Phase.2 消えた男の勲章
で、呼ばれたのはパームツリー通りにあるロイヤルスイートだ。行ってみて、驚いたのはもちろんゴージャスな個室に、ではない。ゴージャスなスイートのリビングに、タオルでほっかむりしたライオンが座っていたのである。
このセレブなスイートに、堂々たるライオンは確かに似つかわしい。だが誇るべきその顔の大半を、ホテルのラグジュアリーな白タオルで包み切っており、そのあわいからようやく立派なその風貌がのぞいていると言う有様。パーマに失敗したおばちゃんか。
「すっ、すっ、すっ…スクワーロウさんですか…」
極端に小さい声。さらには突っ転びそうな早口で、語尾が消える。電話口の声は、やはりこの人だ。
きちんとすれば、気圧されるほどに威風堂々たる風貌なのだが、このか細い声と、やたら消極的な態度のギャップがありすぎて、私は目を丸くしてしまった。
私の小さな顔など、ひと飲み出来そうな偉容が、私が話しかけた途端、日向の雪みたいに崩れてやわやわ溶けたのだ。すっごい居たたまれなさそうな顔で、視線まで反らされたじゃないか。
「依頼人の頼みと言うのは、まず…人探しです。そして彼女の手から、あるものを取り戻してほしいのです」
ようやく話らしい話が聞けた。だがしゃべったのはライオンではなく、その横に、また威風堂々と仕立てのいいスーツを着て立っている困った顔の水牛だった。
「私はティム・ウォルシュ、あなたにコンタクトを取ったのは私です。スクワーロウさん、あなたを見込んでこの件は、厳に誰にも漏れないようお願いします。あくまで依頼人のプライバシーを守るのが、あなたの仕事です」
「その点は、ご安心ください」
話しかけて、んんんっ?と、私は思わず、妙なうなり声をあげてしまった。ほっかむりしているライオンの顔に、やたらと見覚えがあったからである。どこかで会ったか。とか、何かで見かけたか、とか、自分の中のここ数十年の記憶をまさぐりまさぐりしていたが、よーやく分かった。
「失礼ですがあなたは…俳優のシルバークロー・リオンハートさんでは…?」
私がそれを指摘すると、シルバークローは、あっ、と、悲鳴を上げて、分厚い両手で顔を覆った。泣いている。女子のように、さめざめと。あの地上最強のアクションスターが。こんなシーン、彼のどんな映画でも、見たことない。見たくもない。私は、開いた口が塞がらなかった。
なんとあの、『たてがみ』シリーズのシルバークローである。タフな台詞にハードなノンスタントアクションの連発に息もつかせぬ『沈黙のたてがみ』全三十シリーズに胸を熱くしなかった男子は、私の世代には存在しない。まさに無敵の男、永遠のスーパースター、それがシルバークロー・リオンハート!断じてリオンハートなのである。
だがこの目の前にいるおばちゃんタオルで、ぶるぶる震えているライオンは、果たして本当にそれと同一人物なのか。私にも自信がなくなってきた。もしかして、そっくりさんじゃないか。そっくりさんだろう。だがもちろん、ただのそっくりさんが私を呼びつけるはずがないよな。
「彼は、誰を捜してほしいんですか?…そして、取り戻したいものってなんですか?」
気がつくと、私は代理人ティムの方に話しかけていた。水牛は銀縁眼鏡の下の、円らな瞳を切なそうに歪めた。
「たてがみです」
えええっ。
「たて…がみ?って、あの…?」
「そうです、シルバークローの、たてがみです」
水牛は泣いているライオンのタオルをそっと外した。私の口があんぐり開いた。シルバークローのシルバークローたる、あの雄々しきたてがみがないのだ。ハードボイルドヒーローたるもじゃもじゃが、男の勲章が。一本たりともないのである。どうしてこうなった!?
「うっ、嘘だろ…」
気がつくと私は断崖に追い詰められたように二歩も、三歩ものけ反っていた。
「あ…あ…あの沈黙のたてがみが…たてがみがぁっ…?」
「はい、そのたてがみです。彼から奪った女性から、それを取り返して欲しいのです」
「えっ、だっ、だって…」
たてがみってまた生えてくるんじゃないの!?とは、もちろん聞けなかった。




