8.俺、自ら戦う
俺の自己紹介がきっかけで良い雰囲気になり、互いに仲を深め合った俺とアリア。もしかしたら、仲が深くなったと思っているのは俺の方だけかもしれない…… といった無粋な事は考えないでおこう。
さて今の状況を説明すると、初めて来た世界で初日から俺は女の子と並んで歩いている。俺と並ぶはシスター服を纏った、聖なる少女。顔立ち、発せられるオーラ、胸の大きさ、どれを取っても俺の好みそのものである。
つまり俺が置かれている状況は人生初のリアルデート……では無く、あくまでクエスト。正しい言い方をするのであれば”仕事”だ。ゲームじゃない、命を懸けたガチなお仕事だ。こんな可愛い子を従えながら、割と危険なクエストに挑戦しようという魂胆だ。
丁度タイミング良く、アリアが今日のクエストについて質問してきた。
「あの、今日のクエストってどんな事をするんですか?」
「一言で言えば、モンスター討伐かな」
「討伐!?」
「あっ大丈夫、大丈夫。討伐と言っても思っている程、仰々しいやつじゃないから。たぶん……」
今日のクエストを請け負うにあたり、俺が事務所で事前に確認してきた情報によれば……
1―― 討伐対象のモンスターは小型犬程度の大きさである。ただし、やたらと動きが俊敏なので要注意。
2―― 攻撃性はあるものの、大人がそのモンスターに殺されたという実例は少ない。
3―― 毒だの炎、挙句の果てに魔法などの能力を持って……いない
4―― 一般人でも頑張れば倒せる
5―― モンスターは畑の農作物を齧るのが大好き。決して食料を確保するために畑を荒らしているわけでは無く、普段は森で暮らしている。人里に出てきて畑を荒らすのは、単なる悪戯という質の悪さ。
世の全てのモンスターに謝れ……と言いたくなるような、貫禄の無さ。情報から察するに、雑魚である。モンスターというより野生動物? 野獣化した愛玩犬?
一般人でも倒せる程度の相手。ゲームでいえばチュートリアルで最初に相手をして、一撃で絶命するようなヤツなのだろう。という訳で、お仕事体験にチュートリアルに最適なクエストとなっております。
実を言うと事務所で案内されたクエストには、高難易度でリターンの大きな案件もあった。しかし、大切なパーティーメンバーを連れて危険な橋は渡りたくない。
いきなり無理なクエストには顔を突っ込まない。小心者な俺の鉄板スタイルだ。
モンスターが出没するという農場にやって来ると、早速ターゲットを発見。モンスターに気付かれない様に茂みに隠れ、小声でアリアに話しかける。
「いたぞ……モンスター」
「いますね、モンスターさん。ちょっとだけ、可愛いかもです……見た目」
「本当に小型犬みたいだな。でも、あんな成りして、結構攻撃的らしいぞ。おまけに悪戯好きだとか……」
「そうみたいですね。私も度々、農家の方々から悲痛な悩みを耳にする事が有ります」
”ちょっと見た目が可愛い”と仰っているアリアに、殺生させるのは気が引けるがこれも仕事。とりあえず今の俺は上司という立場なんだ、アリアに討伐命令を出さなければいけない。上司ってインターンの筈なのにね。
茂みから様子を伺うに、雑魚モンスターは一体。初クエストとしては最高の条件だ。
俺はアリアとアイコンタクトを取りながら、強襲のタイミングを見極める。
「さぁ行こうアリア!」
「はい!」
「――?」
「――?」
GOサインに元気よく返答してくれたにも関わらず、動こうとしないアリア。俺だけ少し飛び出て、モンスターと目が合う。
あれ?俺がタイミングをミスったの?
「えっ?」
「私はヒーリングが必要になるまで見守っていますよ。お気遣い無く戦ってください」
「――んっ?おやおや……」
俺は徐々にアリアの言っている意味を理解し始めた。理解が深まるにつれ、手汗が酷くなる。まるで汗が噴き出るアニメキャラの心情が分かった気がした。
つまりアレだ。俺が馬鹿だった。いきなり聖職者だけをパーティーに入れて、モンスター討伐に行って誰が攻撃するんですか?
笑いたいなら笑え。可愛さだけで即採用した俺が短絡的だった。
いや、待てよ……
俺が今までプレイしてきたゲームでも、ヒーラーは治癒だけが能じゃなかった筈だ。意外と攻撃に回っても強い事が多かった。メイスを自在に操って前衛職にも劣らない、見事な攻撃を繰り出すキャラだって少なくない。
「アリアさん? アリアさんって聖職者ですけど、攻撃とかもいける口だったりします?」
「ごめんなさい…… 攻撃はやったこと無いですし。ウチの教会では聖職者がそういう事するのはご法度なので……」
策は尽きた。そしてこちらの存在に気付き、駆け寄ってくる狂暴なチビモンスター。
「大丈夫です!ケガをしたら直ぐに治癒しますんで!」
アリアの眩いほどの笑顔に背を押され、上司俺、自らモンスターに立ち向かう。何故だか都合よく足元に、誰が落としたのか、錆びた剣が落ちていたので、拝借。
「なぁに……ビビるな俺。 相手は一般人でも叩き伏せられる奴だ。ゲームだのアニメだので培った俺の戦闘スキル舐めるなよ!」
思わず心の声を外部に漏らしながら、必死に剣を振る。適当に拾った錆び錆びの剣は、運動不足の”もやし”へ対し非情に振舞う。大剣でも無い癖に、信じられないほど重い。空気を切り裂くような軽快さの欠片もない。アニメの世界じゃもっとデカイ剣を、華奢な女の子がブンブン振り回してたぞ!どうなってるんだこの異世界!
悪戯大好きモンスターは俺を揶揄うように、ちょこまかと動き回る。たまに動きを止めるので、チャンスとばかりに剣を振り下ろすと、剣が当たる寸前で嘲笑うかのように交わされる。
これ、他所から見たら子犬と遊んでるようにしか見えないじゃないか!
「頑張れ!頑張って!頑張ってください!ツトムさん」
「あ、ありがとうアリア。でもこれキツイわ……」
エールを送ってくれるアリアに可能な限りのスマイルを返す俺。息は上がり、手の平の皮は剥け、なかなかの消耗戦。
それからどれくらい、モンスターという名のワンコと戯れ……格闘しただろうか。
最初こそ俺にエールを送っていたアリアも飽きたのか、お花を摘みに行ってしまった。
運良く何かの拍子で剣がモンスターの頭部を直撃し成仏なさる。ようやく決着がついた。
「お疲れ様です!ツトムさん」
「お、おう。上司も大変だな、こりゃ」
「ちょっと、治癒しちゃいますね……」
アリアは擦り傷だらけのモヤシを心配して直ぐに治癒を施してくれた。皮が剥け痛々しい状態になっていた手の平もあっという間に、潤いを帯びた綺麗な手に戻った。
「今日はお疲れさまでした。ごめんなさい私……先に言っておくべきでした、攻撃には参加できないと……」
「いやいや、ちゃんとアリアの事を把握していなかった俺が悪いんだ。気に止まないでくれ。まぁ何だあれだ、次は素材集めとかのクエストにしよう……」
「はい!それなら私も精一杯力添えします」
なぜいきなりヒーラーを採ったのか。一時はそう自問自答した俺だが……アリアの何事に対しても向けてくれる真っ直ぐな表情を見ていたら、アリアをパーティーに入れて正解だったと心の底から思えた。