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Phase.6 愛娘が求めていたのは

『アイリーンが?おれに、任せておけ。今すぐにでもNYに飛ぶ!』

 沈黙のたてがみ、レオン捜査官まんまのせりふ回しに思わずシビれかけたが、たぶん、スポット用のヅラを被っている。ヅラなしでリテイクお願いしますと説き伏せて、いったん、素に戻ってもらう。

「犯人グループは娘さん…と『例のもの』の引き渡しに際して、あなたの同行を求めています。危険をすすんで冒す必要はありません。ですが協力して頂けると、こちらも助かります」

 私は言ったが暗に、依頼人の利益を守るためでもある。なんとなればこのまま警察が事件を解決すると、シルバークローのヅラは、バレてしまうわけだから。

 しかし、ヅラを外したのか依頼人の声は返って来ない。

「なあ、地獄で会うんじゃないのかい、相棒」

 たえかねて、私は言った。

「ヒーローからヒーローへの依頼だって言ったよな、そっくり同じことを返すよ。死にかけてるのは女優じゃない、あんたの娘だ。連中はマフィアだし、警察は今から動くんだ。あんたは依頼人だし、そこで沈黙してるのもいいが」

 私はそこで言葉を切った。

「アイリーンがあんたに与えたかったものが何だったか知ってるか?…勇気だ。これ以上、私を失望させないでくれ」


 ジェフリー・ブライドは、ヴォルぺのファミリーの一員で現在、組織内で殺人を犯し、逃亡中だと言う。資産を凍結されているらしいので、逃亡資金作りにアイリーン(と、シルバークローのヅラ)を狙ったに違いない。NY警察はジェフリーの名前を聞くだけでやる気になってくれたし、必要ならすぐに市内に非常警戒を敷いてくれると請け合ってくれたが、それはまだ、少し後でいい。


 犯人グループを刺激するのは、私たちがアイリーンの無事を確認してからだ。ヴェルデ・タッソは大喜びで、ヴォルぺのファミリーへの圧力を約束してくれた。


『ぐふふふふ、あのけつね野郎、焦っとったで。こいつは見ものや。おのれの言う通り、ゆうたった。あいつは自分の尻に火がつく前に、ジェフリーを切り捨てるやろう』


 間もなく、私のところ赤い狐から電話があった。


『あの男の身柄を売る。あんたが上手く、処理してくれるんだろうな』


 これでやっと、ジェフリーの尻尾が掴めた。


 駆けつけたのは、毛皮倉庫である。イーストリバー沿いにあるこの倉庫は、少し前にさるブランドが倒産してから、ジェフリーが幽霊会社を作って管理している空き物件だ。


「しばらくだったな、ジェフリー。少し早いが、約束を果たしてもらいに来た」


「どうしてここが…?」

 突然私に出くわしたジェフリーは銃を抜こうとしたが、すでに遅かった。私は銃を持った腕をひねりあげ、取り上げた拳銃を狐のあごに下から突き立てた。

「さあ、全員銃を捨てて床にひざまずけ。言うことを聞かないと、ボスの頭をふっ飛ばす」

 配下は見渡しただけで、五人。珍しく上手く、いった。まさにどんぴしゃで虚を突いたものだ。

「ジェフリー、アイリーンの居場所に案内しろ。それまで全員、床に伏せてろ」

 注意深く私は、屋内に踏み入った。ジェフリーの視線を見る限り、アイリーンは奥のバックルームらしい空き部屋に監禁されているようだ。

「おい、大スターを連れてくる約束はどうした?」

 ジェフリーが余裕ぶってうそぶく。待ったが、シルバークローは間に合わなかった。

「大人しくしてろ。私一人だと思うな。すぐに市警察が駆けつける手はずだ」

 私はジェフリーの腰から鍵束を外して、ドアを開けた。やっぱりいた。アイリーンだ。彼女はバイクスーツを着たまま、後ろ手に手錠をかけられていた。

「君がアイリーンだな?…私はスクワーロウ、私立探偵だ。シルバークロー氏から、依頼を受けてきた。君が無事でよかった」

「…ありがとう」

 アイリーンは私の顔を見ると、ほっとした笑顔を見せた。が、それは日向の雪のようにみるみる消えていってしまった。

「シルバークロー氏も君を心配していた。今、こちらへ向かっているはずだ」

 彼女の中では恐らく、シルバークローが自分を救いに来ると思ったと思う。だってそれが、沈黙のたてがみ、ハードガイの証なのだ。

「パパは、怒ってませんでしたか?」

 私は小さく、首を振った。

「分かってる。怒らないと思います。すごく、がっかりさせちゃったと思うけど。わたしにとって、本当のパパはそうなのよ。…映画のヒーローとは全然違う」

 アイリーンの失望の色は深い。

 他人ごとながら、こんなに娘にがっかりされるなんて。私は同じ男として、少しいたたまれない気分になった。

「父親として、求められる役割は違ってもいいんじゃないかな。彼は君を怒ったりしなかったし、何より、見捨てなかった」

 つい、年齢が近いシルバークローの方をフォローをしてしまったが、たぶん娘さんには理解してもらえないだろうなあ。アイリーンは案の定、切ない笑顔を私に見せただけだ。

「いいんです。謝りに戻ります。ご迷惑をおかけしました」


「ちょっと待てこらあッ!」

 おっと、そのまま終わりそうになった。ジェフリー・ブライドが残っていた。振り返って私は驚いた。

「欲しいものは二つ、だろ。忘れてないよな!?…妙な真似すると、こいつを燃やすぜ?」

 沈黙のたてがみである。一瞬、替えのモップかと思ったが、ジェフリーが大事そうに持っていたのだ。

「ばっ、馬鹿な真似はやめろ!」

「おいおい、そんなに大切なもんだったのか?だったら、先に探したらよかったのになあ」

 ジェフリーはジッポライターを取りだして、ヅラを人質…いや、物質(ものじち)にする。これ、絵面は面白いだけだが効果は絶大である。

「いや…ちょっと待て…それだけはやめてくれ。この通りだ」

「だったら銃寄越せ!女もだ!」

 ジェフリーはヅラを手に持ったまま、私が地面に落とした銃を拾うと、今度はアイリーンを人質にして逃げた。

「ははははっ、あばよスクワーロウ。こうなったら、大スターに逃がしてもらうしかないな!」

 なんてこった。あんなヅラのために、こんなところでしくじるとは。ジェフリーはアイリーンに車を運転させて逃げて行った。

 折あしく警察が集まってきたのは、その数分後だ。

「ちっ」

 このままじゃ、警察をおいて真っ先に突入した意味がないじゃないか。急いで追いかけたが、こっちもおっさんだ。車もないし、中々追いつけるもんじゃない。打つ手なしである。

(くそっ…ここまでか…)

 そう思った時である。


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