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禁忌 ーキャンピングカーでの話ー

作者: かづま

僕の名前は「常磐 宏」 30歳。

実家の農業を継いで、田舎で細々と暮らしている。

旅行が好きで、学生の頃は国内だけど色んなところに行った。

今となっちゃあ、体の弱い両親に畑仕事を任せて出かけるなんて出来ないし。

それにまだ1歳になったばかりの息子がいる。

毎日仕事に追われてるし、妻をどこかでリラックスさせたいが・・・。もう少し我慢してもらおう。

そんな僕がずっと楽しみに待っていた事がある。

キャンピングカーで世界一周旅行に行った友人。「大塚 良雄」だ。

彼の帰りが本当に楽しみなんだ。

良雄は地元の地主の息子でそこそこ金を持っている。

結婚もせず、この年になってもあっちこっちをブラブラしてる道楽野郎だ。

昔はそんな彼とよく二人で旅行に行った。

小学生の時に親に無断で自転車で三日間旅に出たときは一緒に死ぬほど怒られた。

それが僕たちの一番最初の旅だった。

その後もいろんな無茶な旅をしたもんだ。

少々強引なところもあるが楽しい奴だし……。僕にとって親友と呼べる唯一の存在だ。

今となってはどこにも行けない僕は正直そんな良雄が少しうらやましかった。


ある日の朝、仕事に行こうと眠い目を擦りながら家の前を歩いていると、

良雄の家の近くに一台のキャンピングカーがとまっていた。

それを見た瞬間、朝の眠気が一気に覚めた。

この日をどれだけ待っただろう。

今すぐにでも会いに行って旅の話を聞きたい。

と思ったが、僕には仕事がある。

僕は気持ちをグッとこらえ、キャンピングカーに背を向け、仕事に向かった。

僕は良雄に会ってどんな話を聞こうか、お土産はなんだろな、

そんな事を考えながら仕事をしていたから、全くうまく進まなかったが、そんなことは問題じゃない。

そして仕事も一段落ついた夕方、

僕は良雄に会いに、うきうき気分でキャンピングカーを訪れた。

今回の旅のために買ったらしいキャンピングカー。

中古だがシステムキッチンもついてる立派なやつだ。

外装も世界一周から帰ってきたばっかりなのに磨いた氷のようにぴっかぴかだ。

出発前と何も変わってないその姿に覚えた懐かしさが、期待をより高めた。

「おーい、よっちゃん。ひっさしぶりだなぁ、俺だよー」

扉に向かって叫ぶが返事が無い。

窓や運転席に回ってみるも、カーテンがしていて中の様子が見えない。

後ろに回ると少し空いたトランクから,何か黒いものがはみ出していた。

何かと覗き込もうとしたその時、車内から小さな物音が聞こえた。

もう一度扉に向かい、もしかしたら寝ぼけてるかもしれない、そう思った僕は今度は大きくノックをして呼ぼうとした

「良雄ー!いないのか?」

そして扉をたたくと、鍵がかかっていなかったのかその勢いで扉が静かに開いた。

一歩、車の中に足を踏み入れる。

そーっと中を見渡すが誰もいない。

もう一歩中に入る。車全体を見るがやはりだれもいない

キャンピングカーの中はやけに綺麗だ。あいつこんなに綺麗好きだったか・・・?

もしかすると家に戻っているのかと思い、僕はキャンピングカーから出ようとした。

すると背後の小さな扉から大きな音がした。

水の音・・・。トイレか!

僕が振り返ると同時に扉が開く。そこには懐かしい顔があった。

「あれぇ!?常ちゃんじゃ~ん!ど~したの?」

「どーしたの? じゃねーよ! 久しぶりだなぁ! へぇ~! いつ帰ったんだ?」

「あ、あぁ。昨日の夜中。」

「やっぱりなぁ! 世界一周、どうだった?」

「まぁ、良かったよ・・・。それよかさぁ・・・。

 手土産は・・・?」

「は?」

呆気にとられた。彼が何を言っているのか理解できなかったからだ。

なんで旅行から帰った奴が土産を要求するんだ・・・?

