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Cランクの推薦状

 当然のごとく屋敷の庭に出る。

 万が一を考えれば屋内で召喚魔法を使われるわけにはいかないという気持ちは、グレンにもよく理解できた。


 庭はやはりグレンの実家よりも倍は広く手入れがよく行き届いている。


「では見せてもらおうか? 君の実力を」


 オレリーができの悪い教え子に接するような態度で言った。

 

「はい。バルムンク」


 グレンは面倒になったので召喚手順をすっ飛ばす。


「えっ」


 という声があちらこちらから聞こえたが彼は気にしなかった。

 緑の鱗を持ったバルムンクは再び出現する。


「ひぃっっっ」


 メイドの一人が腰を抜かして座り込む。

 執事や兵士も真っ青になって冷や汗をダラダラと流す。


 オレリーも血の気が失せた顔をしながらごくりと生唾を飲み込む。 


「あ、さっきのドラゴンだ」


 と無邪気な声をあげたのはフェニアと、その横にいるソニアだけが平然としている。


「翼がない……たしか陸竜<ドレイク>という種類だったか。本物のドラゴンか?」


 オレリーが言う。

 

(さすが当主、陸竜<ドレイク>を知ってるんだ)


 聞いたグレンは感心したが、バルムンクが金色の瞳を彼に向ける。


「やっちゃう? 殺っちゃう?」


 という闘志にあふれていると彼には伝わった。


「バルムンクが暴れたらお屋敷が跡形も残らないと思うんですが……そうだ。空に向かって撃ってくれ。あ、エネルギー砲な」


 雲一つない青空が広がっているし、鳥が飛んでいる様子もない。

 そこに撃つなら大丈夫だろうとグレンは考えた。


 バルムンクは大きく口を開き、彼の意思に応える。


 巨大な緑色の柱が空に向かって放たれ、同時に激しく地面が揺れた。

 

「ひいいい」


 さっきまで何とか耐えていた使用人たちの何人かが気絶してしまう。


「な、なんて魔力……都市を国を滅ぼせそうな威力……」


 オレリーは茫然自失の一歩手前までなっていた。

 彼の常識と知識がバルムンクは本物のドラゴンだと告げている。


(でなければこの強大な魔力は説明がつかない)


 同時に今後どうするか、彼は必死になって考えなければならなかった。

 この強大な一撃は少なくとも近くの領主には感知されてしまうだろう。


「俺が本物の召喚魔法の使い手だと信じてもらえましたか?」


「あ、ああ」


 グレンに問われオレリーはびくりと体を震わせる。


「ところで君は何ともないのか……?」


「何がですか?」


 グレンは怪訝そうに聞き返す。

 

「ドラゴンを一日二度も召喚できるなんて、そんなの聞いたことがないんだが……」


「そう言われても俺は何ともないですよ」


 グレンはオレリーに答える。

 これは掛け値なしに本当のことだった。


(もしかしてシルフィリアの特訓のせいかなぁ)


 神クラスと言われる六大聖霊に鍛えられたおかげで、常人の領域を超えてしまったのだろうか。


 彼が不思議そうに首をひねると、その手をフェニアが握る。


「すごいよ、グレンお兄ちゃん! とってもカッコいい!」


「うん、バルムンクはカッコいいよね」


 わかってくれる子がいるのはうれしいと笑いかけると、彼女はぽかんとした。


「カッコいいのはグレンお兄ちゃんだよ?」


「えっ? 俺?」


 その発想はなかったとグレンは思う。


「うん、とってもカッコいい!」


 フェニアはキラキラした瞳を純粋に向けてくる。


「そ、そうかな」


 グレンは照れて目をそらしてしまった。


「本当にすごい! 素敵!」


 褒め殺しってこのことかなと彼は思う。

 フェニアは無邪気で他意は何もなさそうだからこそ、彼はそう感じた。


「たしかにすごい。認めるしかない」


 ようやく立ち直ったオレリーは言った。


「だが、残念ながら子爵家には置いておけぬ。力が強大すぎる」


「えー!?」


 フェニアは驚愕し、抗議の視線を伯父に浴びせるが、ソニアのほうはうなずいてそっと娘を抱き寄せる。


「グレンさんは子爵家におさまる方じゃないわ。きっと世界を救うような使命があるのよ」


「そっかぁ……」

 

 フェニアは少しさびしそうに、あきらめた顔になった。


(おや?)


 グレンは意外に思ったが口には出さない。

 そんな彼にオレリーが話しかける。


「冒険者登録したいんだったな」


「はい」


「Cランクの推薦状を用意しよう。それ以上だと信じてもらえずにかえって手間が増えるだろう。何度も審査されるのは君も好ましくないんじゃないか?」


 オレリーの言葉はもっともなのでグレンはうなずく。


(たしかに本当にドラゴン使役できんのかってあと何回もチェックされんのはいやだなあ)


 避けられるならそのほうがいいだろう。

 

「ご配慮いただきありがとうございます」


「何、妹と姪を助けてもらった礼と思えば安いものだ」


 グレンが礼を言えば鷹揚にオレリーは応じ、パンパンと手を叩く。


「そうそう、その報酬もきちんと払わなければな」


 使用人の一人が駆け出して行き、ほどなくして大きな革袋を持って戻ってくる。


「報酬は銀貨七百枚だ」


「ななひゃく……」


 グレンはさすがに呆気にとられた。


(だいたい七百万円くらいのはずだよな。日本円になおせば)


 一文無しで飛び出してきて、数時間で大金を手にするとは夢にも思わなかった。


「本来はもっと大金を払うべきかもしれんが……」


 オレリーはそう言ってじろりとソニアをにらむ。


「だからBランク冒険者数名か、Cランク冒険者をもっと雇えと言ったのだ。この地域が比較的安全だと言っても何が起こるのかわからないのだぞ」


 兄の叱責を彼女は目を伏せて受け止めた。

 

「ママは悪くないもん!」


 フェニアが母をかばうように彼女の前に立ち、両手を広げる。


「それだけ伯父さんはお前たちが心配だったのだ。それはわかってくれ」


 一転して優しい顔になり、オレリーはフェニアの髪を優しくなでた。

 

「うん」


 フェニアが納得したところで彼は再びグレンに向きなおる。


「あまり大金を持っていても悪目立ちするだろう。いろいろ便宜を図るということで許してもらいたい」


「いえ、充分ですよ」


 グレンは満足して答えた。


(銀貨七百枚は大金なんだが……)


 おそらくオレリーは本当に気づいていないのだろう。

 こういうところで彼らと自分との感覚の差を知ったグレンだった。

 

「じゃあこれから冒険者ギルドへ」


「待って、グレンさん。お宿はどうするの?」


 バルムンクを帰還させて立ち去ろうとしたグレンを、ソニアが呼び止める。


「何も決めてません」


 適当でいいだろうと彼は思ったのだ。

 

「それだったら冒険者ギルド直営の宿に泊まればいいわよ。ねえ兄上」


「そうだな。一筆つけたしておくか」


 そう言うとオレリーは執事が持ってきたペンをとり、差し出された紙にさらさらと書いていく。


「私の紹介状をまだ受け取ってなかっただろう。あわてると損が多いぞ」


 彼は苦笑しながら推薦状をグレンに差し出す。

 グレンはごまかすために頭をかいた。

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