子爵領の冒険者ギルド
「本当は見送りたいんだけど」
と残念がるフェニアに手を振って別れを告げ、グレンは冒険者ギルドに足を向ける。
ギルドは街の中心にあり、北部に位置するレード子爵邸からそれなりに歩く必要があった。
(召喚魔法で騎獣を呼べたら楽なんだが、原則として都市内部で召喚魔法は禁止なんだっけ)
面倒なルールだが禁止しておかないとトラブルが起こったり、トラブルが深刻化したりしそうだ。
(冒険者って荒れくれ者が多いらしいからなぁ)
絡まれたら面倒だなと思いながらドアを開く。
「こんにちはー」
受付嬢たちが魅力的な営業スマイルでグレンを迎え入れる。
「冒険者登録に来ました。これ推薦状です」
彼が提出した紙を見て栗色の髪を持つ受付嬢の顔色が変わった。
「Cランクの推薦状……それも領主様から。すごい」
「え、推薦状? すごい」
受付嬢たちの間で一気に話題になる。
彼女たちの反応を見て、ギルド内にいた冒険者たちも興味を持った。
「推薦状持ち? あんなガキが?」
怪訝そうな反応が多いのは仕方ないだろう。
グレンの外見は中の上がせいぜいの華奢な少年でしかないからだ。
「召喚魔法使いですか。強い人は強いので重宝されますよね」
「ではCランクカードを発行しますね。少々お待ちください」
グレンはぼーっと突っ立ったまま待つ。
その間受付嬢や冒険者たちの好奇心まじりの視線を浴びせられるが、気にしていなかった。
(Cランクかぁ。何を受けようかなぁ? それとも今日は宿屋探しだけして何もしないってのもアリかなぁ?)
と考える。
何しろ彼は銀貨七百枚も持っているのだから、必死に日銭を稼ぐ必要はない。
(だいたい年収の三倍くらいになるはずだからな。単純計算だと三年は働かなくてもいいわけだ)
とは思ってもじゃあゴロゴロ過ごすつもりもなかった。
(せっかくの異世界なんだ。迷宮でももぐってみたいよな)
観光やゲームに近い感覚である。
そしてお金も稼ごうというよいプランだった……本人の中では。
「お待たせしました。グレンさん、Cランクのカードです」
受付嬢が青いカードを出してくれたので受け取りながら彼は質問した。
「ギルド直営の宿屋がいいと聞いたのですが」
目下のところ一番大切な点である。
「はい、こちらで手続き可能です。ただ、あいてる部屋は二人用のみでして、相部屋をお願いすることになりますが」
「大丈夫です」
グレンは即答した。
(相部屋かあ、友達ができたらいいな!)
前向きなことを考えて承知する。
「ギルドを出てすぐ右の茶色い壁の建物の三階が宿です。お部屋を見られますか? それともまずは依頼を受けられますか?」
と栗色の髪の受付嬢に問いかけられ、グレンは二秒悩んでから答えた。
「依頼を受けます。どんな内容がありますか?」
「Cランクですと最寄りの迷宮にもぐって星キノコを三本とってくる依頼がありますね。冒険者として初めての依頼に向いているものかと思います」
栗色の髪の受付嬢はそう話す。
グレンが冒険者になりたてだとオレリーは推薦状に書いてくれ、彼女は配慮してくれたらしい。
「星キノコ?」
グレンの知識にはないものだったで聞くしかなかった。
「ああ、こういう形をしています」
栗色の髪の受付嬢は慣れた様子で図鑑をカウンターから取り出してページを開き、彼の前に差し出す。
「この上が青くてこのような形になっているものです」
と言われてみると「☆」の形だったので納得する。
(わかりやすくてありがたいが、こっちでもこれは星と呼ぶのか?)
疑問に感じて内心首をかしげたが、考えてもわからないとすぐにあきらめた。
「ダンジョンはどっちですか?」
「ギルドを出て右に曲がってまっすぐに進んでください。街を出ると左に向かっていただければ入り口が見えてくるでしょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ていねいな説明にグレンが礼を言うと、華やかな笑顔が返ってくる。
彼が出ていけば受付嬢たちの間ですぐにうわさになった。
「感じのいい子ね」
「いきなりCランクの推薦状を持ってる有望な逸材。期待できるかしら」
「平民なのよね? なのに領主様に推薦されるなんてどれだけすごいのかしらね」
彼女たちは例外なくグレンに好意を持ったのである。
その分彼女たちの態度を見ていた一部の男性冒険者が、グレンを面白くないと思った。
早い話がやっかみである。
受付嬢たちの間でうわさになるのはともかく、そのせいでいらぬやっかみを買ったとまでは知らないグレンは、街の外に出た段階で大きく背伸びをした。
「さて、外に出たんだし乗り物に乗っていいだろう」
彼はシュトラウスを選択する。
(無駄に不安を煽らないというのも大事だろう)
ただでさえドラゴンを呼んだ波紋がこれから来るかもしれないのだ。
できるだけ自重はしようと彼なりに思う。
「頼むぞ、シュトラウス」
背中に乗って彼が話しかけると、「シェー」と鳴いて答えてシュトラウスは駆け出す。
あっという間にたどり着いた迷宮の入り口はまるで地下鉄の入り口のようだった。
(何というか簡素だなぁ……難しい迷宮には強力なモンスターがいるから、出入り管理が厳重だと聞いたんだが)
適当で街から遠く離れていないあたり、そこまで手強いモンスターはいないのだろうとグレンは推測する。
(素材が生まれては回収する、畑の亜種みたいなものだったりしてな)
と考えたところでそのシュールさに苦笑してしまった。
ただそう考えたほうが気が楽になるのは否定できない。
「エンラ・シルフィリア」
グレンは近くに誰もいないのをいいことに、久々にシルフィリアを召喚する。
「あら、どうかした?」
相変わらず美しい少女の彼女は何事かと首をかしげた。
「たまにはリアの顔を見ておきたくね」
グレンはそう言って笑う。
「ふーん、殊勝な心がけじゃない」
悠久の歳月を生きるリアは簡単に照れたりはしない。
満足そうな笑みを返すのみだが、彼にとっては充分だった。
「今日は簡単な採取依頼だからデート感覚でいいかもね」
「いいわよ、つき合ってあげる」
リアはくすっと声を立てて言う。
観光気分そしてデート気分でグレンは最初の迷宮へと入っていく。