異世界にて、部下は全員可愛い娘です
ついこないだまで、ほとんど引き籠りだった元大学生。
新卒で”社会”に放り込まれるなり、中間管理職に就いて部下のマネジメントとかやっちゃってます。
放り込まれたのはただの社会じゃありませんよ。異世界ですよ異世界。
今日も今日とて、書類仕事と向き合う俺。お尻を容赦なく攻撃してくる固い椅子と、山積みになった書類との格闘に励む。この世界にPCなんて利器は無い、必要なものは全て紙媒体。単調な作業に眠気という名の敵も飛び入り参加。
しかし、眠気だの、大量の書類あるいは固い椅子に文句を言っている暇はない。これも全て可愛い部下、もといパーティーメンバーの為である。
「さて、そろそろ主力チームが戻ってくる頃か……」
握ったペンを机に置き、一息付こうと思った時。事務所の扉に括り付けられた鐘が音色を奏で、扉のヒンジが軋みを上げる。予想どおりメンバーのお帰りだ。
「課長!おっかえりー!」
「それを言うなら”ただいま”だろ?」
「疲れた…… もう、寝る……」
「こらこら、ここで寝ないで、ソファーのある部屋に行きなさい」
「いやー、今日の仕事も大変だったわー カチョー報酬額割り増し、しといてくれへん?」
「善処します」
クエストを終え、事務所に戻ってきた女の娘たち。個性豊かな彼女たちは皆、俺の大切な部下であり、パーティーメンバーだ。
ウチの部署、柔らかい言い方をすればパーティーの中でも経験豊富な主力メンバー。今日彼女達が熟してきたクエストは狂暴なモンスターの駆除。
俺は直接見たこと無いがでかくて、かたくて、暴れん坊なモンスターなのだという。俺みたいな生育不良なモヤシが出しゃばったところで、摘ままれて三角コーナーに放り込まれてしまう。
優れたスキルを持った彼女達は、本当に頼りになる部下である。
彼女達を軽く労うと、思い思いに事務所でくつろぎ始める女の子。この上なく素晴らしい、目の保養になる。
「カチョー? 新入りの娘達はどないしてるん?」
「あぁ、近くの農園が人手不足だというから、お手伝い系のクエストに行ってもらった」
「あの娘達だけで大丈夫かな?」
「至って普通な農作業を手伝うだけだからな。心配ないさ」
経験豊富なメンバーに加え、最近では新入りの娘も加わり、今後の活躍が楽しみな今日この頃。
パーティーに入って早々、いきなり戦闘を伴うようなクエストを任せるのも危険……
なのでまずは、仕事の段取りを覚えてもらおうと安全なクエストを依頼した。
噂をすれば、ちょうど新入りの面々が事務所に戻ってきた。
……っと、どうやら様子がおかしい。慌ただしく、メンバーがなだれ込んできた。走って来たのか、息を切らしている者まで見受けられる。ひとまず事情を聴いてみよう……
「おかえり。クエストはどうだった?」
「クエストは、依頼主さんの依頼分は全て完了しました……」
「ありがとう。初クエストなのにしっかりやり遂げてくれたんだな」
「大変です!大変です!」
「お、おう。どうした?」
どうやらクエストは依頼通り遂行してくれたらしいが、ひと際慌てた様子の娘が口を開く。
「その、その……」
「とりあえず落ち着こうか?」
「はい…… えっとですね、農作業は問題なく終わったんですが」
「終わったんですが?」
「なんでだか、大量のモンスターに後を付けられてきて」
大量のモンスター…… 嫌な予感がした。
最近、畑を荒らしまわる翼を持ったモンスターが、頻繁に出没するという話を耳にしていた。ドラゴンに分類されるそのモンスターは、大人が両腕を広げた程度の翼を持つ小型種だと聞く。しかし大きさに反しこいつが厄介。興奮すると結構な勢いで炎を吐くのだという……
暫しそんな事を思い出していると、新入りの一人が慌て始めた。
「き、来たみたいです…… モンスターさん……」
「「えっ?」」
皆一斉に外へ目を向けると、滑空し事務所へ迫ってくる小さなドラゴンの群れが映る。
「取り敢えず、何が何だか分からないけど扉を閉めろ!窓も閉めろ!」
「りょ、了解です!」
急いで、事務所の戸締りをする自分含めパーティーの面々。あわよくば、事務所を素通りしてくれれば……
そんな期待を他所に、興奮した様子のドラゴン達は窓を突き破って事務所へと突っ込んできた。
ドラゴンが俺たちの方を睨みつけるなり、小さな口を目いっぱいに開く。
ヤバイ、こいつは火炎を吐く動きじゃないのか!?
