Phase.5 手の込みすぎた演出
オニオンスープが名物の店で、冷え切った身体を温めて宿泊先へ向かっている最中だ。突然、黒塗りの高級車が横付けされ、中へ放り込まれた。現れたのは仕立てのいいスーツにど派手な赤シャツを着た、いかにも裏社会と言った感じの狐である。
「よう!あんたが、シルバークローの代理人だってな」
その男の声を訊いたとき、ぴんと来た。どうやら私は、泳がされていたらしい。
「ようやく調べがついたのかな?」
心配が的中した。どうやら後者の方だったようだ。狐は、切れのいい目つきを、つぶらに開いてうなずいた。
「ああ、スクワーロウ。聞くところによると、あんた相当のベテランなんだってな。おれは、ジェフリー・ブライド。あんたほどのキャリアはないが、この街じゃ、そこそこの有名人だ」
「…ヴォルぺ・ロッソのファミリーの人間か?」
すばり聞くと、狐は大仰に肩をすくめた。
「いいかい、そっちの細かい質問はなしだ。何よりまず、本題とは関係ねえよなあ」
なるほど。だが、聞く必要はない。私は男が名乗った名前だけを、頭に刻み込んだ。
「取引だ。預かりものは、二つ。何かは言う必要はねえな?」
「そうだな。条件について話を進めてくれ」
四の五の言うのは、やめである。これは純然たる脅迫事件だ。あとは全力でこの男とアイリーンの行方を追うしかない。
「セットで二百万ドル。現金でだ。あんたが立ち会ってもいいが出来れば、大スターに直接お持ち頂きたいね。条件は、以上だ」
「分かった。シルバークロー本人と話す。連絡方法と期限を教えてくれ」
ジェフリーは、胸ポケットから赤い狐のカードを出した。
「三十時間以内だ。連絡がない場合は、例の大スキャンダルが夜のニュースとネットで流れる。その上で、次の預かりものについて交渉を進めよう。物騒な事件にまで、立ち会いたくないだろう?」
狐のマフィアは、ご丁寧に私をホテルの前まで降ろしてくれた。やれやれだ。いつも困りごとは、忍び足でやってくる。
ホテルに帰ると、クレアの方も大変なことになっていた。ダド・フレンジーが事件の関係者を拘束していたのである。
『州道九十五号線で血まみれのシマウマが歩いてるって、通報があったそうだ。…自分はマフィアに監禁されてたって言ってるぞ』
電話に代わったダド・フレンジーが言うには、その男は、ノーティスと言う役者志望のシマウマで、クレアによるとアイリーンの元・交際相手だと言うのだ。
『ノーティスはアイリーンから、シルバークローから『例のもの』を奪う計画を明かされていたそうなんですよ』
クレアは、ヅラのことを『例のもの』と置き換えて話した。依頼人の重大な秘密である。ダド・フレンジーにも知られるわけにはいかない。
「どう言うことかな?」
『わたしの見解なんですけど、これ…狂言誘拐だったんじゃないですか?』
アイリーンは、シルバークローに喧嘩を吹っかけて大事なヅラを奪う、そう言う計画だったらしい。衝動的犯行ではなかったと言うわけだ。
バイクで飛び出したアイリーンはいったん行方をくらましたあと、ヅラとアイリーンの身柄を預かった、と言う脅迫電話がやってくる。
『どうもその脅迫電話を、ノーティスが掛けることになっていたみたいなんです』
「なるほど…その二人は実はぐるだったと言うオチだったわけだね?」
狂言誘拐だ、と言う意味が、やっと分かった。どうしてそんなことを始めたのか、私にもよく判らないが、アイリーンは自分の演出と脚本で、父親のシルバークローに一泡吹かせてやろうと思ったらしい。
「手が込んだ芝居だが、なんのために?」
「いい、ノーティス。あなたはこう、わたしのパパに言うの。『身代金は百万ドル、でも返すのは娘か、ヅラか、どちらか一つだ』だって」
アイリーンはアマチュア役者のノーティスに、ずいぶん演技力のいる役柄を振ったものだ。
「分かったよ。でも、どうしてそんなことを?」
「パパを本当の男にしてあげるの」
アイリーンは、目を輝かせて言った。
「敬愛するシルバークローに勇気と新しいキャリアを、与えてあげたいの」
「新しいキャリアだって?」
私が眉をひそめていると、水牛のティムの声がした。
『…ヅラなしの新しい出演映画です。やっとシルバークローから聞き出せました。私の初耳だったのですが、アイリーンは彼に新しい企画を提案していたんです』
無茶だ。狂言誘拐といい、アイリーン、チャレンジブルすぎる。あーんな声のちっさい人を出演させる映画なんて想像もつかない。
「それが、どこでなぜ、本物の犯罪者が出てきたのかな?」
『ノーティスはアイリーンからギャラを受け取って、エキストラを集めたんです。こわもてがいいだろうと思ってあたっていたら、本物のマフィアを雇ってしまったらしく』
リアリティにこだわりすぎた、と言うわけだ。アマチュアの陥りやすい罠である。かくしてアイリーンとともにノーティスは拘束され、死ぬような目に遭って脱出してきたと言うわけだ。
「偽名かも知れないが、私に接触してきた男の話をしておく。もしかしたら赤い狐のメンバーかも知れない」
私はジェフリー・ブライドのことを洗いざらい話した。ダド・フレンジーは即座に、ニャーヨーク市警への協力要請を申し入れると請け合ってくれた。
「私たちは全力で事件を解決しよう。…で、ひとつ問題があるんだが」
話すの気が重い。私は深いため息をついた。