そんな事を考えてると、良雄が低く嫌に響いた声でささやいた。

「しってっかぁ~? アイルランドではぁ~、他人の家に行くときはぁ~、

 手土産を持っていくのがぁ~、マナーなんだよぉ~」

良雄はそういいながら瞬きもせずじーっと僕を見つめ続けている・・・。

なんだ、冗談を言っているのか。僕はそう思った。

他の国の豆知識を自慢したいらしい。

まあ、それも面白い土産話かもしれない。

でもちょっとイラっときた僕は軽く流す事にした。

「へー。そうなんだな。いいな~アイルランド。どこ観光したの? 民謡とか聞いた?」

「それよかさぁ・・・。ビールでも飲むかぁ?」

そういって良雄は、冷蔵庫を探り始めた。

「あ~。ワインしかねぇ。ワインでいい? 赤だけど。チーズもあるし」

僕は窓際にあったソファに座った。

「いいよ。どこの国で買ったワイン?」

良雄はチーズとグラスを一つテーブルに置き、グラスにワインを注ぎ始めた。

ボトルのラベルを見ると、どう見ても近所のコンビニで売ってる安物ワインだ。

チーズも・・・、さけるチーズだった。

僕は複雑な気持ちながらも、

また変なイタズラか、と思いワインに口をつけようとした・・・。

すると良雄はここぞとばかりに再びあの低い声でささやいた。

「しってっかぁ~? マレーシアではぁ~、飲酒するとぉ~、むち打ちの刑なんだぜぇ~」

ワイングラスに口をつけたままの状態で停止する。沈黙が続く。

「・・・・。」

「・・・・。」

その間、良雄はうつろな目でずっと僕の目を見つめていた

耐えきれず、冗談っぽく返す。

「それはイスラム教徒とか・・・。そういう人たちだろー! 俺は関係ない! だから飲む!」

そういって僕はワインを少し多めに飲みこんだ。

良雄はそれを見届けた後、小さく言った。

「まあ、そうだよな」

「そういやさ、やけに綺麗だよな? 普通旅行帰りってかなり汚くならないか?

 ゴミとか、洗濯物とか・・・。お・み・や・げとか~?」

最後の言葉を少し強調して言ってみる・・・。

ココまで馬鹿にされちゃあ何が何でもお土産を貰ってやる! って気持ちになるもんだ。

「まあ・・・。そうだよな」

しかし僕の挑発も軽く流し、良雄はワインボトルを戻すために冷蔵庫に向かった。

僕は辺りを見渡した。

本当に新品のように綺麗な車内だ。チリ一つない。

何か隠しているはずだ・・・。絶対暴いてやる。

そう思い目の前に合った引き出しを開いてみた。

中には大きめの裁縫箱が綺麗に収まっていた。

「てめぇッ何勝手にさわってんだッ!!!!」

突然後ろから大声で怒鳴られた。

振り向くと良雄が鬼の形相で僕の胸ぐらを掴んできた。

さっきの虚ろな目と違い、目は熟れたトマトのように真っ赤に血走っていて

どこを見ているかさっぱり分からない。

僕の額から冷や汗が流れ出る。

「い、いや・・・これは・・・」

「何を見た!?」

「何って・・・。」

「何を見たんだッ!?」

「いやっ・・・。あれだよ、裁縫箱! それだけだ! 勝手に見たのは謝る!

 でもちょっとした好奇心じゃないか! そんなに・・・」

途中で言葉を止めたのは良雄がいつの間にか、あまりにも冷静な感じになっていたからだ。

「・・・あぁ、そうか。ただ・・・。そこに、パスポートとか・・・。入ってて・・・。

 あれだからさぁ・・・。」

「パス・・・。貴重品入れか・・・。そりゃ怒るよな。ほんと悪かったよ」

「気にするなよ。裁縫箱はさぁ・・・。旅には結構便利なんだぜ・・・。

 パスポートも、立派な旅の思い出さ・・・。

 それよかさぁ・・・。チーズ・・・」

良雄がさけるチーズをじーっと見つめる。

良雄の不安定な感じに恐怖しながらもやはりイラつきを感じていた。

まあ彼も長旅で疲れてるんだろう・・・。これ食ったら今日は帰ろう。

そんな事を考えながらチーズを一口。

良雄が無言で見つめてくる・・・。

もう一口・・・。

ずっと見つめてくる・・・。

ここでワインを一口・・・。

「しってっかぁ~? フランスではぁ~、物を食べた後にぃ~、ナプキンで口をふいてからじゃないとぉ~、ワインをのんじゃぁ駄目なんだぜぇ~」

ここぞとばかりに良雄は僕にあの低い声で語ってきた。

僕はもう我慢の限界だった。

チーズとワイングラスを床に投げつけ言ってやった。

「いいかげんにしろッ! ふざけるのもッ! その糞どうでもいいウンチクはやめろ!