「みんな伏せろ!」
全員が伏せ終わるのと同時に、炎が放たれる。小さな個体から吐かれたとは思えぬ火力の炎が、頭上スレスレで繰り広げられる。
「あぁぁぁぁ!俺が苦労して仕上げた書類が!」
無残にも炎の餌食となる、今日の書類仕事たち。
間もなく次の火炎が放たれようとしたタイミングで、水属性の魔法が得意な娘が声を挙げる。
「私に任せて!」
「おい待てい!ここで、それは使うな!」
「いっくよー」
「人の話を聞け!」
俺の制止を振り切り、詠唱を終える水属性の使い手。一瞬で部屋の天井まで水が張り巡らされ、水圧に負けた扉が屋外へ弾き飛ばされる。
ドラゴン、パーティーメンバー諸共屋外へと排水され、放り出された。
「はははは、はぁ…… みんな大丈夫か?」
俺は苦笑いを浮かべつつも、全員の無事を確認する。
全員ずぶ濡れ、中には際どい外見になっている娘もいた。もっとも全員怪我は無く、ドラゴン達も咄嗟の事態に驚き背を向け飛び去って行った。
――ドラゴンの炎に焼かれ、仕上げに水没した事務所の中は大惨事。上司命令で全員に片付けを命じつつ、俺は壊れた扉の補修を急ぐ。
床を丁寧に拭く者もいれば、直近で必要な事務用具を買い直しに行く者、水没を撒逃れた二階で昼寝し始める者もいる。
他には……水没した家財に書物を外に運び出し、乾かす為にまた魔法を発動させようとする者……
「っておい!魔法は禁止!力加減間違ってロクなことにならないから!」
「大丈夫大丈夫!火は使わないから」
火を使わない代わりに、風を発生させ濡れた家財を乾かそうと試みる部下。力加減を間違えたのか突風が地を駆け抜ける。言わんこっちゃない、あっという間に家財は頭上へと吹き上げられた。
唖然とする俺と、風を発生させた張本人。しばらくして、家財が地面へと叩きつけられる。
「あっ…… ちょっと力が強すぎたかも?」
「だから言っただろ!全部拾い集めてこい!」
「カチョーも手伝って……?」
「はぁ……仕方ないな、もう」
思い返してみれば、半年前まで自分の部屋が限りなく世界の全てに等しかった俺。今の生活は元の世界で半ひきこもり生活をしていた頃には、考えられない慌ただしい日々。
こんな非日常に身を置きつつも、俺は部下たちの事が大好きだし、こういう立場の仕事も悪くは無い。
23歳俺、夢は一生ニート生活。夢を諦めたわけじゃないけど、今の生活も嫌いじゃない。もう少しこの娘達の為にも頑張ってみようと思う。
――遠くから、教会の鐘の音が届く。夕刻を知らせる鐘の音だ。
「よし皆、今日はお疲れさん。まぁいろいろ災難だったけど、今日は解散!」
「でも、まだ片付けが残っていますよ?」
「そうだな。まだまだ事務所の修理は時間がかかりそうだ。だけど、もう鐘の音が鳴っただろ?」
「えっとテイジでしたっけ?」
「そう、この鐘が鳴ったら定時。仕事を切り上げて帰宅する時間だ」
時間になったらしっかり部下を帰らせる。上司として一番大事な事だ、たぶん……
仕事も何事も頑張り過ぎない事が長続きの秘訣、たぶん……
そんな事を考えながら、全員の作業を切り上げさせ解散。
さて辺りも暗くなり始めた事だし、俺も家路を急ごう……