Phase.4 無欠なアイリーン
原因は、いまだに不明である。アイリーンを捜す手がかりは、ないに等しい。だが私は、出張経費を使ってニャーヨークへ来た。この世界一広い街で、アイリーンの立ち回り先を片っ端からつぶして回っているのだ。
幸か不幸か、アイリーンは、生まれも育ちもニャーヨークだった。幼馴染やら、大学時代の友人やら、舞台演劇の関係者やら、手当たり次第にあたっていると、もう数日が矢のように駆けすぎていく。
捜査で分かったのは、父親からはほとんど情報が取れなかった彼女の人物像である。交際範囲や付き合い方を見ても分かるとおり、アイリーンは精力的で社交的であり、親切で面倒見がよく、すなわち関係者の誰と出会っても、悪口を言う人間はほとんどいなかった。
父親との仲も、悪くない。アイリーンが9歳のときに離婚し、細々と連絡を取りつつも本格的な再会とあいなったのは、彼女が大学を出て舞台演技の道を志してからになるのだが、シルバークローはアイリーンをかわいがった。血のつながりを抜きにしてもアイリーンは有能で、シルバークローの誇りでもあった。
映像業界ではアイリーンは役者よりも、製作スタッフとしての立ち位置を確立しつつあったらしい。テレビドラマではすでにいくつかのシナリオを手掛け、監督業も学び始めていた。アクションスターの父親とは違う、自分のカラーでの成功を収めつつあったようだ。
シルバークローとはなんらかの問題で揉めてニャーヨークへ帰ったと言うことだったが、トラブルのタネは、どこにもない。夢に向かって真っすぐに生きている、今時珍しいキャリアウーマンだ。
『…アイリーンは、何事もはっきりと言う性格の女の人で、関わっていたマネージメント業に関してもお父さんともしばしば意見の対立はあるものの、おおむね順調にやっていたようですしね』
今回、クレアはベガスでバックアップに残ってもらっている。シルバークローの周辺を聞きこんでもらったのだが、優秀なアイリーンの印象を裏切るものはない。
「金銭関係については、どうかな?」
私は聞き込みで気になることを、クレアに話した。アイリーンは、映画製作のスポンサー話を、シルバークローに持ち込んで断られたことがあると言う。
『大きな借金やトラブルは、ないですね。経理も出来る人ですし、今時、珍しいくらい嘘やごまかしのない人です。スポンサー話の件も、シルバークローは断ったものの、そのあと別のスポンサーを見つけて話を引き継いでもらったみたいですしね。二人の間に、トラブルと呼べるものはやっぱりないですよ』
私は、首をひねった。確かに、根深い金銭トラブルで父親の仕事を妨害するような暴挙に出るとは考えにくい。言い争いと言うのも突発的なもののようだし、印象としてこれは、もっと感情的な発端の事件だ。
「異性関係は、どうかな。シルバークローと問題を起こしそうな人物がいたりしそうか?」
『そうですね…まだなんとも言えませんが、今のところは』
クレアの答えは、あまりはかばかしくない。
『アイリーンは独身主義者みたいです。異性関係はそれなりにありますが、浮上している男性関係は、ほとんどシルバークローとは深く関わっていなさそうなものです』
「本人はどうかな?…クレア、君からまともな話は聞き出せそうか?」
電話口でクレアは沈黙した。あの状態のシルバークローの前では、誰もが沈黙するしかないのだ。
「とにかく、本人に問題ないなら関連人物だな。…事件があってからもう一週間経っているのに、いまだに消息がつかめないんだ。アイリーンが立ち回りそうな先をすべて押さえて発見できないのなら、私たちの想定外の協力者がいると言う線で洗うしかない」
アイリーンは携帯は業務用も含めて、三つある。一つはベガスの自宅にあり、残りの二つが行方不明だ。この一週間、もうそのどれもが、使用の形跡がないと言うのも、気にかかるところだ。
SNSの更新も長期間停まっているところからしても、心配は深まる。警察の出番にならなければいいが。いずれにしてもアイリーンは徹底的に消息を知らせない気か、それとも、本人が自由に連絡とることの出来ない状態にあるか、そのどちらかを見極めなくてはならない局面に来ていることは確かだ。