Phase.3 ヒーローの秘密
あのたてがみはヅラである。…と言うかその、非常に精巧に出来た、舞台道具なのだそうな。
「業界では常識です。しかし、誰も気づいていない、そう言うことになっています」
ヒットシリーズのパワーは恐ろしい。と言うことは私は子供の頃から何十年も、あのフェイクの黄金のたてがみに胸を熱くしていた、と言うわけである。夢を売る商売なのだろうが、この裏側だけは、出来れば知りたくなかったなあ。
「依頼人の名誉のために言いますが、シルバークローはハゲているわけじゃないのです。くれぐれもここは、間違えないでください」
なるほど、私は確認したが、彼の顔にはちゃんとたてがみがついている。ほんのちみっ、と。さしずめ庭の雑草程度と言ったところだが。
「実は当時のシルバークローは、『沈黙のたてがみ』出演にあたって、役作りに悩みに悩んでまして」
なんと、脱毛症にかかってしまった。本人も必死で育毛に取り組んだが、すでに手遅れでみるも無残な薄毛になった。スタッフも監督も唖然とし、プロデューサーはカンカン、役は降板寸前になった。
シルバークローはまだ駆け出しだ。やっと射止めたこの役を降ろされたら、次のチャンスはいつ来るか分からないばかりか、事務所は違約金を取られてしまう。困り果てたとき、ある女性のマネージャーが、隣で撮影しているスタジオから、ひょいっと借りてきたのだと言う。
あのヅラを。誰がなんの役をやっていたものか分からなかったが、ちょうど今、使ってないと言うので、もらってきたらしいのだ。
かくて奇跡は、ヅラに宿った。
舞台衣装のたてがみを装着したシルバークローは以来、人が変わったようにタフな台詞の応酬とハードなアクションが売りの、完全無欠のヒーローになったのだと言う。
「しかし、ヅラだったら、替えが利くのでは…?」
水牛は黙って、背後にあったアタッシュケースから、ヅラを取りだした。なんだ、やっぱりスペアがあるんじゃないか。すぽりとティムが伝説のたてがみを被せると、なんだこりゃ。シルバークローのいかつい肩が張り、背筋はぐんと伸びて、みるみる、映画で見る顔つきになった。
「よろしく頼むぞスクワーロウ、君を凄腕と見込んでの依頼だ。いいかい、これは、ヒーローからヒーローへの依頼なんだ。地獄で会おうぜ相棒ッ!」
「は、はあ…」
大スターは気さくに握手までしてくれた。だが、なんだかな。
このすっごい違和感。
映画でしか観たことないヒーローが、いきなり目の前に出現したから、私の現実感が追いついてないからなんだ。とは思うけども。うーん。今、最後の台詞も『沈黙~』シリーズの主人公レオンの定番決め台詞だったのだが、大ファンのはずなのにこのテンションになぜか乗り切れない。
「このヅラはスポット用のスペアです。…長くて二、三分しか、この状態は維持出来ません」
ティムはそう言ったが、三十秒くらいしか持たなかった。シルバークローはみるみる、かわいそうな顔に戻って、うなだれたのだ。これじゃあCM一本だって怪しいぞ。
「よろしくお願いします。持って行ったのは、アイリーン・ショウと言う若い女です」
アイリーンは、シルバークローの別れた妻の娘だと言う。ニャーヨーク出身の三十二歳、大学で演劇を学び、父親の業界へ入ってきた。
親の七光りの割にスクリーン女優としてはその名前は私たちの目にはつかないが、舞台女優としては、知る人ぞ知る演技派らしい。テレビ制作の人気シリーズにも、ちょくちょくお声が掛かっているそうな。
父親と親交はあるが、共演はNGらしい。舞台で地力を養ってきた演技派としては、ヒロイン役としてアクションスターの添え物になるのは、プライドが許さないと言うわけだ。
うーん、若いのに中々、一本通っている。宣材用の写真を見せてもらったが、ヅラのないシルバークローより、よっぽどりりしい顔をした、これぞ沈黙の雌ライオンと言う貫禄の女性である。
そのアイリーンが、シルバークローの大事な商売道具を奪ってベガスを去った。水牛のティムは、二人が何やら言い争っているのを聞いたと言う。
気がついたときには、ブラックレザーのライダージャケットにフルフェイスのヘルメットをかぶったアイリーンが、同色のハーレーにまたがって、弾丸のように目抜き通りに飛び出して行くところだったそうな。かあっちょいい。まさになす術もなく、ヅラは持ち去られたのである。
「それにしても一体、二人は何でそんなに言い争ってしまったんですか?」
重要な捜査情報である。すかさず私は、水牛のティムに聞いた。
「いや、それが何度もシルバークロー本人に聞いたんですが、どうも声が小さくて…」
「…そうですか」
私は沈黙のリスになるしかなかった。