お化け屋敷編その3
富士見の後を追って進んでいくと、ひらけた場所に出た。所々に受付カウンターがあり、先ほどの待合室に比べるとその広さは倍以上だ。
「広いな。こっちをメインの待合室にすればいいのに」
しかしここは先ほどの待合室よりも暗く、よく見ないと先が見えなかった。
「広ければいいってもんじゃないのよ」
「うおっ!…居たのか」
突然すぐそばで富士見の声がした。まさかこんなに近くに居たとは思いもしなかった。
「なに?いちゃいけないのかしら?」
「いやいいんだけどさ…こんなに接近しなくてもいいじゃないか」
すぐそばに人影が見える。ここまで近寄らないと姿がはっきりと見えない。真っ赤な服がよく見える。
あれ。真っ赤な服?
富士見は今日、何色の服を着ていたっけ…
「何を言ってるの?私、そんなにあなたの近くにいないけど…」
「は…?」
何を言ってるんだ?俺のすぐそばに人影が見えるじゃないか。服もよく見える。真っ赤な服だ。
でも、そうだな。富士見は真っ赤な服を着ていなかった。
じゃあ…俺のそばにいる人物は一体誰だ?
そう思った瞬間。人影が一気にこちらに向けて迫ってきた。
スーッと一直線に。一気に向かってきた。
「うわぁっ!!!」
それは目の前で動きを止めた。ガクッと急に動きを止めたのだ。こんな動き、人ではないみたいだ。
「…あれ」
よく見てみると、それは全く動かずに止まっている。そしてやっとわかった。これは人形なのだと。
「お、驚かせやがって…」
真っ暗な中、突然人形が迫ってきたら驚くに決まってる。
「怪奇谷君。何をしてるの?」
姿が見えないが富士見の声がする。
「い、いや…なんでもない」
人形に驚かされたなんて情けなさすぎる。ここは黙っておこう。
そしてもう一度だけ人形の姿を見た。
よく出来たものだ。体といいちゃんと人間に似せている。体型から察するに女性だろう。綺麗な青いドレスを着ていた。逆にその綺麗さが不気味に感じる。
「…………………………………………………」
待て。綺麗な青いドレス、と俺は思ったのか?
確かに目の前にある人形の服は綺麗な青いドレスだ。
しかし俺は先ほど違うものを見ていなかったか?
確か、真っ赤な服を着ている人影を…
「お」
瞬間、悪寒を感じた。
「お、おお」
なんだ。何が起きている。
「おおおおお」
なんの声だ。どこからしている?
「おおおおおおおおおおお」
徐々にそれは大きくなっていく。
そして。
目の前に。宙づりになった真っ赤な服を着た女が姿を現した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
逃げる。全速力で走った。とにかく逃げろ。あんなの、恐怖を抱かない方が無理がある。
逃げろ、逃げろ、逃げろ!!
夢中で走り続けていると、俺は目の前の何かに衝突する。
「うおわっ!」
そしてそのまま倒れ込んでしまう。
「な、なんだよこれ…柔らかい…それに、あったかい」
俺の顔面に何か柔らかくて暖かいものが2つある。2つ、と思ったのには理由がある。簡単に言えば、2つあるであろうものの間に挟まれている状態だったからだ。
そう。例えば、胸の谷間とか…
「…怪奇谷君。いい度胸ね」
少し上から富士見の声がする。とすれば、これはまさか…
「う、うわああ!!ふ、富士見っ!ど、どうしてここにっ!」
たった今挟まれていたものの正体に気づき、急いで立ち上がる。
「どうしてもこうしても、私はここに立っていただけよ。そしたら突然弾丸のようなものが突進してきたんじゃない」
暗くて富士見の表情は見えない。だけど声のトーンから察するに、これは相当呆れている。
「す、すまん。決してそんなやましい気持ちがあったわけではなくてだな…」
「言い訳は結構よ。そんなことより1つだけいいかしら?」
富士見は立ち上がってふっと俺のそばに寄った。
な、なんだ。なんで急にこんな近づいてくるんだ。彼女の唇が俺の耳元に近づく。
「感想、とかないわけ?」
「はい?」
ボソッと囁かれた。そして離れていく瞬間。ほんの一瞬だけだが、彼女の表情が見えた気がする。
少しだけ、赤くなってなかったか?
「…行くわよ」
富士見の姿が見えなくなっていく。もしかして、照れてたのか?
いやまさか。あの富士見に限ってないだろう。自分のことを超絶美少女だと思ってる自意識過剰な女だぞ。それが胸に顔を埋められただけで恥ずかしがるわけがない。
と言っても、あいつにも思うことがあるのかもしれないな。
「すごく、柔らかくてあったかくて…よかったです」
俺は富士見に聞こえないように小さな声で呟いた。
さてと。俺も富士見を追いかけよう。
そう思った矢先だった。
ガシリ、と。肩を掴まれた。
再び悪寒を感じた。ひしひしと肩を掴む手の感触が伝わってくる。
ゆっくりと。ゆっくり、ゆっくり…
振り向いた。
いた。肩を掴んでいたのは。
さっきの、真っ赤な服を着た女だった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そこで初めて女の顔を見た。顔は真っ白だった。ただ、そこで知った。女がなぜ真っ赤な服を着ているのか。
女の目から、血の涙が大量に溢れていたのだ。
「なっ、なんだよふざけんなっ!!!」
俺は女の手を振り払った。そして再び全速力で逃げた。走った。駆けた。
とにかく逃げろ。これがお化け屋敷とわかっていても、そういう演出だとわかっていても、とにかく逃げろ。
やりすぎだ。いくらなんでもあんなのやりすぎだ。
そしてなんとか脱出を果たす。少しだけ明るさを取り戻した。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
息が切れる。こんなに全力で走ったのは久しぶりだ。
「お客様?」
「へ?」
突然の声に驚いて顔を上げる。そこには富士見ではなく別の人物が立っていた。
ナース服を着た女の人だ。お客様…と声をかけてきたということはここのお化け屋敷で働いてる人か?
「どうかしましたか?疲れているようですが…」
ナースは心配そうに俺を見つめる。
「い、いえ…それよりも富士見…えっと、女の子を見ませんでしたか?」
「女の子、ですか?ええ、あちらの方に向かっていきましたよ」
ナースが指を指した方向に目を向ける。真っ直ぐ続いている廊下だった。
「ありがとうございます…っていうかナースさん。ここのお化け屋敷ちょっとクオリティ高すぎるんじゃないですか?」
ナースは一瞬、キョトンとした顔をした。
「ふふ、そうですね。ここはスリラーホスピタルなんですから…」
「??」
とにかく富士見を追いかけよう。俺は富士見が向かったとされる廊下に向かっていく。
…何を気になったのか、俺は一度だけ振り返っていた。
ナースはまだそこにいた。しかし俺のことは見ていない。何か、別のもの見て…話していた。
一体、誰と話しているんだろうか。