追い出される運命の四男
「朝起きたら貴族の四男になってたとか、誰が信じてくれるんだ?」
とグレンはベッドでつぶやく。
彼には日本のサラリーマンとして生きていた記憶と、土地持ち男爵家の四男としての記憶が混在していた。
「何がどうしてこうなったのかさっぱりわからん」
グレンは早々に理解を放棄する。
考えてもわかりそうにもないことよりも優先したいことができた。
(俺、貴族の四男だからこのままだと平民に落とされて追放される……)
それがこの世界の一般常識であるらしい。
長男は跡継ぎ、次男は補佐役として、三男は家臣として残ることはできる。
しかし四男以降は平民として生きていくしかない。
大きな家臣団を持つ財力がある家、人脈が豊富な家なら養子縁組のアテがある。
(わがファード家にはどちらもなしと)
地方の小さな領地しか持たず、資金力とも人脈とも縁がない男爵家の悲しさだった。
(今七歳だからリミットはあと八年か)
この国では十五歳で成人となり、同時にグレンは貴族籍を失うことになる。
つまり八年後に備えて今から何らかの知識スキルを身に着けておく必要があった。
(できれば金を稼ぎやすいやつがいいな)
金がすべてではないが、金がないとできないことが多すぎる。
グレンとして知識をふり返ってみると見込みがありそうなのはやはり魔法だった。
「おお、起きたかグレン」
ドアを開けたのは三男のオリバーだった。
「おはよう、兄上」
グレンのしゃべり方を選ぶ。
「ご飯の時間だ、起きて来いよ」
「はい」
グレンは起き上がって服を着替える。
着替えを手伝ってもらえるのは長男と家長の父の二人だけだった。
幼い時から「立場の違い」を学んでいくのである。
食事の量も年齢順で決まっていく。
「ほら、グレン。これも食べて」
ところが長兄のフェリックスは弟たちに優しく、特に末っ子のグレンにはおかずを分けてくれる。
「フェリックス、あまり弟を甘やかすものじゃないぞ」
父親はそうやってフェリックスをたしなめるが、彼はおだやかに笑って言い返す。
「兄が弟をかわいがってはいけないという法はありませんよ、父上」
「上の者が下の者を甘やかすのはタメにならんということだ」
反論された父親はムッとしながら説教する顔になる。
「おや、下の者を大切にするのも上に立つ者の役目では?」
しかしフェリックはおだやかに切り返して、父親を絶句させた。
「フェリックスの勝ちね」
母親が苦笑したので父親は黙ってしまう。
「そういうわけだからお食べ」
グレンはフェリックスの厚意に甘えることにする。
彼も長兄はきらいではなかった。
ご飯を終えると彼は父にお願いをする。
「父上、僕は魔法の勉強をしたいのですが」
「書斎に本があるから自由に見ていいぞ」
あっさりと許可が出たのでグレンが目を丸くすると、フェリックスが笑う。
「魔法の勉強は早いほうがよいとされているからね。それにひとかどの魔法使いを出せたら家の地位が向上するし」
「なるほど」
グレンの個人の問題ではなく、家の問題でもあるなら反対されないはずだ。
「もしも魔法使いとして大成したら、私の弟だと自慢させてくれるとうれしいね」
フェリックスはそう言ってもう一度笑う。
押しつけがましくないささやかなお願いに彼の人柄が現れていて、思わずグレンも笑った。
次男と三男は黙ったままである。
彼らは基本的に食事中はしゃべらないし、フェリックスはグレンの時ほど彼らには甘くなかった。
(やっぱり年の離れた末っ子というのは大きいんだろうな)
とグレンは勝手に思っている。
「ごちそうさまー」
彼は食器を決められた場所に置くとさっそく書斎に向かった。
この家で食器洗いはメイドの仕事だし、フェリックスなら食器を運ぶことすらない。
書斎はダイニングルームを出てすぐ右手にあって中には四十過ぎの司書の男性がいる。
「グレン様、いらっしゃいませ」
執事服を着た銀髪の司書のあいさつに小さくうなずき、グレンは用件を告げた。
「魔法の勉強をしたいので目的に沿った本を探して」
「かしこまりました」
制限を設けられている貴族の四男でも司書にお願いをすることはできる。
(未成年じゃ届かないところに本があるって現実的な理由もあるんだろうな)
とグレンは解釈していた。
ちょこんとテーブルの前の椅子に座って待っていた彼の目の前に、赤と青の背表紙の本が並べられる。
「赤い本が一般魔法の書、青いほうが召喚魔法の書です。どちらも入門編ですが、グレン様にはちょうどよいでしょう」
「ありがとう」
司書の選択に満足してグレンは礼を言った。
さっそく読みはじめる。
「読めますか? お読みいたしましょうか?」
「いや大丈夫だよ」
前世の記憶が戻ったせいか、七歳児には難しいはずの文字がなんなく読めた。
「すごいですね。読めるのですか」
司書は目をみはる。
(やばいな。怪しまれたか?)
とグレンは心配したが、不安に終わった。
「毎日お勉強をまじめになさっていた成果なのですね」
司書は一人で勝手に納得したのである。
(魔法に召喚魔法か……日本人的知識しかないな)
さっそく書かれていることを脳内で反芻した。
(魔法は自分の魔力を用いてさまざまな現象を引き起こす。召喚魔法は精霊や幻獣といった存在を召喚して力を借りる)
何が違うのかと言うと、魔法は魔力がたっぷり必要になる。
召喚魔法は魔力が少なくても精霊や幻獣が肩代わりしてくれるので、少ない魔力でも使えるという。
(どっちの適性があるんだろうな)
できれば両方あるのが好ましいのだが、グレンはどちらか片方が使えればいい気がする。
「試しに使ってみたいんだけど……」
とグレンは聞いてみた。
「お外でお願いします。慣れないうちは屋内で使わないほうがよいですよ」
司書の意見はもっともだとうなずく。
(水とか火とか屋内で出たら大惨事だもんな)
屋外ならよいというわけではないが、危険は屋内のほうが高いだろう。
「じゃあ外に行ってくる」
グレンが本を机の上に置いて外に出ると、すぐにメイドが後ろに立った。
基本自分でやらなければならない立場と言っても、人が周囲にいないということにはならない。
(貴族の小さな子どもなんて歩くトラブルメーカーだろうよ)
とグレンは内心思う。
本人が問題を起こすだけでなく、誘拐の標的になるかもしれないのだ。
ファード家には大した金などないのだが。
外に出て建物から少し離れたところでグレンはさっそく魔法を使ってみる。
「ファイア、アイス」
いずれもポンと音が出るだけでしょぼい効果しかなかった。
「俺に魔法の才能はないのか……?」
まあいい次だとグレンは召喚魔法に移る。
(召喚魔法はとりあえず最初は呼びかけてみるのが大事なんだっけ)
書かれていたことを脳内で思い出した。
相性が重要な召喚魔法はとにかく試してみるしかないという。
「エンラ・フィール・イルズオーン」
短くシンプルに不特定多数に呼びかけるスタイルで。
ゴウと強烈な風が吹き、グレンの前で渦を巻いてやがて一つの少女の姿となった。
「ユニークな魔力の持ち主がいるみたいね……」
彼女は初めてのものを見る猫のような表情をしている。
「私はシルフィリア。風を統べる神霊よ。不思議な坊や、あなたのお名前は?」
「ま、まさか、世界に君臨するろ、六大神霊!?」
驚愕しているメイドをよそにグレンは答える。
「グレンだよ」
と短く。