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子爵家当主オレリー

「よかったら乗ってください。席は余ってるので」


 とソニアにすすめられたので、グレンはシュトラウスを帰還させて乗り込んだ。

 内部は立派で座布団が敷かれていてほとんど揺れない。


「馬車って揺れるものだと思ってたんだけど」


 グレンの言葉にフェニアが得意そうになって、


「パパの特注製なの。私とママのために用意してくれたのよ」


 と話す。

 父親の愛情を自慢する少女はとても可愛らしく、彼も笑顔になる。


「いい親父さんだね」


「街に着いたら会ってね!」


「え、いいよ。やめておくよ」


 フェニアの誘いにグレンは困惑した。

 大商会のトップなのだから会うメリットは大きいかもしれないが、彼は他にやりたいことがある。


「えーっ、お礼できないよ!?」


 フェニアがむーっとふくれる。


「そうですよ。何かお礼させてください」


 ソニアも必死な様子で頼み込む。

 グレンは断ろうとしてためらう。


(普通の人だったらともかく、大きな商会なんだよな。つまり金持ちなわけだ)


 それだったら遠慮なくもらってもいいんじゃないかと思ったのだ。

 今の彼にとって大金でも彼女たちにとっては一日のこづかい程度、なんてことはありえるのだから。


「わかりました。お礼されます」


 と答えると二人はいっせいに笑い出す。


「そんな言い方初めて聞いた。おかしな人ね、グレンお兄ちゃん」


「えっ、そうかなぁ?」


 グレンは首をかしげるが、それがまたツボにはまったらしくフェニアは大笑いした。


 

 馬車はやがて街に着いたがそのまま通過する。


「あれ? もしかして子爵様のお屋敷まで直行する?」


 いやな予感がしたグレンが聞いた。


「当然でしょ? 伯父様のおうちまで護衛してもらうんだから」


 フェニアが何を言ってるのかと不思議そうな顔をしながら答える。


(いきなり子爵家直行かあ……)


 グレンはなるようになれと腹をくくった。

 門の前で母娘と一緒に降りれば当然門番から変な目で見られる。


「おかえりなさいませソニア様、フェニア様。こちらの少年は?」


 警戒されるのもやむを得ないなと思いながらグレンは黙ったまま、彼女たちに任せた。


「冒険者見習いのグレン様よ。とっても強くて危ういところを助けていただいたの。兄上は?」


 ソニアがキリッとした顔でたずねる。


「お二人をお待ちで、お着き次第すぐにお通しするようにと仰せつかっております」


 四十歳くらいの年長の兵士が答えた。


「そう。せっかくだからこのグレンも兄上に紹介するわ。言伝をお願いね」


「はっ」


 門番はソニアの言葉に黙って一礼し、若い兵士が走って屋敷の中へ姿を消す。

 よそに嫁いだとは言え彼女の言葉は当主の妹として重みを持っているようだった。


(どう見ても『俺と同じ平民』には見えないぞ)


 とグレンは思う。

 指摘するのは野暮なので声には出さない。


「どうぞグレンさん、いらっしゃい」


 ソニアとフェニアに笑顔で手招きされ、グレンは素直に同行する。


(子爵家の当主と顔つなぎができるのはラッキーだもんな)


 いい方向に転がるとはかぎらないと冷静な自分が指摘しているが、家族以外の貴族の当主がどんなものか知っておくのもよいだろう。


 グレンはそう判断する。

 悲しいことに子爵家の屋敷は実家の二倍近くの広さがあるし、二階もあった。


(領地の面積が違えば税収も違うのかねえ)


 と興味深く思う。

 グレンが案内されたのは一階の執務室で、そこでソニアの兄で子爵家の当主がいる。


 金髪をオールバックにした美中年とでも評するべき男性だ。


「お久しぶりです、兄上」


「伯父さまー」


 礼儀正しいソニアにいかめしい顔でうなずき、無邪気に手をふったフェニアに満面の笑みを向ける。


(子煩悩。いや姪煩悩?)


 とグレンが思っていると青い瞳が刺さた。


「そちらの少年は? お前たちの恩人だと聞いたが」


「ええ。ブラックウルフの群れに囲まれて困っているところを、召喚魔法で助けてくださったんです」


「とってもカッコいいドラゴンだったよ!」


 ソニアとフェニアの証言に当主は顔をしかめる。


「ドラゴンだと? そんな馬鹿なことがあるか。ドラゴンを呼べるなんてその時点で伝説の英雄クラスではないか」


 彼の反応はもっともなのだろうなとグレンは思う。


(もうちょっと余裕がある状況だったら、もっと弱い幻獣にしたんだが)


 倒れている冒険者を早く治療しようと思えば、バルムンクを呼ぶのが堅実だったのだ。


「うそじゃないもん!」


 フェニアが涙目になって抗議すると、彼女の伯父は明らかにひるむ。

 よほど溺愛しているらしい。


「うそだとは言ってない。にわかには信じられないというだけで……そうだ。私の前で披露してくれないか? そうすれば真偽がわかるだろう」


 彼は名案だとばかりに手を叩き、グレンに提案してくる。


「かまいませんよ」


 彼は気安く引き受けた。


「えっ? あんなすごい幻獣を一日に二回も召喚できるのですか!?」


 ソニアが驚愕している。


「伯父様の意地悪って怒ろうと思ったんだけど、グレンお兄ちゃんできるんだ!?」


 フェニアも口に手を当てて叫ぶ。

 

(どうやら俺は意地悪をされていたらしい……)


 子爵家当主は妹と姪の反応に頬を引きつらせている。


「伯父様!?」


「……すまん、だが立場上確認せずにはいられんのだ」


 問い詰めるようなフェニアの声に、彼女の伯父は貴族家当主らしくない情けない顔と口調になった。


「俺は気にしてないよ。えーっと、ジース・フェニア?」


 ジースとは未婚の貴族の女性全般につける敬称である。


「私は平民だからミスでいいのに」


 フェニアは明朗に笑った。


(君の伯父さんが許さない気がしてね)


 という言葉をグレンは飲み込む。

 彼女と仲良さそうにしているというだけで、フェニアの伯父の機嫌は悪くなる。


 そもそもグレンの名前すら聞こうとしない。


(身分差を考えれば当然なんだが、妹と姪の恩人に対する態度じゃないんだよなぁ)


 姪可愛さあまりに貴族にあるまじき態度になっているなら、かなり残念な男である。


「ところで伯父様? いつになったら名乗りをはじめるの?」


 グレンがそう思っていたらフェニアが遠慮なく切り込んだ。

 やはり彼女は強いらしく、伯父は仕方なさそうにグレンに名乗る。


「レード家当主オレリーだ。君の名前を聞かせてもらおう」


「ファード家四男のグレンです。もっともすでに平民となった身ですが」


 グレンが名乗るとオレリーは眉を大きく動かした。

 まさか領地が隣接しているファード家の息子だとは思わなかったのだろう。


「ドラゴンを召喚できる息子を手放したのか、あの家は?」


 疑念が半分、あなどりに近い感情が半分といったところだろうか。


「男爵家の手に負えないといった主旨のことを言われました」


 グレンが答えるとオレリーはなるほどとうなずく。


「それは当家でも同じだな。本物なら王族クラスの領域だ」


 皮肉まじりに彼は言って立ち上がった。

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