 もう限界なんだよ! ずっと楽しみにしてたのにッ・・・。土産どころか・・・。

 いや、別に物が欲しいわけじゃない! 土産話でも良い! 

 お前と話がしたかっただけなのに! それなのにお前はッ・・・!」

そこで僕は気づいた。

良雄は全然僕の方を見て話を聞いていなかった。

良雄はテーブルの下に落ちた割れたワイングラスとチーズを見ていたんだ。

そしてまたあの言葉を発する

「しってっかぁ~?」

ぐりんと勢い不気味に首を回し、僕の方を虚ろな目でにらんだ。

「シンガポールではぁ~、ゴミをポイ捨てするとぉ~、罰金8万円なんだぜぇ~」

恐怖とか、不気味とかもうどうでも良かった。

僕のイライラは最高潮に達していた。

「おい便所のタンカス野郎ッ! 次その口開いたら・・・!」

「罰金・・・。払えよ・・・」

「お前・・・! そこまで親友をコケにするかッ!?」

僕は割れたワイングラスを良雄に力一杯投げつけた。

割れて尖った部分が良雄の額を切り裂き、血が流れ出る。

だが良雄はぴくりとも反応せず、そのまま戸棚をあさり始めた

「なぁ常ちゃん、さぁ~・・・。この車にお前。入ってきたよなぁ。」

「お前ほんとは旅になんて行ってないんだろ!? 

 世界一周でこんな車が綺麗でいられるはずが無い!」

「でも俺さぁ。一言も入っていいなんてさぁ~・・・。言ってないよなぁ~・・・。」

「正直に言えばいいだろ! 行ってないって!」

僕は裁縫箱の引き出しをひっくり返し、中からパスポートを取り出した

裁縫道具が散乱し、通帳やカード類なんかが床に散らばる

「ほら見ろよ!パスポートッ!」

「しってっかぁ~? アメリカではぁ~・・・」

ゆっくりと良雄が近づいてくる

僕はそばまできた良雄の目の前に荒々しく引きちぎらんばかりの力でパスポートを見開いた

「まっさらじゃねーか! 人を馬鹿にしてそんなに楽しいか!?」

「不法侵入者はぁ~・・・」

「はぁ!? 聞こえねーよクズ!!」

「殺されても文句言えないんだぜェェェ!!!」

良雄の振り下ろしたナイフが僕の肩に突き刺さる

僕は崩れ落ちてしまう。パスポート。裁縫箱。溢れたワイン。さけるチーズ。

血が辺りに飛び散り、車内がどす黒い赤に染まる

僕は裁縫箱に入っていた散らばったまち針をかき集め握りしめる。

拳から血が滴り落ちる。

だから。

だから僕は、立ち上がって奴に言ってやった。

「しってっかぁ~? 日本ではぁ~、嘘をついたらぁ~・・・。

 針千本飲まされるんだぜェェェ!!!」



水の流れる音。便器に吸い込まれていく。

手をタオルで一拭き。

ピカピカになった車内を見渡す僕。

何事も無かったかのように。

「・・・」

僕は本棚から旅雑誌をとりだしてぱらぱらとめくる。

アイルランドの特集ページに目をとめる

「いくかぁ~・・・民謡とかききたいし」

僕はトイレを横切り、運転席へ着く。

血が流れていた。

トイレの下、小さな隙間から少しずつと。

「ん〜やっぱきになるな」

僕はもはや動かなくなった「それ」をトイレから引きずり出し、車の外へ運んだ。

生臭くてかなわない「それ」をトランクにしまおうとフタを開ける。

そこには腐乱して一つの物体と化した死体の山が積まれていた。

僕は良雄をその中に押し込み、フタを閉めようとするが大量の死体がつっかえ、うまく閉まらない。

「……まあいいか」

そのまま僕は車の中に戻り、運転席に腰をおろし、キーをさし込みエンジンをかける。

そして、暗闇へと続く獣道にゆっくりと、その中に、車を進めた。

ふと音がした気がしてミラーを除くと、トランクから飛び出たのか道の真ん中に黒い塊があった。

……まあいい。とにかく旅を続けなくては。


禁忌 ーキャンピングカーでの話ー 完

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