迷宮探索を開始する
星キノコはダンジョン一階の奥に生えていた。
「Cランク相当だからもうちょっと難しいと思ったんだが」
グレンは首をかしげる。
「需要の高いものはランクがあがっても依頼が来るんじゃない?」
リアの言葉にそうかもなとうなずく。
「どうする? 帰るの?」
リアに聞かれてグレンは首を横に振る。
「どうせだから奥まで探検したいよ。リアと一緒なら楽勝だろ?」
「んー、このダンジョン、何か覚えがあるのよねえ」
彼の楽観的な言葉に神霊はうなずかず、腕を組みながら首をかしげた。
「リアが覚えてる?」
グレンは意外さで眉を動かす。
リアは神霊らしく大したことない事象はすぐ忘れるし、けっこう大ざっぱだ。
寿命も精神性も人とは圧倒的に違うのだから当然なのだが、そんな彼女が覚えているということはそれだけの何かがあるという意味になる。
「念のため気を引き締めていこうか」
真剣な顔になったグレンにリアは、
「まあ思い出せないあたり私の手に負えないレベルじゃないってことだろうから、いざという時は守ってあげる」
なんて言って笑いかけた。
「そりゃリアの手に負えない事態ってこの世界存亡の危機だろ」
グレンは苦笑する。
「要するに心配しすぎなくても大丈夫ってことなんだろうけどさ」
「わかってるならいいじゃない」
リアは彼のほっぺをつつき、彼は彼女の髪をなでた。
彼らなりのスキンシップである。
「じゃあ下の階層に行ってみよう」
「お宝が見つかればいいわね。可能性は低いでしょうけど」
「頼りにしてるよ、風の神霊様」
とグレンが言ったのはリアなら探知にも長けているからだった。
「私に頼りすぎないほうがいいって言ってるのになぁ」
と彼女は答えながらも拒否せず能力を行使する。
初めての契約者に甘い神霊だった。
下に下に降りていくと少しずつ寒くなってくる。
「寒くなってきたな。火の精霊でも呼ぼうかな」
「いらないでしょ。シルフィリア・ブレス」
グレンの独り言にリアは反応し、自分の加護を発動させた。
「おお、一気に快適になった。さすがリアだ。ありがとう」
「どういたしまして」
無邪気に喜ぶ少年にリアは満足して微笑む。
そのまま歩いていると、リアの探知に引っかかるものがあった。
「マスター、人が倒れてるわよ」
「三人組だな。近くにモンスターはいないようだけどすぐに助けに行こう」
グレンの即決にリアは何も言わなかった。
彼が駆け出すと同時にシルフィリア・ブレスの加護が発動し、疾風のごときスピードになる。
あっという間に目的ポイントに到達し、三人の少女を発見した。
年齢はグレンより少し上くらいで服装からして格闘家、神官、魔法使いだろう。
「大丈夫ですか?」
彼が声をかけると壁にもたれかかっていた神官が口を開く。
「遅効性、の毒に、やられ、て……」
話し方がたどたどしく、危険ラインに到達しているとグレンは判断した。
残り二人はちらりとこちらを見るのが精いっぱいである。
(毒を食らった順なのか、それとも耐性の差か?)
「リア」
「ディバイン・キュア」
リアの回復魔法が発動し、三人の少女を白い光が包み込む。
ディバイン・キュアはあらゆる状態異常を治せる神域の魔法だが、神霊のリアが使えるのは当然だった。
「これで治ったはずだが」
「毒は消えてもダメージは消えないわよ? ディバイン・オールもかけておく?」
さらりとリアが聞くが、グレンは首を横に振る。
彼は神官の少女と会話するほうを選ぶ。
「えっと回復ポーションのたぐいはまだありますか?」
「ええ。ありがとうございます」
神官の少女は微笑んで答え、ポーチからポーションを取り出して飲む。
長い金髪と青い瞳が印象的な美しい少女だった。
彼女は立ち上がってまだ動けない二人の仲間たちにそれぞれポーションを飲ませる。
「相手が男だったら手伝えたんだが」
「気にしすぎじゃない?」
グレンのつぶやきを拾ったリアが応じる。
彼は黙って肩をすくめて様子を見守った。
三人は起き上がるとグレンに向きなおってぺこりと頭を下げる。
「危ういところを助けていただき、どうもありがとうございました」
神官の少女が改めて彼に礼を言う。
「私はリーエ。こっちが魔法使いのジーナと武術家のエーファです。三人で『ロングアイランドホワイト』というパーティーを組んでいます」
「は、はあ」
グレンは『ロングアイランドホワイト』という名前のインパクトに吹き出さないだけで精いっぱいだった。
「お名前をうかがってもよいでしょうか?」
「グレンっていいます。今日から冒険者になったところでして」
「え!? あんなにすごいのに!?」
ジーナが叫ぶ。
魔法使いだからこそグレンのすごさを感覚的に理解できていた。
「すごすぎて何が何だかわかんなかったけど、やっぱりすごいよね」
とエーファが言う。
「おそらく相当高位の精霊ですよね」
リーエがちらりとリアを見ながら聞いてくる。
グレンはあいまいな笑みで受け流し、
「助けたお礼と言っては何ですが、このことは秘密にしてくださいね」
知られたら面倒だからとグレンが思うながら頼む。
「知られてもよいのでは? あなたは素晴らしい人だといろんな人に知ってもらいたいくらいです」
ジーナが不思議そうに言った。
「人にはそれぞれ事情があるのよ」
それをリーエがたしなめる。
神官の彼女がリーダーのようだった。
「ぜひお礼をさせていただきたいのですが、なにせ今は迷宮探索中ですので後日改めてでもいいでしょうか?」
リーエが申し訳なさそうに確認してくる。
「ええ、いいですよ」
「えー、マスター無欲ね」
グレンの返事にリアが不服そうな声を出す。
「三人ともきれいな女の子なんだし、体で奉仕して返せーって要求してもいいんじゃない?」
リアの発言に三人の少女は当然ドン引きだった。
「お前って精霊のくせに俗物で、しかもおやじくさいよな」
グレンが冷ややかに言うと、
「ひど!? おやじくさいはひどいわよ! あんまりよ!」
リアは涙目になって抗議する。
「あんまりな発言を先にしたのはお前だろうが」
神霊の威厳がカケラもない彼女にグレンは遠慮なくツッコミを返した。
「な、仲いいんですね?」
リーエがびっくりしたようにグレンを見る。
「まあ何年かのつき合いだし。七年半くらい?」
「えっ? そんなに前から!?」
何気なく言ったつもりだったが、リーエたちに新しい驚愕を提供することになった。
「グレンさんって本当にすごいんですね」
三人の反応を見てやばいと感じたグレンは、やや早口に言う。
「今はモンスターがいないみたいだし、早めに帰還したほうがいいんじゃないかな?」
「そ、そうですね。そうします」
リーエはハッと我に返り、もう一度ぺこりと頭を下げる。
そしてポーチから小さな緑色の鱗を取り出す。
(『迷宮蛇の鱗』か)
迷宮内のみで使える脱出用のアイテムだった。
「では先に失礼しますね」
三人の姿が消えたところでグレンはふーと息を吐き出す。
「よし、続きだ」
「ええ」
彼らは再度迷宮の下にもぐっていく