ガリー遺跡
「あ、見えてきました」
ジーナの視線の先にあったのは壊れかけた石の建物と言うべき存在である。
少し手前で止まって降りると、シュトラウスに帰還してもらった。
(身内に見せられたことがあるアンコールワットみたいな見た目だな)
とグレンは思う。
だからと言ってこちらの国がアジアっぽいかと言うと別にそんなことはなかった。
単に彼の知識が足りないだけかもしれないが。
「これがガリー遺跡なんです」
とリーエが説明する。
「ダンジョン化してるって聞いたけど、中の話? 外にモンスターはいないみたいなんだけど」
「ええ。何かを守ろうとしているかのように、遺跡の外には出てこないみたい」
グレンの問いにジーナが答えた。
「そうなんだ」
グレンは少し考える。
(それなら変に荒らさないほうがいいと思うんだが、そうも言ってられないのがこの世界か)
今回の依頼は遺跡のモンスター退治ではなく、特定の薬草採取だ。
彼の心情的にも受け入れやすい。
「ダンジョン化する理由ってどんなものがあるのか、わかってる?」
「わかっているものとわかっていないものがあるのよ」
グレンの問いにリーエが答えた。
「わかっている場合は?」
当然気になってグレンはたずねる。
「強くてモンスターを生み出せる能力を持ったモンスターが住み着いた時ね。『ダンジョンメーカー』と呼ばれているわ」
ジーナが返事した。
「そうなんだね」
グレンはうなずいて、さらに質問を放つ。
「ちなみにここの場合は?」
「わかってないみたい」
エーファが即答する。
グレンはなるほどとつぶやき、
「原因解明できたら報酬ってもらえたりする?」
「もらえるし原因を取り除いても報酬ができるけど」
リーエは回答してからハッとなった。
「もしかしてグレンさん、それを狙っているの?」
無茶だと彼女の瞳には書いてある。
「……無理はしないよ」
ずばり言い当てられたグレンはそっと目をそらした。
「私たちが足手まといになってしまいますものね」
ジーナが悲しそうに言ったので、彼は訂正する。
「そういう意味じゃないんだよ。ただ、初めてパーティー組んでるんだから冒険はやめようと思っただけで」
「あ、そっちでしたか」
ジーナは誤解してたとはにかんで舌を出す。
年ごろの少女らしい愛嬌があった。
「ダンジョン化する前の地図とかあったりするのかな?」
グレンが聞くと、三人はハッとする。
「あるみたいね。私たちは持ってこなかったけど」
エーファが言い、
「しまったわね。目的地は第二階層だからって気楽に考えていたわ」
リーエが唇を噛む。
彼女たちはすぐに気づき反省することができるようだった。
グレンとしてもつき合いやすい。
「すぐに反省できるのはみんなの美点だよなあ。俺も見習おう」
「何言ってるのよ、グレンさんが教えてくれたんでしょ」
彼の言葉を冗談と受け止めたらしく、エーファが苦笑しながら肩をぽんと叩く。
「はは」
グレンは笑って流して三人にうながす。
「じゃあ行ってみよう」
「はーい」
三人は明るく返事をする。
いつの間にかグレンがリーダーのようになっているが、彼女たちは自然とそれを受け入れていた。
外はただの遺跡という印象だったが、中は黒くて柔らかい土が満ちていて空気もややよどんでいる。
「なるほど、前のダンジョンとはちょっと違うね」
グレンは率直に感想を言った。
「えっ? そうなの?」
ところが三人の仲間はきょとんとして首をかしげる。
「私たちには違いがわからないのだけど……」
リーエがおそるおそる彼に告げた。
「え、そうなのかい?」
グレンはグレンで驚き、首をかしげる。
「そういうことに明るいのはやっぱり風の精霊かな」
聞いてみるなら彼女たちが適任だと彼は思う。
そして仲間たちに聞いてみる。
「呼んで使ってもいい?」
「ええ、でも私たちに確認を?」
みんな賛成のようだった。
「いや、精霊の呼び方とか自分の判断でやっていいものかと」
「いいわよ。グレンさんの場合、ちょっとやそっとで魔力は枯渇しないでしょうから」
リーエは笑いながら賛成し、残り二人もうなずく。
「じゃあさっそく、エンラ」
グレンが呼んだのはシルフだった。
力も知性も判断力もあるが、強すぎない適切な精霊と言えるだろう。
「どうしたのマスター?」
召喚に応じたシルフはふわりと彼の右肩のうえに乗り、首をかしげる。
「ここと前のダンジョンでは何だか空気が違うんだが、ダンジョンによって差はあるのか?」
「え、そんな聞き方で?」
ジーナがきょとんとしたので、彼は補足した。
「精霊は召喚してなくても俺の動向は把握してるんだよ。だから俺が昨日何をしてたのかも知ってるんだ」
本当は神霊シルフィリアの能力なのだが、説明は省略する。
「精霊ってそんなことができるの!?」
「え、相当絆が深くないとまずできないんじゃ……」
エーファ、ジーナ、リーエがびっくりして口々に言った。
「グレンさんには毎日驚かされるわね」
「どこまでのすごいの、この人は」
三人はもうぼーっとしている。
「話してもいい?」
黙って見ていたシルフがタイミングを見計らってたずねた。
「ああ、ごめん。教えてくれ」
グレンが言うと彼女はこくりとうなずいてしゃべる。
「昨日のとこは人が作ったものね。こっちは人間たちが言う『ダンジョンメーカー』が住み着いて、今の環境を作ったのよ。その差をマスターは感じ取ったんじゃない?」
「なるほど、その差が出たのか」
彼女の説明にグレンは納得した。
「小さな差でも感じ取れるようにってマスターはさんざん鍛えられたものね」
シルフはくすっと笑う。
彼女はリアに鍛えられる彼のことを見ていたのだから、当然知っている。
「ああ。おかげで今の俺があるんだ」
彼は彼女に応えながらも三人に教えるつもりで話した。
「そうだったのね!」
「でも精霊のトレーニングってとても厳しいんでしょ?」
「耐えられるグレンさんがやっぱりすごいのよね」
ジーナ、リーエ、エーファは熱っぽい口調で口々に言う。
「まあね」
グレンはあえて謙遜しないことにする。
こちらの世界では前世ほど謙遜が美徳とされないからだった。
他人の賞賛をいやみなく肯定することが望ましいのである。




