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光に近づきやがて死ぬ  作者: 幕下力士
2/7

できることなら壁になりたい。

 時計の針が定刻を指し示した途端、私は立ち上がり小さな声で「お先に失礼します」と残業をする人たちに挨拶をする。そして、慌ただしくタイムカードを打刻し、職員証を少し乱暴に机の中にしまい、鍵をかける。

 ピンヒールでオフィス街を走り抜け、目指すのは舞踏会、ではなくバスターミナル。

 私はあいにくシンデレラではないため、靴を片方落とすこともなければ、かぼちゃの馬車で移動することもない。

 ただ現実的に、今日の朝、駅のロッカーに預けておいたキャリーバッグを受け取り、ガラガラと音を立てながら、カツカツと走り抜けるのだ。

 駅前の噴水には、手当たり次第声をかけるギラギラしたキャッチのお兄さんと、オシャレな街のイルミネーションを真似して作ってみた、大して輝きもしない田舎のイルミネーションが、この街の代表かのように嫌気がさすくらい堂々と存在している。

 ブルブルと体が震える。だだ滑りのイルミネーションに体が拒絶反応を起こしたのかと思ったが、ポケットが軽く光っているため、スマホが振動したことは明白である。

 会社からの電話でなければいいのにと思い、恐る恐る画面を覗き込む。

『あ…そうか、私、今日誕生日なのか…』

 画面に表示されたSNSからの通知でようやく、自分の誕生日を自覚した。

会社からの連絡よりも怖いものを見てしまった。

 誕生日の出来事をSNSにアップしよう!と書かれた通知を横にスライドし、削除する。

 バスが来るまでに、少し時間があることを確認し、晩御飯と雑誌を購入するためバスターミナル前のコンビニに立ち寄った。

 やる気のない店員の挨拶を聞き流し、迷いなくお目当ての雑誌、ホットコーヒー、適当におにぎりを二つ選び、やけに美味しそうに見える肉まんも一つ追加で購入し、レジを済ませた。

 店から出て、スマホを見る。スマホを握りしめるその手に装着された、輝くアクセサリーは虚しく針を進める。

まだ、少しだけバスの時間より早い。

 十秒ほど脳をフル回転させたところ、せっかく熱々だし…と全く脳をフル回転させなくても導き出せそうな行動、つまりコンビニ前で肉まんを頬張るという行動をとることを決定した。

 袋から肉まんを取り出し、半分に割り、頬張る。

 定時退社するためにお昼を抜いていたせいか、あまりにも寒すぎるせいか、味もよくわからないまま無心で頬張り続ける。

 BGMは、蛍光灯に群がりバチバチと音を立てながら死んでいく虫たちの音。

 コンビニに設置された蛍光灯の光に惹かれ、小さな虫がわらわらと群がる。周りをぐるぐる飛び回り、そして触れた瞬間バチッと小さな爆発音を立てて地面に落ちる。

『死んじゃったのか…』

 光に群がって死んじゃうなんてまるで私かよと自嘲気味に微笑んでみたが、全く面白くもないし、虚しさの度合いと痛い女度合いが増すばかりである。

 肉まんを食べ終わり、ちょうどバスが到着する時間になったので、虫の死骸の上を再びガラガラカツカツ音を立てながら移動する。

 チケットレス乗車をし、慣れた手つきでキャリーケースを荷物棚に乗せ、別に分けていた手提げからメイク落としを取り出し化粧を落とす。

アイマスクを取り出したり、時計を外したりなど細々とした準備もひと段落ついたので、先程手に入れたホットコーヒーを飲みスマホを見ると、ぴったり出発の時間になっている。

夜行バスに関しては体内時計が非常に正確である。特技を聞かれたら、夜行バス限定で体内時計が正確ですと答えてもいいレベルに定刻に合わせて行動ができた。

 バスの運転手がすっぴんの私を横目に、バインダーに挟んだ座席表で人数を確認している。これも見慣れた光景であるが、今日はいつもと少し違った。

運転手は何故か困った顔で2.3秒考えた末

「ではこれから東京行きのバスが発車します、夜行バスですので23時に消灯いたします。消灯後は携帯電話の明かりですら気になりますのでご遠慮ください。」

と聞き慣れた運転手さんのアナウンスがバスに響いた。

 バスには、都会へ憧れ大きな荷物と共に田舎を旅立つ若者、経費削減のため新幹線ではなくあえて夜行バスで都会へ旅立つサラリーマン、透明なバッグに缶バッジジャラジャラつけてイベントに向かうプリンセス、ちょっとそこのコンビニへ向かうかのような財布一つの主婦、様々な人間が乗り合わせている。

