あなた、面白いですよ?
駐車場の管理人という仕事を始めて半年になる。
最初はこんな楽な仕事で金を本当に貰えるのかと思ったりしたもんだが、慣れてしまうと持て余す時間の方が気になってしまう。
つまるところ退屈なのだ。
「おっ、今日も来た」
だがここ一週間ほど前から、午後四時という最も退屈な時刻に救世主が現われるようになった。
それが彼、通称『教習所』くんだ。
モニター越しなので実際の印象はわからない部分もあるが、若い男性だ。多分二十代半ばくらいだと思う。背は少し低いだろうか。太っても痩せてもなく、少なくともこの駐車場に居る時の彼は、気味が悪いくらいにニコニコ――いやニヤニヤしている。
この時点でも十分に不審人物かもしれないが、彼のおかしさはこんなものではない。
まぁ見ていて欲しい。
「ふむふむ、やはり最初はそこに入るんだな」
彼がこの駐車場を訪れ、チケットを機械から受け取って最初に止める場所は決まっている。一番奥から三番目だ。ウチは四列の駐車スペースがあるが、入り口から一番遠い場所まで埋まることはまずない。基本的にその辺りはいつもスカスカだ。
だけど一昨日、そのお気に入りの場所が埋まっていたのだが、とても機嫌を害していたように見えた。
別に隣でいいじゃんと思うところだが、彼なりに何かこだわりがあるのだろう。
ちなみにそのお気に入りの場所に停めたのは僕である。
「おー、始まった始まった」
今日も前後運動が始まった。
説明しよう。
前後運動とは前に出て後ろに戻るという動作を連続で行うことである。スピード自体はあまり速くないが、ギアの切り替えは結構速くないとあの動きは難しい。
僕もやってみたが、なかなかどうしてアレくらいスムーズにはいかない。
きっと彼はここに来る前から、あの鍛錬を行ってきたのだろう。
努力の人である。
「お、そろそろ動くかな」
ひとしきり前後運動が終わると、場所を変えるためにウロウロと動き始める。といってもループできる通路が一つだけなので、実際には単なるオーバルコースだ。
しかしここで、僕は一つの事実に気付いた。
「ふむ、やはり左回りだな」
彼はいつでも左回りだ。きっと何かこだわりがあるのだろう。
「インディ、とか?」
狙っているのか彼は。この駐車場からインディにデビューしちゃうのか。
ないな。
「お、今日はここに決めたか」
三週くらい回って決まったのか、あるいは回ることに飽きたのか、中央の二列の奥側、その真ん中辺りにバックで入れる。
しかしここで気に入らなかったのだろう。
もう一度出て、また一周してから同じ場所にバックで停車した。
相当に気を使ってのドライビングであったらしく、汗を拭う仕草にも疲れが見える。
「キュッと止まってビシッと入れる。なかなか鮮やかになってきたな。間違いなく上達している」
うんうんと頷きながら、少し感心する。
何であれ、続けるというのは有意義なことだ。
それが一見どれほど無意味に見えることであったとしてもだ。
実際に無意味だったとしてもだ!
「次は……おぉっ、ジグザグ駐車が始まったぞ!」
またまた説明しよう。
ジグザグ駐車とは、前方の開いた駐車スペースに突っ込み、間髪入れずに今度は後方の開いた駐車スペースにバックで入る、という行動を繰り返して徐々に移動していくテクニックである。
メリットはない。
最初見た時は爆笑して、ひとしきり笑った後、コイツ気が狂ってんじゃないかと本気で思ったものだ。
しかし安心めされい。拙者も今はジグザグメイトだ。
昨日帰り際にやってみたからな。
別に楽しくはなかったけど。
「しかし何というか」
一週間見続けて、僕は思う。
「彼は立派に成長したなぁ。素晴らしいハンドル捌きだ」
これなら教習所での講習も見事にクリアできるだろう。
いや、別にそのための練習をしてたんじゃないと思うけど。
まぁいい。
「うむ、今日も楽しませてもらった」
こうして一時間ばかり駐車場内で走ったり停まったりを繰り返した彼は、妙にさわやかな笑顔と代金を残して去っていった。
その様子をまさか、こんな風に見られているとは思いもしないままに。
覗き?
何を言っているんだ。
これほどのエンタメが目の前に転がっているというのに、それを見ない方が失礼というものだと僕は思う。
明日もまた頼むぜ、『教習所』くん!
後日、駐車場の管理モニタを見ながら実況する人が面白い件、とかいう動画を見つけることになる。
覗きとか、マジ悪趣味だと思うね、僕は!