか?」
何も出ないとグレンは周囲を見回す。
「そりゃ未踏破迷宮の場合でしょ。こんなところ、それもせいぜい十階層くらいしかない迷宮が未踏破なわけないじゃん」
リアの説明に彼は納得した。
「残念だな。早めにボス戦をこなしておきたかったんだが」
経験を積みたかったと彼が嘆くと、
「私より強いボスなんて生き残ってないからあんまり意味ないわよ」
とリアが答える。
修行でさんざん手合わせしたので、今さら弱い存在と戦ってどうするというのが彼女の言い分だった。
「そりゃそうだろ。神霊より強い迷宮ボスがいてたまるか」
グレンはすかさず切り返し、一人と一柱で笑う。
「仕方ない。帰るとするか」
帰ればリーエたち三人組からお礼をもらおうとグレンは踵を返す。
ところがリアはそれに続かず、奇妙な顔をしてある方角を指さした。
「ねえ、マスター。あそこに隠し通路があるみたいよ?」
「えっ」
グレンは驚いたが、リアが言った場所に手を差し出してみるとカチッと機械的な音が聞こえ、隠し通路が現れる。
「単なる通路ならともかく、スイッチは見落とすよなぁ。ましてや街近くのダンジョンだしなあ」
製作者は絶対性格が悪いなとグレンは思った。
「行ってみる?」
「うん。何があるのか楽しみだな」
彼がニコニコするとリアは冷や水を浴びせる。
「こういう場合たいていはつまらないものよ?」
「だろうなあ。でも行く」
グレンは即答した。
誰かが先に見つけている可能性があることくらい彼だって気づいている。
それでも行くのは単純な好奇心だった。
階段を下りていった先に待ちかまえていた黒いドアを開けると、小さな箱がある。
「罠かな?」
「罠の気配なんてないわよ。だからドアを開けるのも止めなかったでしょ」
リアがつまらない顔をして肩をすくめた。
「頼りになる相棒様で助かるぜ」
「私が満足できる魔力をたっぷりもらってるからね」
礼を言うグレンにニコリと笑う。
グレンはうなずき返して箱を開けた。
中には八つ枝分かれしているが葉がない樹が描かれた金貨が落ちている。
「へえー、これってここにあったんだ!」
反応したのはリアだった。
「知ってるのか、リア?」
「ええ。今風に言うなら『ロストメダル』かしらね。持っておくといいことあるわよ! 絶対に手放しちゃダメ」
リアは力強く主張する。
「リアがそう言うなら大切にしておこうか」
グレンは『ロストメダル』について知らなかったが、彼女を信じた。
「他に何もないなら帰ろうかな」
「『ロストメダル』が最大の収穫でしょ。売る相手を間違えなかったら金貨十枚は固いわよ」
リアの発言に彼はギョッとする。
「金貨十枚!?」
(つまり十億円相当の価値があるってことか?)
グレンはにわかには信じられずもう一度金貨を見た。
「金に困ったらしかるべきところに売ればいいわけか」
「それを正しく活用したら手に入るお金は二ケタくらい増えるはずだけどね」
リアはさらりと言ったのでグレンはあやうく流すところだった。
(そんなすごいもんなのか。これ単体じゃ意味ないってことらしいが)
せっかくだから大切に保管しようと決める。
「リアは幸運の女神みたいだな」
「私は風の神霊よ。あんなお気楽娘といっしょにしないで」
グレンは褒めたつもりだったが、リアは気に入らなかったらしくそっぽを向く。
まるで幸運の女神と知り合いみたいな反応だなと彼は思ったものの、リアならば知り合いでも不思議ではない。
そう気づいたグレンは話を変える。
「俺はこのまま地上に出るけど、どこまでついてくる?」
「地上に戻ったところで帰るわよ。私の姿を見られるのはマスターにとってリスキーなのよ?」
「見合ったリターンを期待してるんで大丈夫だ」
心配するリアにグレンはイイ笑顔を返す。
「なるほどね」
風の神霊を使役しているというインパクトは絶大だと推測できる。
それを利用してやろうとグレンの腹積もりがあるなら、リアはかまわないと判断した。
「じゃあ行くわよ、リターン」
リアが自分の魔力でグレンを迷宮の入り口まで飛ばす。
行ったことがある地点に移動できる魔法だった。
「じゃあねー」
リアは手を振って姿を消すが、彼女がかけた魔法の効果はまだ残っているのでグレンは街までダッシュする。
冒険者ギルドまで戻ってくると、ばったりリーエたちと遭遇した。
「えっ!? もう戻ってきたの!?」
とエーファが緑色の瞳を丸くする。
「グレンさん、今日冒険者になったんだったら脱出用アイテムを持ってないと思ったんですが……持っていらっしゃったんですか?」
リーエが怪訝そうに聞いてきた。
なぜ驚かれたのか理解したグレンは正直に答える。
「精霊の魔法に同じような効果なものがあるんだよ」
彼女たちにリアの姿は見られている。
そう言えば三人は納得したようだった。
「そうなんですね!」
「いや、でもそれは簡単な魔法じゃないので、やっぱりグレンさんの実力が抜きんでてるって証拠よ」
ジーナが仲間たちに説明し、うっとりした視線をグレンに向ける。
英雄にあこがれている乙女のような顔つきだった。
女性に免疫のないグレンはたじろいたものの、すぐに自分に言い聞かせる。
(この様子だったらたぶん秘密は守ってくれるよな)
そう考えれば悪いことではない。
「あんまり言いふらさないでくれよ」
「分かっています」
リーエがウィンクしながら答えた。
「もっともすごすぎるので信じてもらえないかも?」
エーファがそう言うとジーナがうなずく。
「どれだけ話を盛ったの? なんて言われちゃいそう。全部本当なのにね」
想像しただけで腹が立ったらしく、ジーナは頬をふくらませる。
「ははは……」
そこまでだとはグレンは予想していなかったので軽く冷や汗をかいた。
「ところでお礼なのですが、銀貨百枚でいかがでしょう? 命を救っていただいたのに心苦しいのですが、これが精いっぱいでして」
リーエが申し訳なさそうに差し出す革袋をグレンは受け取らない。
「いえ。それより冒険者としての知識や経験を俺に教えてくれませんか?」
「え、それでいいんですか?」
三人は驚いたようだった。
彼女たちにとって高い価値があるとは思えなかったらしい。
「あなたがたが数年かけて得たものをただで教わるわけです。しかも時間もかかりますよね。すごい対価だと思うんですよ。取りすぎじゃないかな?」
グレンが説明すると少女たちはうなずいた。
「理解できました。私たちはかまいません。あのままだと死んでいたのですから」
とリーエが言う。
「私たちは冒険者になって二年程度なので、あまりお役にたてないかもしれませんが」
ジーナがそう話し、エーファがこくこくと首を縦に振る。
「ところで三人のランクは?」
グレンが聞く。
「Dランクです。だからグレンさんは受けられるランクが下がってしまいますが」
リーエの申し訳なさそうな言葉に彼は気にするなと笑う。
「別にいいよ。これからよろしくです」
「こちらこそ」
四人は握手し、グレンは『ロングアイランドホワイト』に加入した。