「すみません!遅くなりました!乗せてください!!」

 バタバタと慌ただしく乗り込んできた大学生風の男の子は、あろうかとか私の横にどかっと座った。

 運転手さんは、大きなため息をついて

「今後バスのルールとして、出発時間の5分前には必ず集合して下さいね」

 と優しく諭した。

 リュックを背負いスマホを片手に、すみません〜と照れ笑いをしながら乗り込んで来た彼は、旅行に行くというよりは、大学帰りのような風貌である。

 バスの予約をする際に、隣の席は異性にして欲しくないという項目にチェックをすればよかったと軽く後悔をしながら、ガサゴソと隣の席で動く彼を横目で睨む。

 考えていても仕方ないので気を取り直して、隣が誰だろうが関係ない、いつものように消灯までの数時間、あの人のSNSをチェックする。

 スマホを取り出し、あの人のSNSページを開く。やっぱりまだ更新してない、わかっている。

 更新されたらスマホに通知が来るように設定しているため、見逃すはずがない。しかもいつもこのタイミングで更新することはないため、わかっていた。

 逆に更新していないことさえ、可愛く思えてくる、そろそろ末期である。

 今日のあの人のスケジュールは、舞台の稽古であることは把握している。

 彼のSNSページを閉じ、よくSNSを更新する共演者のページを開く。

 やっぱり、今日は共演者の人たちとご飯を食べに行ってるのね、そういうことを彼はSNSに載せてくれないから、他の俳優さんもチェックしないといけないから大変。

 俳優さんのSNSにアップされた画像を最大限拡大し、彼の周りを隅から隅まで眺めるのが癖になっている。

 以前、新しいサングラスを買ったってブログに書いてたけど、今日かけているサングラスのことかな。とても似合っているね。

 美味しそうなお鍋ね、この前の舞台の打ち上げで行っていたお店と同じね、4人で食事会と書いてあるけど、お皿は6皿あるね。サングラスの反射で薄っすら女性が写り込んでいるようだけど、今回の舞台には女性はいないはずよね、スタッフさんですか。

 頭の中で何度も何度も様々な質問をする。

 だけど、

【今日も皆さんかっこいいですね、舞台楽しみにしています。】

 と当たり障りのないコメントを投稿し、スマホを閉じる。

「高速道路に入りますので、シートベルト着用お願いします」

 バスに乗車した時からシートベルトを装着していた私は、アナウンスを軽く聞き流し、代わりにイヤフォンを耳に装着する。

 お気に入りの音楽を流し、お気に入りの彼の写真を眺める。

 ニヤニヤしながら眺める私の肩がポンポンと振動する。

 この狭いバスの中で私の肩に触れられるのは、ただ一人

「あの、お姉さん…」

 あの大学生風の男の子しかいないのだ。

 私は、幸せな時間を邪魔され内心苛立ちながらもイヤフォンを耳から外し

『なんでしょうか』

 もう年齢的には立派な大人なため、大人の対応をする。

「ちょっとシートベルトがうまく外れなくて、お姉さんの足元に転がったペットボトルを取っていただけませんか」

 若干ナンパかもしれないと思っていた私は急に恥ずかしくなり、あわあわとペットボトルを拾い上げる。

「あっ…すみません、ありがとうございます。」

『いえ…すみません…どうぞ。』

 ペットボトルを受け取った男の子は、軽くお礼を言い、何か言いたそうな表情でこっちを見つめている。

『あの…なにか。』

「えっ…いや…いえ…。」

 煮え切らない態度の男の子に、若干の面倒さを感じ、今度こそナンパかもしれないと軽く会釈をし、再びイヤフォンを耳にいれる。


「では、消灯します」


 仕事終わり、夜行バスに飛び乗り、チケットを握りしめて都会に行く。

 もし私の住んでいる場所が都会であれば、仕事終わりにたまたま同じお店で食事をすることも、同じ信号を同じ時間に渡ることもできたかもしれない。


 だけど私は


『はぁ…このお鍋屋さんの壁になりたい…』


 私の独り言は、田舎の夜に混ざって落ちた。

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