商人の母娘
シュトラウスに乗ったグレンが駆けつけると、街道から少し外れたところに一台の馬車が止まり、周囲を狼型モンスターの群れに包囲されていた。
(ブラックウルフか)
肉なら人も馬も何でも食うという肉食モンスターで、群れでの狩りを得意とする。
馬車を守るように背を向けて戦っている冒険者の男女が四人いて、一人が地面にうつ伏せで倒れていた。
ブラックウルフは生きて動いている獲物を優先的に狙うので、息があるのか判断できない。
(冒険者五人が乗る割には馬車は大きいし立派だ。護衛が戦ってるのかもな)
と思いながらグレンは叫ぶ。
「冒険者たち、加勢するぞ!」
召喚魔法はたまに誤解されることがあるので事前に告げておくのは重要だ。
「ありがたい!」
一人の男性が叫びを返す。
「エンラ・テプファー・バルムンク!」
グレンが選んだのはブラックウルフの群れを単体で蹴散らせるパワーを持った存在。
それは緑色の鱗と長い尻尾、巨大な体を持った一体のドラゴンだった。
陸竜<ドレイク>に分類されるソレは召喚されると同時に咆哮する。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
ドラゴンの咆哮を聞いたブラックウルフはただそれだけで気絶し、あるいは死んでしまう。
「ど、ドラゴン……?」
「うそでしょ?」
ブラックウルフの大群相手に勇敢に戦っていた冒険者たちが真っ青になる。
ドラゴンと遭遇したら生きることをあきらめよ。
それが冒険者の間に流布している警句だった。
「い、いや、あの少年が召喚したんだから味方のはずだ……?」
年長の冒険者が震えながら指摘する。
「ああ、俺が呼んだドラゴンなので。バルムンクっていいます」
グレンが言うとバルムンクはじろりと人間たちを見て小さくうなずいた。
「お、俺たちの声がわかるのか?」
「ドラゴンはそりゃ頭いいですよ」
グレンは言って、バルムンクに声をかける。
「ありがとう。帰還してくれ」
バルムンクは小さく鳴いて姿を消した。
圧倒的強者の威圧感がなくなり、冒険者たちの緊張感が一気にゆるむ。
「ドラゴン、すごーい!」
と馬車の中から少女の声がする。
「フェニア」
たしなめる女性の声が聞こえたが、それでも仕立ての良い服を着た美しい少女が馬車から出てきた。
「あなた召喚魔法使いなの!?」
金髪に白い肌の上品な顔立ちの美少女は、好奇心で青い瞳を輝かせながらグレンを見つめる。
「ああ、そうだよ。君は護衛される側だろう? 勝手に出てくるのはまずいんじゃないのか?」
グレンが指摘すると少女はぷくーっと頬をふくらませ、冒険者たちは苦笑した。
わがままお嬢様に手を焼かされてそうだなと彼は直感する。
「あなたまでみんなと同じことを言うのね!」
「守る相手に勝手なことをされたら守れなくなるから当然じゃないか?」
「うっ……」
グレンがとなえた正論に少女はひるむ。
物の道理がわからない子ではないようだ。
そこへ一人の女性が出てきた。
「ママ!」
「危ないところを助けていただきどうもありがとうございます」
少女と顔立ちが似たおっとりとした空気の女性である。
やはり仕立ての良い服を着て上品な顔立ちをしていた。
「いえ、たぶん冒険者のみなさんだけでも勝てたとは思います。見物するのもどうかと思ったので手を出しましたが」
グレンはそう説明する。
「そのお気持ちをありがたくちょうだいします。あなたのお名前をうかがってもよいでしょうか? 私はハンザ商会のソニア・ハンザと申します」
「ハンザ商会……」、
ソニアの名乗りを聞いて彼は目を丸くした。
ハンザ商会と言えばファード領や子爵領を含む南部地域最大の商家である。
「失礼ながら何でそんな少人数で?」
ハンザ商会の身内ならば五十人くらいの護衛だって同行できるだろう。
どう考えてもひと桁少なく、軽率だと批判されても仕方がない。
「私は子爵家から嫁いだのですが、人数をかけすぎると貴族風を吹かせているといわれない批判が……私だけならともかく夫や娘までもが。商会の評判に差し障るようなまねはできません」
「ママは何も悪くないのに!」
儚い微笑を浮かべるソニアと、憤慨する少女にグレンは舌打ちしたくなる。
もちろん彼女たちに誹謗中傷の言葉を投げる連中に対してだ。
「立ち入ったことを聞いちゃったようで」
聞きたくなかったと思いながらとりあえず謝っておく。
「いえいえあなたは恩人ですから」
「ママ、お兄ちゃんの名前をまだ聞いてないよ」
ひかえめに微笑む母親にフェニアが指摘する。
「ああ。グレン・ヴァム・ファードです。もっとも四男なので今日から平民ですが」
「ファードならご近所さんだね。会うのは初めてだけど」
フェニアが目を丸くして物珍しそうな視線をグレンに向けた。
「貴族って言ってもうちは田舎の貧乏貴族だったし、パーティーなんて行く金はないからねえ」
と彼は苦笑まじりに話す。
さすがに領主だけに存在が知られてないことはないが、地方貴族のパーティーにも呼ばれない程度に扱いが軽いのがファード家だった。
「グレンお兄ちゃんみたいなすごい人がいるなんて知らなかった!」
フェニアがキラキラした目を彼に向ける。
「冒険者になるんだったら隠しておけって親に言われてたんで。……敬語を使ったほうがいいかな」
「私たちはあなたと同じ平民ですよ、グレンさん」
今さらかしこまるべきか悩んだグレンにソニアが優しく言った。
「助けてもらったしね!」
フェニアがニコニコしている。
「これからどこに行くのか、うかがってもよいですか?」
「とりあえずユレールの冒険者ギルドに登録をしようと思って」
ユレールとはグレンが目指していた子爵領の領都だ。
「あらじゃあ目的地は一緒ですね」
ソニアが言って娘がうれしそうに微笑む。
「わーい、お兄ちゃんと一緒がいい!」
「なるほど」
ソニアは子爵出身と言っていたのでもしかしたらとグレンも思っていたのだ。
「ご迷惑でなければ……」
勝手に同行者が増えるというのはどうなんだろうかとグレンは懸念する。
「いや、君ならありがたいよ。我々よりも戦力になりそうだし」
ずっと黙って彼らの会話を聞いていた冒険者の一人が自嘲気味に言う。
年齢は三十代で長剣と革の鎧というスタイルの戦士だ。
ちらりとグレンが視線を走らせると、倒れていた男性が起き上がっている。
「俺はベル。君が来てくれなければ彼の治療は無理だっただろう。我々からも礼を言わせてくれ」
差し出された手を握り、二人は握手をかわす。
手を離したあとベルは声を低めてグレンにたずねる。
「ところで君はまだ冒険者登録をしていないと聞いたんだが、本当か?」
「本当ですが」
グレンは嘘つく必要ないだろうと彼の水色の瞳を見つめた。
「とんでもない逸材だ。信じられん」
「ほんと! グレンって強くてカッコいいよね!」
フェニアが少女らしい無邪気な声をあげる。